弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公益通報(内部通報)のポイント-余計な資料は手元に置かない

1.公益通報(内部通報)と懲戒処分

 公益通報(内部通報)と懲戒処分との関係は、実務上、しばしば問題になります。

 公益通報者保護法で定義されている「公益通報」が行われたことを理由として、事業者が労働者を解雇することは禁止されています(公益通報者保護法3条)。解雇だけではなく、降格、減給、その他不利益な取り扱いをすることも禁止されています(公益通報者保護法4条)。

 公益通報者保護法に掲げられているルールは、公務員にも適用があります。

 労働契約法には「この法律は、国家公務員及び地方公務員については、適用しない」(労働契約法21条)という規定がありますが、公益通報者保護法には、これに対応する適用除外規定は存在しません。

 むしろ、公益通報者保護法7条は、

「一般職の国家公務員等の任命権者・・・は、第三条各号に定める公益通報をしたことを理由として一般職の国家公務員等に対して免職その他不利益な取扱いがされることのないよう、これらの法律の規定を適用しなければならない。」

と規定し、公務員が保護対象に含まれることを明らかにしています。

※ 一般職の国家公務員「等」は、裁判所職員、国会職員、自衛隊員、地方公務員を含む広い概念です(公益通報者保護法7条参照)。

 しかし、公益通報者保護法に規定されている「公益通報」の定義は難解かつ複雑で、日常用語でいう「公益通報」「内部通報」の中には、この法律の要件に合致していないものが少なくありません。

 法律上の要件に合致しない内部通報は懲戒対象行為とされる可能性があります。事業主であっても行政機関であっても、内部通報を行った方に対しては、報復的・感情的としか思われないような対応がされることが珍しくありません。

 内部通報と懲戒処分の有効性に関しては、

「裁判例の集積により、①内部告発の内容が真実であるか、または真実と信じるに足りる相当な理由があること、②内部告発の目的が公益性を有するか、少なくとも不正な目的または加害目的ではないこと、③内部告発の手段・態様が相当であること等を総合考慮した上で、内部告発に対する懲戒処分の有効性を判断するという判断枠組が形成されている」

と理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕402頁)。

 それでは、こうした内部通報に付随する行為に関しては、法的にどのように評価されるのでしょうか。

 内部通報のための資料の持ち出しと懲戒処分の効力との関係が問題になった近時の事例に、京都地判令元.8.8労働判例1217-67 京都市(児童相談所職員)事件があります。

2.京都市(児童相談所職員)事件

 本件は、京都市内の児童養護施設で起きたと疑われる被措置児童虐待の不祥事について、児童相談所が適切な対応を採っていなかったとの認識を有したことから、京都市の公益通報処理窓口に対して公益通報(公益通報者保護法の「公益通報」ではない)を行った児童相談所の職員が、

① 勤務時間中に、・・・虐待を受けたとされる児童とその児童記録データ等を繰り返し閲覧した行為、

② 虐待を受けたとされる児童の妹の児童記録データを出力して複数枚複写し、そのうちの1枚を自宅へ持ち出した上に無断で廃棄した行為、

等を理由に停職3日の懲戒処分を受けた事案です。

 懲戒処分を不服とする児童相談所職員が原告となって、その取消を求めて京都市を訴えたのが本件です。

 原告は、①も②も懲戒事由には該当しないという争い方をしました。

 裁判所は、①は懲戒事由に該当しないという判断をしましたが、②は懲戒事由に該当すると判示しました。そのうえで、②で停職3日は重過ぎるとして、懲戒処分を取り消しています。

 ②の部分が懲戒事由に該当するとの裁判所の判示は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

「本件行為2(②の行為のことです。括弧内筆者)のうち本件複写記録の自宅への持ち出し行為は、非公開情報である本件複写記録を職場外に持ち出したものであって、本件管理基準7条に違反することは明らかである。また、本件行為2のうち本件複写記録を自宅で廃棄した行為は、F課長らにより、本件複写記録の情報漏えい等の事故を防ぐための適切な処分をするために同記録の返却を指示されていたにもかかわらず、その指示に従わず同記録の適切な処分を妨げたものであるから、本件管理基準9条に違反することは明らかである。」
「これに対して、原告は、本件行為2のうち、本件複写記録の自宅への持ち出し行為については、2回目の内部通報に関して明確な証拠として提示するためであり、かつ、被告による証拠隠滅を危惧して証拠として保全しておくためであったことからすると、正当な行為として違法性が阻却されるなどと主張する。しかしながら、原告は、平成27年10月9日のE弁護士(公益通報の窓口です 括弧内筆者)との面談において、本件複写記録と同一内容である本件児童の妹に係る複写文書を交付したのであるから、2回目の内部通報に関して明確な証拠として提示するという観点からすれば、E弁護士に交付した複写文書と同一内容の本件複写記録を原告の手元に保管しておく必要性は大きく減じたものといえる。次に、被告による証拠隠滅を危惧して証拠として保全しておくという観点について検討すると、たとえ仮に原告が証拠の保全のために本件複写記録を手元に保管しておくとしても、敢えて職場の外部である自宅に持ち出して、セキュリティの完備されていない自宅に同記録を保管しておく必要性があったとはいい難い。したがって、本件行為2のうち本件複写記録の自宅への持ち出し行為に関しては、2回目の内部通報を行う上で不可欠な行為であったとはいえず、また、同内部通報に付随する証拠の保全行為としての意味合いを有していたとしても、必ずしも自宅に持ち出す必要性までは認められないことからすると、その違法性が阻却されるものではない。したがって、原告の上記主張は採用できない。」
「また、原告は、本件行為2のうち、本件複写記録の廃棄行為に関しては、F課長の了解を得ていた以上、その違法性が阻却され、懲戒事由に該当しないなどとも主張するが、・・・、そもそも本件複写記録の廃棄に関してF課長がこれを了解していた事実を認めることができない以上、その違法性が阻却されることはない。したがって、原告の上記主張もまた採用できない。」
「以上によれば、本件行為2は、被告が定めた京都市高度情報化規程の下での本件管理基準7条及び9条に違反した非違行為と評価すべきものである。したがって、本件行為2は、少なくとも、地方公務員法29条1項1号の懲戒事由に該当するものといえる。」

3.違法性阻却の判断は厳格(手控えの保管もダメ、廃棄しても非難される)

 保管場所のセキュリティの問題はあるにしても、公益通報窓口に提供するにあたり、自分の手控えとして資料を保管しておこうという発想は、それ自体は特異な考えというわけではないように思います。

 それでも、裁判所は内部通報を行う上で不可欠な行為ではないから違法性や阻却されない、ダメだという判断をしました。

 もちろん、裁判所は上記判示の後で、証拠保全ないし自己防衛目的だえることを認定したうえ、その原因や動機において強く非難すべき点は見出し難いとは述べています。しかし、懲戒事由への該当性のレベルまでは否定されませんでした。

 また、裁判所は廃棄行為もダメだと言いました。

 個人情報保護に主眼があるなら再現可能性がない形で捨てれば良さそうにも思えますが、裁判所は、上記判示の後に、

「今後の情報漏えいの可能性が万に一つないようにするために持ち出した現物を返却させるという被告の正当な目的の実現を妨げた」

から非難されるべきなのだという評価をしています。

 このような裁判所の判示を見ると、公益通報・内部通報に付随する行為の適法性は、「不可欠」性という概念のもと、かなり厳格に判断されていることが伺われます。

4.事前に弁護士への相談が推奨される

 定期的に公刊物に掲載されていることから、公益通報・内部通報をした方がいいのではないかという悩みに直面する労働者・公務員の方は、決して少なくないのではないかと思います。

 しかし、公益通報者保護法で保護される要件への該当性や、裁判例にみる保護基準に照らしてどこまで何をやってもよいのかを、専門家以外の方が判断するのは、現実問題として非常に難しいと思います。

 そのため、公益通報・内部通報をするにあたっては、事前に弁護士と相談して、論点を検討しておくことが推奨されます。

 近時、新型コロナウイルスによる外出自粛の関係で、DV被害の相談が増加しているとの報道があります。本件で問題になったのは、児童虐待との関係ですが、類似の悩みに直面している方の参考になればと思います。