弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒解雇にあたり弁明の機会を付与する手続的な義務はないとされた例

1.懲戒解雇と弁明

 学説上は、懲戒解雇を行うにあたり、弁明の機会を付与することを、有効要件であると位置付けている見解が多いように思われます。例えば、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕559頁は、

「被処分者に懲戒事由を告知して弁明の機会を与えることは、就業規則等にその旨の規定がない場合でも、事実関係が明白で疑いの余地がないなど特段の事情がない限り、懲戒処分の有効要件である」

と記述しています。

 しかし、実務上、懲戒解雇と弁明の機会付与については、次のように理解されるのが一般です。

「就業規則等において労働者に対する弁明の機会を付与することが要求されていない場合にも、労働者に対する弁明の機会を与えることが要請され、この手続を欠く場合には、ささいな手続上の瑕疵があるにすぎないとされる場合を除き、懲戒権の濫用とする見解もあり・・・、同旨の裁判例も存在する・・・。しかし、裁判例では、労働者に対する弁明の機会付与を欠くことのみで懲戒処分を無効としないものも多くみられる・・・。懲戒事由となる非違行為が認定でき、相当性もあるにもかかわらず、懲戒解雇の有効性を否定しなければならない理由(それほど重大な手続違背となること)を説明できる事例であることが必要で、そのような事例は多くないのではないかとの指摘がなされている」(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、改訂版、令3〕391頁参照)。

 要するに、

強烈な非違行為がある場合、ちょっとやそっと手続上の問題があるだけでは懲戒解雇の効力に影響はない、

懲戒解雇の効力が否定されるのは、重大な手続違背がある場合に限られる、

というものです。

 懲戒解雇になるのは、大抵、かなり重大な非違行為がある場面です。そのため、懲戒解雇の効力を非違行為の重大性との相関で捉えてしまうと、

非違行為が重大な事案では、手続が多少ラフでも構わない、

といった弛緩した考え方が罷り通ることになります。

 結論において正しければどのようなプロセス(手続)はどうでもいいというのは、遵法意識に欠ける人達が好んで使う言い分です。これに類似した考え方が裁判所で通用していることには、常々、危険性を感じていました。

 このような状況の中、近時公刊された判例集の中に、とうとう懲戒解雇にあたり弁明の機会を付与すべき手続的な義務はないとする裁判例が出現しました。昨日もご紹介させて頂いた、大阪地判令5.2.24労働判例ジャーナル137-44 オアシス事件です。

2.オアシス事件

 本件で被告になったのは、障害福祉サービス事業を目的とする合同会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、就労継続支援B型事業所の管理者・サービス管理責任者であるとともに、共同生活支援事業所のサービス管理責任者を務めていた方です。共同生活支援事業所への利用者の送迎業務にも従事していました。

 施設利用者(重度知的障害者)にわいせつな行為をしたことを理由に懲戒解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の方は、わいせつ行為を否認するとともに、逆に利用者の側からわいせつ行為を受けていたと主張しました。また、弁明の機会が付与されていないとして、本件懲戒解雇には手続的な瑕疵があるとも主張しました。

 結局、わいせつ行為の事実は認められるのですが、裁判所は、次のとおり述べて、弁明の機会が付与されていないとの主張も排斥しました。結論としても、懲戒解雇は有効だと判示しています。

(裁判所の判断)

「原告は、懲戒解雇を行う場合には、弁明の機会を付与しなければ、手続が不相当であるとして懲戒解雇が違法・無効になる旨主張する。」

確かに、懲戒処分を行う際には、処分対象者から弁明を聴取することとした方が多くの情報を入手することができ、その結果、適正な処分に資することもあるといえる。しかし、懲戒処分の際に、処分対象者から弁明を聴取することを義務付けた法令上の根拠はなく、原告も自認するとおり、被告の就業規則にもそのような手続規定は設けられていない。

「以上からすると、被告は、懲戒処分を行うに際し、処分対象者に弁明の機会を付与しなければならない手続上の義務を負っていたということはできないから、本件面談が弁明の機会の付与に当たるか否かにかかわらず、原告の主張は、独自の見解にすぎないのであって、採用の限りでない。」

3.弁明の機会の捉え方は適切か?

 確かに、重度知的障害者に対するわいせつ行為というのは、事実であれば看過できない非違行為だと思います。

 しかし、非違行為の重大性に目を奪われて、

弁明の機会付与を労働者の権利としてではなく、使用者が情報を入手するための手段として位置付けたり、

手続上の義務ではないと言い切ったり

していることには、かなり問題があるように思われます。本件では一応、事情聴取的なものはされているようですが、これが弁明の機会付与に代替するかには疑義があります。弁明の機会付与の欠如は、ささいな手続上の瑕疵ではなく、重大な瑕疵だといえます。非違行為の重大性の前にはささいな手続的瑕疵は無視されるという論理から、非違行為の重大性の前には弁明の機会付与は不要だと飛躍したことには、懸念を抱かざるを得ません。

 このような裁判例が拡大して行かないかは、注視しておく必要があります。