弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

国立大学の教員個人をハラスメントを理由とする損害賠償請求の被告にできるか?

1.国立大学の教員

 以前、公務員個人をパワハラで訴えることができるかという記事を書きました。

 https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/04/15/161700

 https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/10/20/223743

 根拠はリンク先で示しているとおりですが、国家賠償法という法律の解釈の問題で、ハラスメントをした公務員個人の責任を追及することは難しいのが実情です。

 それでは、国立大学法人の教員がハラスメントをした場合は、どうなのでしょうか。

 国立大学は国立大学法人法という法律に根拠があります。

 国立大学法人は「国立」と銘打ってはいますが、非公務員型の法人であり、教員も事務職員も公務員ではありません。

 公務員ではないなら、民法に基づいて、個人に対しても損害賠償請求が可能であるとなりそうですが、話はそう単純ではありません。

 国家公務員法上の公務員の概念と国家賠償法上の公務員の概念とは異なるからです。

 例えば、国立大学の研究科長(Y1)が教授にハラスメントをした事案において、 

「国立大学法人法には、国立大学法人の役員及び職員を国家公務員とする旨の規定はないが(独立行政法人通則法51条を準用していない。)、国家賠償法1条1項にいう『公務員』は、国家公務員法、地方公務員法等の定める身分上の公務員に限られず、国又は公共団体の公権力の行使を委ねられた者をいうと解されるところ、前記のとおり、被告Y1は、保健学研究科長として同科に関する事項を総括する権限を委ねられており、上記のとおり、この権限の行使は公権力の行使に当たると解されるから、被告Y1は、同項にいう『公務員』に該当するというべきである。」
「そして、被告Y1の前記一連の行為は、不法行為に当たるところ、いずれも、保健学研究科長として公権力を行使した際のものということになる。
したがって、被告Y1の前記一連の行為については、被告Y2大学が原告に対して、国家賠償法1条1項に基づきその損害を賠償すべき責任を負い、民法715条1項の適用はなく、公務員個人である被告Y1は、民法709条の適用がなく損害賠償責任を負わない。

とY1の個人責任を否定した裁判例があります(神戸地判平27.6.12LLI/DB判例秘書登載)。

2.国立大学の教員は、ハラスメントをしても、訴えることができない?

 それでは、国立大学の教員は、ハラスメントをしても、被告になることはないのでしょうか。

 結論から言うと、必ずしも、そのようなことはありません。

 この点が問題となった近時の裁判例に、宇都宮地栃木支判平31.3.28労働判例1212-49 国立大学法人筑波大学ほか事件 があります。

 本件は国立大学法人の従業員であった原告が、パワハラを受けたとして、勤務先の大学や、大学の病院部門のD部副部長・病院講師(教員)に対し、損害賠償を請求した事件です。

 この事案でも、病院講師個人(被告丁原)が責任を負うのかが問題になりました。

 被告丁原は、

「公務員個人は責任を負わない」

と主張しましたが、裁判所は次のとおり述べて被告丁原の個人責任を認めました。

(裁判所の判断)

「国立大学法人は国賠法1条1項の『公共団体』に該当するというべきであり、被告大学も同条の『公共団体』に該当するといえる。しかし、被告丁原の原告に対するパワハラ行為は、国立大学法人と民法上の雇用関係にある職員間の指揮監督及び安全管理作用上の行為であって、教育研究活動等の国立大学法人の業務上の行為(国立大学法人法22条1項)に当たるものではなく、任用関係にある公務員間における指揮監督又は安全管理作用上の行為といえないことからすれば、純然たる私経済作用であるというべきである。」

「そうすると、被告丁原の違法行為は、国賠法1条1項の『公権力の行使』に当たらず、同法は適用されず、被告丁原は民法709条の不法行為に基づく損害賠償責任を負・・・うというべきである。」

3.国立大学の教員をめぐるハラスメント訴訟では国家賠償法の適用関係に注意

 原告側で裁判をするにしても、被告側で裁判をするにしても、国立大学の教員が出てくるハラスメント訴訟では、国家賠償法の適用関係に注意する必要があります。

 原告側で裁判をする場合、国家賠償法の適用があるのに、個人を訴えても話が複雑になるだけで益がありません。

 教員側で応訴する場合、国家賠償法の適用関係に気付かず、漫然と応訴して負けるようなことがあれば、弁護過誤と言われかねません。

 国立大学法人が非公務員型の法人であることから見落としやすいうえ、国立大学の教員のハラスメントに関しては国家賠償法の適用がある場合とない場合の両方が混在しているため、話がややこしくなっています。

 労働事件自体、専門性の高い領域ですが、公務員の労働事件は更に奥まったところで複雑な様相を呈しています。公務員の労働問題に関しては、本邦において数少ない専門家の一人であると自負しています。この領域に対応できる弁護士は限られているので、お困りごとをお抱えの方は、ぜひ、ご相談頂ければと思います。