弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

スタッフ職の管理監督者性-労働時間に一定の裁量があり年収が高くても管理監督者性が否定された例

1.スタッフ職の管理監督者性

 「スタッフ職」という言葉があります。法令用語ではないため、明確な定義はありませんが、一般的には、「人事、総務、企画、財務部門において、経営者と一体となって判断を行うような専門職」をいいます。

https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/content/contents/000501863.pdf

 スタッフ職の中には、管理監督者として、時間外勤務手当等の支払いを受けていない方が少なくありません(労働基準法41条2号参照)。

 しかし、管理監督者は法令上の実質的な概念であるため、会社の中で「スタッフ職」と呼ばれていたからといって、当然に管理監督者に該当するわけではありません。管理監督者への該当性は、職位の名称ではなく、

① 職務内容、権限および責任の程度、

② 勤務態様-労働時間の裁量・労働時間管理の有無、程度、

③ 賃金等の待遇、

を総合的に考慮して判断されています(白石哲『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕154頁参照)。

 近時公刊された判例集に、このスタッフ職の管理監督者性について、興味深い判示をした裁判例が掲載されていました。東京地判令3.2.17労働判例ジャーナル111-32 三井住友トラスト・アセットマネジメント事件です。目を引かれたのは、職務内容が重要で、労働時間に一定の裁量が認められていて、高い年収が得られていたにもかかわらず、管理監督者性が否定されている点です。

2.三井住友トラスト・アセットマネジメント事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、投資運用業、投資助言・代理業、第二種金融商品取引業を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告から専門社員として雇用され、期間1年の有期労働契約を更新してきた方です。被告の就業規則上、専門社員とは「高度な専門知識、職務知識に基づき、専門的な職務又は特命的な職務を担うために、1年以内の契約期間を定めて採用された者」と定義されていました。

 原告が主に担っていた業務は、投資信託の法廷開示書類の作成や監督官庁への届出です。また、それ以外にも、月次レポート(月報)の精査、準広告審査などの業務(月報関連業務)も担当していました。

 労働時間については一定の裁量がありました。また、基本報酬は年額1140万円、月額95万円であり、このほか業績・成果に基づき被告が評定した額である変動報酬が定められていました。

 こうした事実関係のもと、本件では、原告の管理監督者性が争点の一つになりました。

 被告会社は、

「スタッフ職については、〔1〕経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当していること、〔2〕ライン管理職と同格以上の位置づけとされていること、という2つの基準によって管理監督者性を判断すべきである。」

「労基法が刑罰法規であり、同法41条2号が労働時間等の規制の適用除外という免罰的効果をもたらす規定であることから、罪刑法定主義や予測可能性の観点からは、同号前段の管理監督者の範囲を立法者意思や行政機関の有権解釈に反して限定的に解釈することにより、犯罪の成立範囲を拡張的に解釈することは許されない。行政機関の有権解釈においては、スタッフ職について、上記〔1〕〔2〕の2つの要件に該当する者については、管理監督者に該当することが示されている(昭和63年3月14日基発150号)。また、立法者は、労基法41条の管理監督者について、広く認める意思であったことも、管理監督者該当性判断に当たり考慮すべきである。」

などと述べ、原告が管理監督者であることを主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の管理監督者性を否定しました。

(裁判所の判断)

「労基法41条2号は、管理監督者に該当する場合、労基法で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定を適用しないものとしているところ、これは、管理監督者については、その職務の性質や経営上の必要から、経営者と一体的な立場において、労働時間、休憩及び休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されるような重要な職務と責任、権限を付与され、実際の勤務態様も労働時間等の規制になじまないような立場にある一方、他の一般の従業員に比して賃金その他の待遇面でその地位にふさわしい優遇措置が講じられていることや、自己の裁量で労働時間を管理することが許容されていることなどから、労基法の労働時間等に関する規制を及ぼさなくてもその保護に欠けることがないと考えられることによるものである。」

「そうすると、管理監督者該当性の判断に当たっては、〔1〕当該労働者が実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているか、〔2〕自己の裁量で労働時間を管理することが許容されているか、〔3〕給与等に照らし管理監督者としての地位や職責にふさわしい待遇がなされているかという観点から判断すべきである。」

「上記の労基法41条2号の趣旨からすれば、このような観点から判断すべきことは、スタッフ職について管理監督者に該当するか否かを検討する際にも同様であると解される。」

「なお、被告は、行政解釈(旧労働省の昭和63年3月14日基発第150号)を根拠に、経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当していること、ライン管理職と同格以上の位置づけとされていることがスタッフ管理職の要件であると解すべきである旨主張するが、後者は上記〔3〕と同旨の要件と解され、前者は前記労基法41条2号の趣旨からすれば、単に経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当しているというだけでは足りず、その職務と責任が、経営者と一体的な立場にあると評価できることが必要と解されることからすれば、上記〔1〕の観点の中で考慮されるべき一つの要素と解される。」

・職責及び権限について

「原告が担当する月報関連業務において作成される月次レポート、共通コメント及び臨時レポートは、被告の運営するファンドの情報を、顧客である投資家に対して提供するものであるところ・・・、これらの情報は顧客の投資判断の基となり、被告の収益の大半を占める投資家からの手数料収入にも影響し得るものであるから、原告の担当する月報関連業務は、被告にとって重要な業務の一つであるといえる。もっとも、原告の具体的な業務内容をみると、月次レポートの精査、準広告審査業務は、三井住友信託銀行の受託サービス部が作成した月次レポートの数字、グラフ及び表現等の誤りがないかをチェックするものであって・・・、原告自身が何らかの判断を示したりするようなものではなく、共通コメントのチェック業務も同様である・・・。また、臨時レポートの作成業務は、ファンドマネージャーの作成した文章からレポートの柱書を作成し、レポートに作り上げるものであって・・・、やはり原告が判断を示すものではない。そうすると、原告の担当する業務は、ファンドマネージャー等が示した見解を前提とした月次レポート等の内容に誤りがないかを確認したり、当該見解を踏まえてレポートを作成する業務であって、専門的かつ重要な業務ではあるものの、企画立案等の業務に当たるとはいえず、また、これらの業務が部長決裁で足りるとされていることからすれば・・・、経営上の重要事項に関する業務であるともいえない。また、原告は、所属する部署の管理者ミーティング等に参加しておらず、月報関連業務以外に当該部署の業務を担当していたことは認められないほか、部下もおらず、人事労務管理業務に従事していたとは認められない・・・。

以上によれば、原告が経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当していたとは認められず、また、人事労務管理業務も担当していないことからすれば、原告が、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されていたとは認められない。

・労働時間の裁量について

「原告は、月次レポートの精査・準広告審査業務を毎月第3営業日から第14営業日の間に行い、共通コメントのチェックを第3営業日の午前9時頃から正午頃までの間に行い、臨時レポートについては年間10回程度行うことになっており・・・、それらの業務がある期間は、基本的に当該業務のために時間的にも拘束されているものの、これらの業務の閑散期においては、比較的自由に時間を使うことが許容され、遅刻・早退があっても賃金から控除されることはなく、早朝及び深夜の業務についても、健康管理の観点から複数回の指摘はあったものの、自己の裁量で労働時間を決定できる環境にはあったといえることからすれば、労働時間について一定の裁量はあったといえる。」

・処遇について

「本件請求期間における原告の年俸は約1270万円(基本給部分が1140万円)であり、部長に次ぐ待遇であるといえ、被告の社員の上位約6%に入ることからすると・・・、待遇面では、一応、管理監督者に相応しいものであったと認められる。」

・小括

「以上によれば、原告は、自己の労働時間について一定の裁量があり、管理監督者に相応しい待遇がなされているものの、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているとは認められないことからすれば、原告が、管理監督者に該当するとは認められない。

 3.専門的かつ重要な業務であっても、企画立案・人事労務関連業務でなければダメ

 管理監督者性の判断にあたっての考慮要素となる ① 職務内容、権限および責任の程度、② 勤務態様-労働時間の裁量・労働時間管理の有無、程度、③ 賃金等の待遇は同じ重み付けが与えられているわけではありません。①の意味が大きく、②、③は補充的な意味合いを持つに留まります。

 そのため、管理監督者性の有無を判断するうえでは、①がどのように判断されるのかが重要な意味を持ちます。

 この①の判断について、裁判所は、専門的かつ重要な業務ではあっても、企画立案・人事労務関連業務を担っていたわけではないことを指摘し、①の要素を消極に理解しました。①が企画立案、人事労務関連業務を念頭に置いたものであることは、従前から判明していたことですが、この担当業務の枠組みをかなり厳格に理解したところに本件の特徴があるように思われます。専門的かつ重要な業務が担われていれば、②、③の要素で管理監督者性を補完できるのかという問いに対し、裁判所は消極的な立場を示しました。

 本件の原告のようにスタッフ職の方は、高額な賃金を得ていることも少なくありません。そうなると、時間外勤務を行うにあたっての時間単価が高くなるため、管理監督者性が否定された場合に請求できる残業代の額も高額化する傾向があります。本件でも割増賃金未払い額は1900万円以上に及んでいます。

 経済的利益が大きくなる可能性もあるため、管理監督者と扱われることに違和感を持つスタッフ職の方は、一度、弁護士のもと残業代請求の可否を相談しに行ってみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所でご相談をお受けすることも可能です。