弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラ被害者から席替えを求められたら真摯な対応が必要

1.セクハラ被害者による席替えの要請

 厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(最終改正:令和2年1月15日第6号)は、職場におけるセクシュアルハラスメントが生じた事実が確認できた場合、

「被害者と行為者を引き離すための配置転換」

等の措置を講ずべきことを定めています。

男女雇用機会均等法関係資料 |厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/000643869.pdf

 セクシャルハラスメントの被害者の中には、行為者との接点を減らして欲しいという要望を持つ方が少なくありません。こうした要望を実現するにあたっては、上記の指針を根拠に配置の転換を求めて会社と交渉して行くことが考えられます。

 しかし、小規模な会社では、引き離しのための配置転換を求めるにしても、候補となる事業所や部署がないことがあります。こうした場合、職場に席替えを求めて行くことはできるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.12.4労働判例ジャーナル110-48 東京都就労支援事業者機構事件です。

2.東京都就労支援事業者機構事件

 本件はセクシュアルハラスメント等を理由とする事務局長から事務局職員への降格の可否等が争点になった事件です。

 被告になったのは、事業者の立場から犯罪者等の就労を支援し、再犯防止に寄与していくことを目的としていくことを目的として設立された特定非営利活動法人です。

 原告になったのは、法務省を定年退官した後、被告との間で有期雇用契約を締結した方です。当初、事務局長として勤務を開始しましたが、被告の女性職員C氏に対してセクシュアルハラスメントに及んだことなどを理由に事務局員に降格されたうえ、雇止めにされました。これに対し、降格・雇止めの無効を主張し、被告に対して事務局長としての地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の女性職員C氏に対するセクシュアルハラスメントとしては、先ず、平成30年に次のメッセージ(本件メッセージ)を送信したことが挙げられます。

 原告送信 4月10日20時19分 

『いま電車に乗りました。8時50分頃に着くと思います。』

 原告送信 同日20時41分

『とどいているかな』

 原告送信 4月11日20時23分 

『これから帰ります。21時頃に着くと思います。』

 C氏送信 同日20時24分 

『局長、Cです。LINEを間違えて送信されているみたいです。』

 原告送信 同日20時26分 

『申し訳ありませんでした。』

 C氏送信 同日20時36分 

『私は大丈夫です。』

 原告送信 同日20時39分 

『ありがとう。一度は女性に言ってみたかったんだ?』

 C氏は上記のメッセージを読んだ際に、原告のことを気持ち悪いと感じました。

 翌日、原告は、C氏に対し、本件メッセージの誤送信について謝罪の言葉を述べた後に、『あなたから待っていますという返事がきたらどうなったんだろうね。」などと発言しました(本件発言)。この発言を聞いたC氏は、原告に嫌悪感を抱きました。

 これ以降、C氏は原告と距離を置きたいと思い、事務的な態度で接するようになりました。態度の変化したC氏に対し、原告も威圧的な態度で接するようになり、「あなたの歪んだ性格を直せ。」などといった発言にも及びました。

 こうした言動を受け、C氏は一連のセクハラ行為で原告への嫌悪感や恐怖感から仕事に集中できないなどとして、原告の隣の机から別の机に席替えを求めました。

 しかし、原告は本件メッセージの送信がセクハラにあたることを否定するなど、数か月に渡って席替えの要請を認めませんでした。

 本件では、こうした原告の対応の適否が問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の対応には問題があると判示しました。結論としても、こうした対応を理由にした降格処分・雇止めの効力を認めています。

(裁判所の判断)

「原告は、C氏に対し、平成30年4月11日、誤送信を謝罪する旨のメッセージを送信した直後に、『ありがとう。一度は女性に言ってみたかったんだ?』とのメッセージを送信したこと、翌日の同月12日、本件メッセージの誤送信について謝罪の言葉を述べた後に、『あなたから待っていますと言われたらどうなっていたんだろうね。』との発言をしたことが認められる。このような本件送信等は、男性の上司である原告が、女性の部下であるC氏に好意を抱いていることを連想させる内容といえる。そして、上記・・・のとおり、C氏は、5人の支援員が外勤している際に、事務室内の原告と隣接する机で、原告と2人きりで勤務せざるを得なかったことを併せ考えると、本件送信等は、C氏に原告に対する嫌悪感や恐怖感を抱かせるおそれのある内容であったといえるのであり、上司として不適切な言動であったといえる。」

「また、原告は、上記・・・のとおり、上司として不適切な言動をとったのであるから、C氏から本件送信等に由来する何らかの申出があった際には、C氏の上司かつ被告の事務局長として、C氏の感情に配慮した適切な対応をとるべき職責を負っていたといえる。しかしながら、上記認定事実・・・によれば、原告は、C氏から、本件送信等の後、原告に対する嫌悪感や恐怖感が原因で仕事に集中できない旨の申出があり、席替えを求められたにもかかわらず、本件メッセージの送信はセクハラに当たらず、業務にも支障が生じるという自らの見解に基づき、数か月にわたり、席替えを拒否したこと、その後、席替えの条件として職員全員の同意を求め、同意が得られた後も、席替えの実施前に、本件確認書に署名押印して提出するように求めたこと、提出を求めた本件確認書は、今回の席替えが臨時的・非常措置であり、平成30年12月末又は平成31年3月末日で終了することを確認するとともに、業務遂行にあたってC氏が順守すべき事項を確認するという内容であったこと、そのため、C氏は、公的機関に相談せざるを得なくなったことが認められる。このような原告の対応は、自らが行った不適切な言動については何ら顧みることなく、C氏に一方的に負担を課した上で、席替えの許可を一時的に与えるというものであり、C氏の感情に何ら配慮しない問題のある対応であったということができる。それに加え、上記認定事実・・・によれば、原告は、事務的な態度で自らに接するようになったC氏に対し、威圧的な態度で接するときがあったことも認められる。以上によれば、原告は、本件送信後、C氏に対し、上司かつ被告の事務局長として、不適切な対応をとったと評価することができる。」

3.被害者からの損害賠償請求訴訟ではないが・・・

 本件は、あくまでも降格の適否が争われた事件であり、被害者からの損害賠償請求訴訟事件ではありません。それでも、上司の職責として、席替えなどの被害者の心情に配慮した対応をとるべきであったとしている点には、なお重要な意味があります。裁判所の判示事項を考えると、オフィスが一区画しかないような小規模な会社だったとしても、

「どうせ顔を合わせるのだから、席なんか変えても仕方がないだろう。」

といった態度で被害者に対応することは、法的に許容されない可能性があります。

 セクシュアルハラスメントの被害者で職場に席替えを求めたいとお考えの方は、本件のような裁判例を根拠に交渉することを検討してみても良いかもしれません。