弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不就労期間中の未払賃金請求-時間外手当(残業代)を考慮した請求が認められた事案

1.解雇後の不就労期間中の未払賃金請求

 解雇が無効であった場合、解雇によって就労を拒否されていた期間に対応する賃金を請求することができます。

 この遡って請求可能な「賃金」の範囲について、月給制における基本給部分が含まれることは特に問題ありません。

 しかし、時間外手当(残業代)に関しては、請求することはできないとする考え方が一般的ではないかと思います。

「解雇されていなければ、過去の勤務実績から導かれる平均値程度の時間外勤務は発生していた蓋然性が高いのだから、残業代も請求できて然るべきだ。」

こういう理屈も一見成り立ちそうには思えますが、私の理解では、支配的な見解ではありません。

 東京地裁の労働部の裁判官らの手による、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕247頁にも、

「時間外手当は、時間外に勤務して初めて発生するものであるから、時間外に勤務していない解雇の場合には、請求できないとした裁判例(東京地判昭53・7・24労判303号12頁〔光洋電子工業事件〕、東京地判平7・12・25労判689号31頁〔三和機材事件〕ほか)がある。」

と記載されています。

 反対説が紹介されていないので、要するに、解雇無効を前提として未払い賃金を請求する時、残業代を上乗せして請求しても、それは基本認めないという意思表示なのだと思います。

2.不就労期間中の未払賃金請求に残業代の上乗せが認められた事案

 ところが、近時公刊された判例集に、不就労期間中の未払賃金請求を認容するにあたり、残業代の上乗せを認めた事案が掲載されていました。

 大阪地判令2.1.10労働判例ジャーナル97-24 カワニシ食品事件です。

 本件は辞職を申し出た事実がないのに退職扱いにされたとして、従業員が会社に対して、地位確認と未払賃金の支払いを求めて訴えを提起した事案です。

「原告は、平成29年12月28日、その所定勤務時間中に被告の事業所から退勤し、翌29日以降、被告の事業所には出勤していない。」

という限度では争いがなく、これが辞職の申出に該当するのかが争点になりました。

 被告事業所からの退勤後、原告の方は解雇予告手当を請求するなど、退職を前提とするような行動をしてしまうのですが、代理人弁護士が選任された後、改めて退職の意思表示の不存在を指摘して従業員としての地位を主張するとともに、未払賃金の支払を請求しました。

 結論として裁判所は辞職の申出の事実を認定できないとし、原告の地位確認請求を認容しています。解雇予告手当の請求が辞職の意思表示の認定にあたり完全に無視されていることなど、辞職の申出の事実の存否の認定にも興味深い点はあるのですが、それよりも目を引くのが、先に述べた未払賃金額の認定に係る判示です。

 セオリーからすれば残業手当までは考慮されないはずですが、裁判所は次のように述べて、残業手当を賃金月額の計算にあたって控除するのは相当ではないと判示しました。

(裁判所の判断)

残業手当等については、通常の賃金とは異なって、所定時間外労働等があってはじめて発生するものであり、賃金支払義務の具体的金額を定めるに際してそのような性質を十分考慮する必要はあるが、前記前提事実によれば、従前の月給制の下でも、その後の時給制の下でも、恒常的に残業手当等の支給があったと認められるから・・・、賃金月額の定めに当たってこれを控除することは相当でない。

3.解雇の場合・月給制の場合と有意な差はあるだろうか?

 本件の場合、辞職の申出であるという点と、時給制の労働者であったという点が、典型的な解雇事件とは異なっているように思います。

 しかし、解雇の場合と辞職の申出の不存在の場合とが未払賃金の基準額の認定に有意な差を及ぼすとは考えられにくいように思われます。

 また、裁判例が指摘するように、

「恒常的に残業手当等の支給があった」

ことが残業代を上乗せできる理由であるとするならば、恒常的に時間外勤務をしていた月給制の労働者にも残業代を考慮した未払賃金の請求が認められてよいのではないかと思われます。

 そう考えると、本件は解雇事件の不就労期間中の未払賃金額の認定において、時間外手当部分を上乗せ考慮することを認めない従来の裁判例の流れとは違った毛色を持つものとして位置付けられるように思います。

 本件は大阪地裁の判例です。大阪地裁には労働部があります。小規模な裁判所で標準的な理解から逸脱した裁判例が散発的に生じることはありますが、大阪地裁労働部の裁判例である以上、一定の重みのあるものと理解してよいのではないかと思います。

 解雇事件で地位確認と未払賃金を請求する時、無駄だという先入観に囚われて時間外勤務手当分を考慮しないで未払賃金の基準となる額を設定する例は少なくないと思いますが、そうやって誰も問題にしないからダメなだけで、問題提起してみれば、存外いけるのかもしれません。