1.非典型的なハラスメント事案
暴行や暴言といった典型的なハラスメント事案に関しては、裁判例の集積により、ある程度の相場観が形成されています。
しかし、ハラスメント行為は多岐に渡っており、その全てが典型的であるわけではありません。時には予想の斜め上を行くハラスメントが行われることもあります。近時公刊された判例集に掲載されていた東京地判令2.10.28労働判例ジャーナル108-40 大器キャリアキャスティング事件も、そうした非典型的なハラスメントが問題になった事件の一つです。
2.大器キャリアキャスティング事件
本件は、原告労働者が雇止めの効力を争って未払賃金の支払を求めるとともに、ハラスメントを理由とする損害賠償を請求した事件です。
特異なのは損害賠償請求の部分で、原告は、ハラスメントに関し、次のような主張をしました。
(原告の主張)
「被告会社のエリアマネージャーであった被告P3は、令和2年1月4日、原告が勤務するセルフP4給油所に立ち寄り、原告が店舗2階で定時連絡の電話をしているところを見つけて原告に因縁をつけ、原告に対し,裸体写真を撮影してその写真を電子メールで送るよう強要したり、『奴隷契約書』と題する書面(甲7)を電子メールで送りつけ、性的な虐待を甘受するよう強要したものであり、被告P3の当該行為は不法行為に該当する。」
「原告は、前記・・・被告P3の行為によって精神的苦痛を受けたものであり、慰謝料は100万円が相当である。」
被告が裁判所に欠席したことを受け、裁判所は、請求原因事実に自白があるとみなしたうえ、次のとおり判示して、原告の請求を認めました。
(裁判所の判断)
「被告P3は原告に対し不法行為に基づく損害賠償義務を負うと認められ、損害については、前記事実並びに証拠(甲7)及び弁論の全趣旨によって認められる本件に顕れた一切の事情を考慮すると、慰謝料として100万円を認めるのが相当である。」
3.被告欠席の事案ではあるが・・・
本件は、欠席判決であることから原告の主張がそのまま認められたにすぎず、裁判所が相当と考える金額を示した事案とはいえないのではないかという疑問を持つ方がいるかも知れません。
しかし、欠席判決であることは、適正な慰謝料額について裁判所が判断していないこととは、必ずしも結び付きません。なぜなら、裁判所は慰謝料額については、擬制自白に拘束されるわけではないからです。
例えば、静岡地沼津支判平2.12.20労働判例580-17 ニューフジヤホテル事件は、被告不出頭の擬制自白事案でしたが、原告がセクシュアルハラスメントを理由に慰謝料500万円の支払いを請求したことに対し、精神的損害に対する慰謝料の額は100万円が相当であると判示しています。つまり、被告欠席の事案であったとしても、慰謝料額については、過大な請求がそのまま認められるわけではありません。
本件は裸体写真の送付を強要したり、奴隷契約書を送りつけたりするというハラスメントについて、被害者に支払われるべき慰謝料額を100万円と認定しました。奴隷契約書というものは流石に私も目にしたことがありませんが、性的な画像の送付を強要する例は稀にあり、同種事案における慰謝料水準を知るうえで参考になります。