1.労働者派遣法上のみなし申込み制度
労働者派遣法は、違法派遣による役務の提供を受けた者について、派遣労働者に対する労働契約の申込みを擬制する仕組みを設けています(労働者派遣法40条の6)。
みなし申込み制度の適用対象になる違法派遣行為の類型には、
派遣労働者を禁止業務に従事させること(1号類型)、
無許可事業主から労働者派遣の役務の提供を受けること(2号類型)、
事業所単位での期間制限に違反して労働者派遣を受けること(3号類型)、
個人単位の期間制限に違反して労働者派遣を受けること(4号類型)、
いわゆる偽装請負(5号類型)、
の五つの類型があります。
上述のような違法派遣行為が認められる場合、労働者には、
現状のままの労働契約を維持するのか、
承諾権を行使して派遣先との間で直接労働契約を締結するのか、
を選択する権利が与えられます。
近時公刊された判例集に、この選択権の行使を不当に妨げたとして、慰謝料請求が認められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、札幌地判令4.2.25労働判例ジャーナル124-1 ベルコ(労働契約申込みみなし)事件です。
2.ベルコ(労働契約申込みみなし)事件
本件で被告になったのは、
冠婚葬祭互助会員の募集や冠婚葬祭の請負等を業とする株式会社(被告ベルコ)、
被告ベルコから互助会員業務等を受託していた株式会社仁智(仁智)の代表取締役(被告e)、
被告ベルコから互助会員業務等を受託していた株式会社ライズ(ライズ)の代表取締役f(被告f なお、訴訟係属中に被告fは死亡し、その相続人である被告gらが被告fの立場を承継しています)、
です。
原告になったのは、
仁智の下で就労していた3名(原告a、原告b、原告c)、
ライズの下で就労していた1名(原告d)
の計4名です。
本件の原告らは、被告らに対し、様々な法律構成で多岐に渡る請求をしていますが、2号類型のみなし申込み制度の適用との関係でいうと、大意、
被告ベルコは法令の規定に反して労働者派遣の役務の提供を受けた(2号類型)、
労働契約のみなし申込み制度により、原告らには、雇用主を選択する権利が生じた、
そうであるにも関わらず、被告ベルコは、原告らに対し「株式会社とは何らの雇用関係も存在しないことを認識しております」と書かれた確認書に署名押印させるなどして、承諾権(雇用主を選択する権利)を行使する機会を奪った、
ゆえに、慰謝料等の損害を賠償せよ、
というものです。慰謝料請求の構成がとられているのは、承諾権の行使に違法行為の終了後1年以内という期間制限があることが関係しています(労働者派遣法40条の6第2項、3項参照)。
この事案で裁判所は2号該当性を認めたうえ、次のとおり述べて、確認書に署名押印させた行為の違法性を認めました。
(裁判所の判断)
「原告らは、仮に上記・・・の承諾をしたとは認められないとしても、これは、被告ベルコが原告らの承諾の意思表示を不当に妨げたためであって、かかる妨害行為はそれ自体が不法行為に該当する旨主張する・・・。」
「そこで検討するに、労働者派遣法40条の6第1項は、労働者派遣による役務の提供を受けた者が労働契約の申込みをしたものとみなし、もって、派遣労働者に対し、当該役務提供を受けた者との間で労働契約を締結するかどうかについて、選択権を付与したものと解される。そして、同法の趣旨が派遣労働者の保護を図るところにあることにも照らすと、かかる選択権は法律上保護されたものというべきであって、当該役務提供を受けた者は、派遣労働者の選択権の行使を妨害しないよう注意すべき不法行為法上の義務を負うものと解するのが相当である。」
「しかるに、被告ベルコは、認定事実・・・のとおり、代理店に対し、FA(営業職員のこと 括弧内筆者)に『確認書』と題する書面を1年に1回程度の頻度で作成させるよう指示していたものである。そして、その『確認書』には、確認事項として、
〔1〕FAは代理店の従業員として雇用されており、被告ベルコとは何らの雇用関係も存在しないこと、
〔2〕FAの給与は被告ベルコから振り込まれるが、これは本来は代理店主から支給されるべきものであって、被告ベルコは振込業務を代行しているにすぎないこと、
〔3〕給与に関する相談・交渉は代理店主との間で行うものであり、被告ベルコとの間で行うものではないこと
が記載されていたところである・・・。しかも、現に、原告らを含むFAは、上記の指示を受けて確認書を作成して、代理店主に提出していた。」
「被告ベルコのこのような指示は、原告らに対し、労働者派遣法40条の6第1項の労働契約のみなし申込みなどされておらず、自身が被告ベルコとの間で労働契約や労働条件について主張する立場にないとの認識を抱かせ、もって上記の選択権の行使を不当に妨げるものといわざるを得ない。」
「したがって、被告ベルコの上記行為については、不法行為が成立する。」
「次に、これによる原告らの損害について検討するに、上記不法行為によって侵害されるのは、飽くまでも当該役務提供を受けた者との間で労働契約を締結するかどうかについての選択権であって、当該選択権を行使して承諾した場合に生じることとなる労働契約上の地位に伴う賃金相当額についてまで、当然に侵害されるものということはできない。そうすると、上記不法行為を理由として未払割増賃金相当額の支払を求める原告らの主張は、理由がないものといわざるを得ない。」
「他方、原告らは、上記不法行為による損害として、精神的苦痛による慰謝料をも主張するところ、原告らは、選択権の行使を妨害されたことにより、将来の承諾によって被告ベルコとの間で労働契約が成立し得るという期待が害されたというべきであって、これにより精神的苦痛を被ったものと認めるのが相当である。」
「そして、上記の不法行為の態様、これに伴う結果その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、その精神的苦痛を慰謝するための費用としては、原告らそれぞれにつき、各自10万円ずつをもって相当と認める。」
3.慰謝料額は少ないが・・・
裁判所で認定された慰謝料額は10万円と少額です。
しかし、この種の確認書の徴求行為を違法だとした点は、大きな意義があるように思います。違法だと判示する裁判例の存在は、企業が同種行為を止める誘因になったり、労働者側を代理する弁護士側から「違法だからやめるように」と要求する根拠になったりするからです。
確認書の徴求行為は、見方によっては、承諾権を放棄してもらった/従前の雇用主との労働関係の維持を選択してもらったという理解ができるかも知れませんが、裁判所はそのような考え方を採用しませんでした。
このことは承諾権の不行使の意思決定があったと認定するためには、労働者側に承諾権があることを認識するだけの十分な情報が与えられていなければならないことを含意しているように思われます。そう考えると、本件の判示は、意外と広く活用できるかも知れません。