弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

テレビ番組へのインタビューを理由とする解雇の効力が否定された例

1.記者会見に厳しい裁判所

 ジャパンビジネスラボ事件控訴審判決(東京高判令元.11.28労働判例1215-5)、三菱UFJモルガン・スタンレー事件(東京地判令2.4.3労働判例ジャーナル103-84)などの裁判例から分かるとおり、近時の裁判所は、記者会見に対し、あまり好意的な評価を与えてはいません。そうした評価の背景には、訴訟追行にあたり不可欠というわけではないにも関わらず、相手方の反論のない場で、一方当事者の見解をメディアを通じて拡散することへの疑問があるのではないかと思われます。

 一連の裁判例を踏まえると、勤務先にとって消極的な事実をマスコミに述べることに対し、労働者は慎重であるに越したことはありません。

 しかし、当然のことながら、マスコミとの関わり合いの一切が否定されるわけではありません。これまで否定例を紹介することばかりでしたが、近時公刊された判例集にマスコミとの関わり合いが肯定された裁判例が掲載されていました。徳島地判令2.11.18 社会福祉法人柏涛会事件です。

2.社会福祉法人柏涛会事件

 本件で被告になったのは、社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告が運営する知的障害者支援施設の従業員です。被告柏涛会から普通解雇されたことに対し、解雇無効を主張して地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件紛争が生じる以前、被告柏涛会は、職員の暴行で利用者(d)が小腸断裂の傷害を負ったとして、利用者dとその両親(dら)から損害賠償を求める訴えを起こされていました(第一訴訟)。高松高裁は、職員の暴行によって利用者に小腸断裂の傷害が発生したことを認め、利用者dの請求を一部認容する判決を言い渡しました。

 本件では、こうした背景事情のもと、施設の制服を着用してテレビ番組に出演し、虐待に関するインタビューに応じたことが、解雇事由の一つとして主張されました。

 この部分についての被告の主張は、次のとおりです。

(被告の主張)

「原告は、四国放送が平成26年5月15日午後6時15分頃にテレビ放送した報道番組に、被告柏涛会のロゴ入りの制服を着て、eとともに出演した。上記番組内でのやりとりは次のような内容であった。

(アナウンサー)

『施設で日常的な暴行はなかったのか。施設の職員は四国放送の取材に対して』

(e)

『あのー、虐待って言うのは、あのー、日常、行われていました。叩いたり蹴ったりの虐待もいつものようにありました』

(原告)

『職員もそれが悪いとわかってたんですけれども、結局それが悪いと言えなかったという状態なので』

(アナウンサー)

『日常的な虐待を認める職員もいます。』」

 本件では、上述の原告の発言が解雇事由になるのかが争点の一つになりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の発言は解雇事由には該当しないと判示しました。

(裁判所の判断)

「証拠・・・によれば、原告は、本件施設の旧制服を着用して四国放送の取材に応じ、『職員もそれが悪いとわかってたんですけれども、結局それが悪いと言えなかったという状態なので』などと発言し、その内容が、第1訴訟の控訴審判決が言い渡された平成26年5月15日に、報道番組内で放映された事実が認められる。そして、原告の上記発言内容が、知的障害者支援施設を運営する社会福祉法人である被告柏涛会の社会的評価を低下させるものであることは明らかである。

しかし、第1訴訟の控訴審判決においては、dの負った傷害は、被告柏涛会の従業員の暴行によるものであると認定されている上・・・、平成20年3月26日、徳島県が行った本件施設の職員からの聴取(聴取対象職員12名)でも、利用者の障害程度や状態にあった処遇でないと答えた者が7名、利用者への処遇を『一カ所に集めて軟禁状況』と答えた者が5名、利用者への支援が十分できていないと答えた者が6名、日常的に支援員が不足しているため十分な支援ができていないと答えた者が6名もおり・・・、本件施設における利用者に対する処遇が、職員らから見ても必ずしも十分なものではなかったことがうかがわれ、これらの事実に照らせば、四国放送のインタビューに対する原告の発言は、その重要な部分において真実であるといえる。そして、原告のインタビューにおける発言は、障害者地域生活自立支援センターにおける障害者に対する支援の状況に関するものであるから、公共の利害に関する事実であるといえ、また、原告と被告柏涛会との間で原告の処遇を巡る紛争があったことを考慮しても、上記発言は、障害者の支援に関するものであって、公益を図る目的によるものであるということができる。

「そうであれば、原告のインタビューにおける上記発言には違法性はなく、インタビューに応じたことをもって、原告に就業規則61条1項(3)、(4)に該当する事実があったとはいえない。

なお、eは、四国放送のインタビューに対し、虐待が日常的に行われ、叩いたり蹴ったりの虐待もいつものようにあった旨発言しているが、これはあくまでeによる発言であり、原告がこれを首肯する趣旨で上記発言をしたと認めるべき根拠はない。

※ 就業規則61条1項

(3)柏涛会が求める職務遂行能力において、職員本人の能力、勤務態度、人物の改善または向上が見られず、職員として不適当と柏涛会が判断したとき

(4)就業規則その他諸規則に定める規律違反が数度に及んで改善が見られないとき

3.同僚と一緒に出演しても巻き添えにはならない

 本件の判示で最も目を引かれたのは、原告の発言と同僚eの発言とが、切り離されて違法性を評価されている部分です。原告とeは、ともに番組に出演してインタビューを受けたとされています。

 eは『あのー、虐待って言うのは、あのー、日常、行われていました。叩いたり蹴ったりの虐待もいつものようにありました』と発言しています。原告とeの行為が共同行為のように捉えられ、日常的な虐待まで真実性立証の対象となると、そのハードルは一気に高くなります。そうなると、本件の結論がどうなっていたのかも、分かりません。

 しかし、裁判所は、共演したとしても、原告の発言は原告の発言、eの発言はeの発言という考え方を採用しました。このような考え方に依拠できると、自分の発言にさえ気を付ければよいだけになるため、労働者が複数名でマスコミのインタビューに答えるにあたっての負担は、かなり軽減されます。

 紛争予防、訴訟対策という観点から、マスコミとの関わりが危険なことに変わりはありませんが、本判決の判示事項は、労働者側にとって朗報になるものだと思います。