弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

子どもの習い事の先生は、児童の母親と不倫してもクビにならない?

1.子どもの習い事の先生は、児童の母親と不倫してもクビにならない?

 ネット上に、

「妻の不倫相手は『子どもの習い事の先生』…カルチャーセンターの責任を問える?」

という記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_3/n_9721/

 記事は、

「妻がカルチャーセンターの講師と不倫しているーー。ある男性が、弁護士ドットコムに相談を寄せました。その講師は、子どもの習い事の先生だといいます。」

「男性は、妻の不倫相手に対して慰謝料請求するとともに、『カルチャーセンターには管理責任を問えないでしょうか』と聞いています。金銭だけでなく、男性を講師をカルチャーセンターから追放させられないかと考えているようです。」

という設例をもとに、関係各人の法律関係について、弁護士の回答を紹介しています。

 回答者となっている弁護士は、

「相談者は、講師をカルチャーセンターから追放したいと思っているようです。このようなことはできるのでしょうか」

という設問に対し、

「できません。本来、企業と従業員との間には労働の対価として給料を支払うという関係しかありません。そのため、基本的に企業は従業員の私生活を規制することはできません。」

今回のケースでカルチャーセンター側が講師を解雇した場合、講師側からは解雇の無効を主張されてしまうことが想定されます。そして、その場合には講師側の主張が認められることとなるでしょう。

「したがって、講師をカルチャーセンターから追放することはできないと考えます」

と回答しています。

 私も、幾ら妻に不倫されて傷ついたからといって、腹いせに妻の不倫相手の仕事を奪うといったことはするべきではないと思います。そのようなことをしても自分の魅力が上がるわけではありませんし、慰謝料のように精神的な苦痛の緩和に繋がる利益が得られるわけでもないからです(むしろ、仕事を奪ってしまうと慰謝料の回収が難しくなります)。

 しかし、子どもの習い事の先生が、当該児童の母親と不倫をしても解雇されないかといえば、やや疑問です。少なくとも、講師側から解雇の無効を主張された場合について「講師側の主張が認められることとなるでしょう。」と言い切ってしまうことには違和感があります。

2.児童の母親に手を出すことが「私生活」の問題に留まっているといえるのか?

 確かに、私生活の中で(業務と全然関係のないところで)従業員が不倫したことを理由に解雇するのは、基本的には違法・無効となるのではないかと思います。

 しかし、本件で問題になっているのは、子どもの習い事の先生と、当該児童の母親との間での不倫です。

 親御さんは言ってみればカルチャースクールの顧客です。問題の先生は顧客に手を出してトラブルを作り出したという見方もできます。企業秩序への侵害・企業の社会的信用の毀損を伴わない純粋な私生活上の行為と言い切ることには躊躇を覚えます。

3.参考-公立学校の先生が児童の母親と不倫したらどうなるか?

 公立学校の教職員は児童の保護者との交際が制限されています。

 例えば、東京都の

「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」

によれば、教職員が保護者と性行為に及んだ場合、同意の有無を問わず、免職、停職、減給などの処分を受けるとされています。

http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/staff/personnel/duties/culpability_assessment.html

 公務員の場合、「全体の奉仕者」(地方公務員法29条1項3号等参照)としての性格から私企業より懲戒対象行為が広く捉えられる傾向はありますが、それにしても子どもを預かる教育機関の職員が保護者と不貞(性交渉)に及べば、免職を含む懲戒処分が視野に入ってきます。

4.参考裁判例

 また、学校法人の体育教員が、妻子がいたにもかかわらず、自らの指導するサッカー部生徒の母親と不倫関係を結び、懲戒解雇されたという事案があります(大阪地判平9.8.29労働判例725-40 学校法人白頭学院事件)。

 この事案で、裁判所は、

「子供の教育という観点からは、毎日のように指導を受けていた妻子ある教師と自分の母親が情交関係を持っていたことを知った生徒が受ける打撃は計り知れないものがあり、たとえ事後に原告の配偶者が宥恕したとしても、原告の行為は社会通念上許されるものではない」

と判示し、結論として懲戒解雇を有効と判断しています。

 懲戒解雇を有効とした判断には、

子どもが退学してしまったという結果の重大性や、

「被告(学校法人 括弧内筆者)は、その生徒のほとんどが韓国籍を有し、在日韓国人の子女であるか韓国企業の日本駐在員の子女であって、在日韓国人団体、在日韓国人篤志家、韓国政府から多額の援助を受けている等の民族的特色を有しているところ、韓国刑法は姦通罪を規定しているなど、韓国においては儒教的な性的倫理観・道徳観が強いことから、原告の行為は、被告がその基盤とする韓国人社会からの被告に対する信用を傷つけるものであること」

といった事案の特殊性も影響しています。

 しかし、懲戒処分の正当性が「生徒が受ける打撃」によって支えられていることからすると、カルチャースクールとはいえ、教育機関の職員が児童の母親と性交渉に及ぶことも問題視される可能性は十分にあるのではないかと思います。

5.ある行為での解雇が可能かを判断するには、きめ細やかな考察が必要

 解雇に関して、法律は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

としか定めていません(労働契約法17条)。

 この条文を眺めていたところで、どのような場合が解雇権濫用にあたり、どのような場合が解雇権濫用にはあたらないのかは全く分かりません。解雇の有効、無効に関する見解は、多数の裁判例を読み込み、理解し、分析しなければ正確に出すことはできません。

 裁判例は個別事案に対する判断であり、微妙な事実関係の相違が結論を変えることも珍しくありません。不倫で解雇は行き過ぎだとする裁判例が一定数出されていたとしても、「不倫=解雇されることはない」と硬直的に考えるのは非常に危険です。

 不倫という事実一つとっても、勤務先の業態や、相手方の属性(同僚か、顧客か、無関係の第三者なのかなど)によって、解雇の可否に関する結論が変わることは有り得ます。

 記事の事案でも、子どもを預かる業態であることを考えると、私の感覚では、解雇無効が通る、懲戒解雇も普通解雇もされることはないと簡単に言い切ってしまうことには躊躇を覚えます。