弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤務先の不祥事をマスコミに情報提供することによる報復の危険

1.勤務先の不祥事のマスコミへの情報提供

 勤務先の不祥事をマスコミに提供したいという相談を受けることがあります。そのようなことをして何の得があるのかという感覚を持つ方もいると思いますが、こうした相談は意外と多くあります。

 マスコミへの情報提供に関しては、公益通報者保護法の要件に合致する場合、解雇禁止などの法的保護を受けることができます(公益通報者保護法3条等参照)。しかし、公益通報者保護法で保護される範囲は、必ずしも広くはありません。

 公益通報者保護法の保護対象としての要件に合致しない場合、どうなるかというと、大抵の事案で報復を受けます。その報復は、かなり苛烈になる傾向があり、解雇等の重大な不利益取扱いを受けたという例も珍しくありません。

 こうした苛烈な報復行為に関しては好ましいとは思っていません。しかし、現実問題、枚挙に暇がないくらい発生しています。昨日紹介した徳島地判令2.11.18 社会福祉法人柏涛会事件も、マスコミへの情報提供に対する制裁が問題となった事件です。

2.柏涛会事件

 本件で被告になったのは、社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告が運営する知的障害者支援施設の従業員です。

 本件紛争が生じる以前、被告柏涛会は、職員の暴行で利用者(d)が小腸断裂の傷害を負ったとして、利用者dとその両親(dら)から損害賠償を求める訴えを起こされていました(第一訴訟)。高松高裁は、職員の暴行によって利用者に小腸断裂の傷害が発生したことを認め、利用者dの請求を一部認容する判決を言い渡しました。

 この第一訴訟の控訴審判決の日、原告は同僚職員eと共に施設の制服を着用してテレビ番組に出演し、虐待に関するインタビューを受けました。

 インタビューの内容について、被告は次のとおり主張しています。

(被告の主張)

「原告は、四国放送が平成26年5月15日午後6時15分頃にテレビ放送した報道番組に、被告柏涛会のロゴ入りの制服を着て、eとともに出演した。上記番組内でのやりとりは次のような内容であった。

(アナウンサー)

『施設で日常的な暴行はなかったのか。施設の職員は四国放送の取材に対して』

(e)

『あのー、虐待って言うのは、あのー、日常、行われていました。叩いたり蹴ったりの虐待もいつものようにありました』

(原告)

『職員もそれが悪いとわかってたんですけれども、結局それが悪いと言えなかったという状態なので』

(アナウンサー)

『日常的な虐待を認める職員もいます。』」

 被告柏涛会は、このインタビューの後、原告に対し、質問内容を文書化するなどして、虐待の事実の調査を開始します。調査は原告が産前産後休暇・育児休暇を取得していた平成27年12月1日から平成30年6月7日までは行われませんでしたが、職場復帰日である同年6月8日から再開されました。被告柏涛会は、文書での質問を要求されたことを受け、原告を自宅待機とし、そのうえで質問状を送付しました。これに応じないでいたところ、同年12月11日、原告は被告から同年12月15日付けで解雇する旨の意思表示を受けました。

 これに対し、原告は、解雇無効を主要し、被告柏涛会を被告として、地位確認等を求める訴訟を提起しました。

 本件で、被告柏涛会は、次の三つの解雇理由を主張しました。

-解雇理由〔1〕-

利用者に対し、一室に閉じ込めたり、引きずるという虐待行為を行い、反省も認められないこと

-解雇理由〔2〕-

当法人の施設内における虐待行為等に関する聞き取り調査を拒否しこれに応じないこと。

-解雇理由〔3〕-

無断で当法人の制服を着用してテレビ番組に出演し、当法人の名誉を棄損する発言をしたこと。

 このうち注目するのは解雇理由〔1〕です。

 被告柏涛会は、

平成18年3月24日に、第一訴訟の被害者である利用者dの襟首をつかんで引きずり回したこと、

平成14年頃から平成21年頃にかけて、利用者の居室の入口につっかえ棒をして利用者を室内に閉じ込めたこと、

が解雇理由〔1〕を構成する具体的事実だと主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、解雇理由〔1〕が就業規則上の解雇事由に該当することを否定しました。

(裁判所の判断)

「被告柏涛会は、原告が、平成18年3月24日、dの襟首をつかんで引きずり回したことを、原告の解雇事由として挙げる。そして、dの父が作成した説明図・・・には、平成18年3月24日正午前頃、本件施設の食堂前廊下において、本件施設の女性職員が、顔面蒼白で半白目となり、放心状態であるdの襟首を左手でわしづかみにし、強引に引きずっていた旨の記載があり、当該女性職員について、『(f)』と原告の氏名が、旧姓で記載されている。」

「しかし、dらと被告柏涛会との間では、被告柏涛会の職員がdに対して暴行を加えたとして第1訴訟が係属し、dらと被告柏涛会とは敵対関係にあったものであり、その一方当事者であるdの父が作成した上記説明図が客観的なものであるとはいい難い。また、その記載内容も、dの両親が、強引に引きずられているdを直近で目撃したとしながら、当該職員を制止したような事情もうかがわれず、いささか不自然であるといわざるを得ないし、dの父が、当該女性職員を原告であると断定した根拠も明らかでない。そうすると、上記説明図の記載は、にわかに採用することができない。そして、原告は、dを引っ張ったこと自体は自認しているものの・・・、原告が自認しているのは、職員が不足するため、本件施設内において、児童部の利用者を部屋から出られないようにし、部屋から退出しようとする利用者を引っ張って連れ戻していたという事実にすぎず、被告柏涛会が主張するような、dの襟首をつかんで引きずり回すという事実を認めているものとは解されない。他に、原告が、dの襟首をつかんで引きずり回したことを認めるに足りる証拠もない。

「被告柏涛会は、原告が、本件施設の利用者を室内に閉じ込めたことを、原告の解雇事由として挙げる。そして、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件施設においては、少なくとも平成14年頃から平成21年頃までの間、児童部については105号室、成人部男子については206号室に利用者が集められ、原告を含む少数の職員によって処遇されていたことや、原告が上記各部屋から出ようとする利用者の腕をつかんで引っ張って移動させるなどしていた事実が認められる。しかし、仮に、本件施設において行われていた、児童部、成人部男子の利用者を一室に集めるという取扱いが、客観的に見て不適切であると評価すべき余地があるとしても、被告柏涛会は、従前の各訴訟の中で、上記各部屋における利用者の処遇は適切な『見守り支援』であると主張していたのであって・・・、それが被告柏涛会の方針として行われていたものであることは明らかであり、原告が、独断で利用者に対する不適切な行為に及んでいたということはできない(なお、原告が、利用者の居室の入り口につっかえ棒をして利用者を室内に閉じ込めたと認めるに足りる証拠もない。)。また、原告は、部屋から出ようとする利用者の腕をつかんで引っ張って移動させたことは自認するが、その態様が、知的障害者支援施設の利用者が部屋から退出することによって生じる危険等を回避するために必要な限度を超え、その人格を無視し、自由を阻害するなど、利用者を虐待するものと評価すべきものであったと断ずることはできない。

3.外部機関に不祥事を出したことに対する勤務先の憎悪は甘くみれない

 本件の被告柏涛会は、信頼できる証拠もないのに、利用者dに身体的虐待を加えたことを解雇理由にしました。また、被告自身が定めていた「見守り支援」の方針に従っただけであるのに、利用者に虐待行為を加えたものとして、これも解雇理由にしました。

 障害者支援施設の職員に虐待のぬれぎぬを着せたことに関しては、ここまで過酷な報復をするのかと思う方がいるかも知れません。しかし、私の個人的な実務経験の範囲内で言うと、この程度であれば良くある話だといった感覚です。

 外部への通報が過度に抑制されるのは望ましくないし、報復を恐れて不祥事に口を噤むのも好ましいとは思っていません。また、違法な措置は、裁判をすることで、その効力を否定することができます。

 しかし、不祥事を外部に通報された時に、企業が抱く憎悪には、普通ではない何かを感じることが少なくありません。そのため、不祥事の外部へのリークには、かなりの覚悟を持っておくことが必要になります。少なくとも、カジュアルな苦情感覚で外部機関に情報を持ち込むことは、控えておいた方がいいように思います。