1.配転命令と職種限定合意
一般論として、配転命令には、使用者の側に広範な裁量が認められます。最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件によると、配転命令が権利濫用として無効になるのは、
① 業務上の必要性がない場合、
② 業務上の必要性があっても、他の不当な動機・目的のもとでなされたとき、
③ 業務上の必要性があっても、著しい不利益を受ける場合
の三類型に限られています。業務上の必要性が広く認められていることもあり、いずれの類型を立証することも容易ではありません。
しかし、職種限定合意の存在を立証することができれば、権利濫用を立証できなかったとしても、配転命令の効力を否定することができます。
職種限定合意とは「労働契約において、労働者を一定の職種に限定して配置する(したがって、当該職種以外の職種には一切就かせない)旨の使用者と労働者との合意」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、改訂版、令3〕290頁参照)。
職種限定合意は明示的なものに限られるわけではなく、黙示的な合意が認定されることもあります。
従来、職種限定契約が認められやすい場合として、
「医師、看護師、自動車運転手など特殊の技術、技能資格が必要な職種の場合」や、
「職種・部門限定社員や契約社員のように定年までの長期雇用を予定せずに職種や所属部門を限定して雇用される労働者」
が指摘されてきました(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務』291-293頁参照)。
近時公刊された判例集にも、医師の職種限定契約の成立を認めた裁判例が掲載されていました。大阪地決令4.11.10労働判例1283-27 地方独立行政法人市立東大阪医療センター(仮処分)事件です。
この事案は幾つかの特徴的な判断をしています。
その中の一つが、職種だけではなく、勤務地を三次救急医療機関(重度外傷、脳卒中、多臓器不全、中毒、熱傷、各種ショック等の二次救急では対応不可能な全身状態が不安定な重篤患者や特殊疾病患者への高度な処置や手術を行う医療機関)に限定することまで認められていることです。専門職に認められる職種限定合意の趣旨、内容を解釈して行くにあたり参考になるため、ご紹介させて頂きます。
2.地方独立行政法人市立東大阪医療センター(仮処分)事件
本件は労働仮処分事件です。
債務者になったのは、東大阪市が設立した地方独立行政法人です。二次救急医療機関(全身状態が安定している患者等への救急医療を行う医療機関)である東大阪医療センターとともに、指定管理者として東大阪医療センターに隣接する中河内センターを運営していました。
債権者になったのは、外科専門医及び救急科専門医に認定された医師の方です。中河内センターで部長として勤務していました。令和4年3月18日、同年4月1日から東大阪医療センター救急科に異動させる旨の配転命令(本件配転命令)を受け、その無効を主張し、東大阪医療センターにおいて勤務する労働契約上の義務がないことや、中河内センターにおける就労を妨害しないことを求める仮処分を申立てたのが本件です。
本件では、
職場・職種限定の合意が認められるのか否か、
本件配転命令が権利濫用ではないのか、
就労請求権及び保全の必要性を肯定すべき特段の事情が認められるか、
が争点になりました。
このうち、職場・職種限定の合意について、裁判所は、次のとおり判示し、その存在を認めました。結論としても、申立てを認容しています。
(裁判所の判断)
「①債権者は、医師免許を取得後、外科、呼吸器外科、小児外科の医師として稼働し、平成18年4月からDセンターで1年弱稼働した後、平成19年2月にQ病院(以下『Q病院』という。)小児外科医長に就任し、その後、平成25年4月には同病院の小児救急科の設立に伴って小児救急科科長兼任となり(なお、この間、救急科医師として小児救急科の設立準備に当たったものと推認される。)、Dセンター(中河内センター 括弧内筆者)に割愛(割愛採用=公務員が他の自治体に籍を移すこと。退職手当の算定期間が通算される。括弧内筆者)された平成26年6月以降も5年弱以上にわたって、三次救急であるDセンターやE医療センターで主幹、医長、参事、副部長、部長の役職を歴任するなど、一貫して救急科の医師として稼働していたこと(別紙参照)、このうちE医療センターでの勤務期間中には、要請を受けてDセンターでの手術に応援医師として携わることもあったこと・・・、②そうした中で、債権者は、Dセンターの当時の所長から、債権者が重症救急医療に関する技能や経験を有することを前提として、三次救急たるDセンターの医師不足等を補うようにとの要請を受け、これに応諾してDセンターに割愛されたこと・・・、③令和4年4月時点のDセンターのホームページに掲載されている医師の募集要綱には、原則として指定管理期間中はDセンターに配置される旨が記載されていること・・・、④三次救急であるDセンターは、二次救急であるY1医療センター(東大阪医療センター 括弧内筆者)とは異なり搬送された患者は重篤な状態であり、緊急手術や気管挿管等が必要となる場合もしばしばあること・・・、⑤DセンターからY1医療センターに異動した臨床検査技師や、Y1医療センターからDセンターに異動した医師はいるものの・・・、DセンターからY1医療センターに医師が本人の意に反して異動を命じられた前例については疎明がないこと、以上の事実が認められる。」
「これらの事実によれば、債権者は、遅くとも平成25年4月にQ病院で小児救急科長に就任した後、三次救急であるDセンターを中心に一貫して外科、救急科医師として稼働し、重篤かつ緊急を要する多数の症例を担当し、相応の数の手術に従事したと推認され(なお、債権者は、助手としての関与を含め、平成30年1月から平成31年3月までの間に104例、令和2年1月1日から令和3年12月31日までの間に108例のNCDに登録された手術に従事しており・・・それ以前も相当数の手術に従事したものと推認される。)、債権者が平成31年4月にDセンターに割愛され、部長という要職に配置されたのも、このような豊富な経験に着目し、Dセンターにおいて引き続き重篤かつ緊急を要する症例を直接又は助手として担当してもらうことが前提であったことは容易に推認される。また、令和4年4月時点ではあるものの、Dセンターで勤務するものとして採用された医師は、債務者が指定管理者である期間中、Dセンターを勤務場所とすることがホームページに掲載されているほか、三次救急という負担の大きい医療機関の医師不足は公知の事実であるところ、Y1医療センターとDセンターの救急医療機関としての役割の相違に照らすと、債務者が、Dセンターの医師として採用した医師を、本人の意に反して他の医療機関に配置転換することは何ら予定されていなかったものと推認され、実際にもDセンターで勤務する医師が、本人の意思に反してY1医療センターに配置転換された例については疎明されていないところである。」
「このような債権者の経歴、従事してきた医師業務の内容、平成31年4月にDセンターに割愛された経緯、DセンターとY1医療センターとの救急医療機関としての役割の相違や両センター間の医師の配置転換の実情等に加え、債権者の陳述・・・をも総合すると、債権者が平成31年4月にDセンターに割愛されるに際し、債権者と債務者との間で、勤務場所をDセンターとし、勤務内容を外傷・救急外科医としての業務に限定する合意が成立したものと推認するのが相当であり、この認定を左右するに足りる疎明資料はない。」
「そうすると、本件配転命令は、債権者と債務者との間に成立した勤務場所・勤務内容限定合意に反するものであるから、その余の点について判断するまでもなく無効というべきである。」
3.重篤かつ緊急を要する症例を担当する利益
仕事の中には、実務経験を重ねていないと技能が劣化してしまうものがあります。
典型的には外科医・救急医ですが、これに限られるわけではありません。弁護士もそうではないかと思います。
本件は技能維持のため特定の職場にいることに強い利害関係を持つ専門職にとって朗報になるものです。職種限定契約が認められたところで、本件の外傷・救急外科医の方のように、活躍できる場所を奪われてしまっては意味がないからです。
本件は職種限定に加え、職場限定の合意まで認められた裁判例として、職種限定契約だけでは救われない労働者にとって重要な意味を持ちます。