弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

医師の労働時間-PHSで拘束されている休憩時間は本当に休憩時間か?

1.休憩時間と手待時間

 労働基準法34条1項は、

「使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。」

と規定しています。

 ここでいう休憩時間とは、

「単に作業に従事しないいわゆる手待時間は含まず、労働者が権利として労働から離れることを保障されている時間をいう・・・すなわち、現実に作業はしていないが、使用者からいつ就労の要求があるかもしれない状態で待機しているいわゆる『手待時間』は、就労しないことが使用者から保障されていないため休憩時間ではない」

と理解されています(厚生労働省労働基準局編『労働基準法 上』〔労務行政、平成22年版、平23〕457頁参照)。

 ここで問題になるのが、医師等の休憩時間です。医師は職場で休憩時間とされている時間帯もPHS等で電話を受けられるように指示されていることが少なくありませんが、これは労働基準法上の「休憩時間」といえるのでしょうか。労働から解放されているとはいえず、むしろ、こうした休憩時間には労働時間性が認められるとはいえないのでしょうか?

 昨日ご紹介した、千葉地判令5.2.22労働判例1295-24 医療法人社団誠馨会事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.医療法人社団誠馨会事件

 本件で被告になったのは、千葉県松戸市に病院(本件病院)を開設する医療法人社団です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結した医師です。適応障害との診断を受けて休職、退職した後、時間外勤務手当等や安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では、院内PHSを持たされたうえ、時間と問わず連絡を受け医師として一定の対応をすることが要求されていた「休憩時間」について、最早労働時間といえるのではないのかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり判示し、「休憩時間」の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「本件病院の医師は、出勤してから退勤するまで院内連絡用PHSを所持し、原則としていつでも看護師等からの電話を受けられるように、同PHSの圏内にいる必要があり、同PHSの連絡について、医師の休憩時間中には連絡しないなどの決まりもなかったと認められる(認定事実・・・)。また、原告が、週1~2回の外来診察、手術、入院患者の処置等の業務を行っていたこと・・・からすれば、原告も、本件病院に出勤してから退勤するまで、時間を問わず、看護師からのPHSによる連絡を受け医師としての一定の対応をすることが要求されており、またそのような対応を実際にしていたと推認できる。これらのことに鑑みれば、原告は、本件病院に出勤してから退勤するまでの間、常に、本件病院内で医師としての業務をすることを余儀なくされていたものといえるから、本件契約で定められた1時間の休憩時間も労働時間に該当するというべきである。

「これに対し被告は、原告担当の外来患者が他の医師よりも少なかったことなどを指摘して、休憩時間が確保できていた旨を主張するが、主張は具体性に乏しく上記判断を左右するに足りない」

3.休憩時間とされていても労働時間

 上述のとおり、裁判所は、PHSで拘束されていた医師の休憩時間の労働時間性を認めました。

 本件のようにPHSや携帯電話で連絡を受け、済し崩し的に労務を提供させられている医師の方は、私が見聞きする限りでも、決して少なくありません。PHSによる拘束で労働時間性が認められ、オンコール待機時間の労働時間性が認められなかった理由は今一明瞭ではありませんが、本判決が休憩時間を否定している点は、医師の残業代請求の実務に少なからぬ影響を与えるように思われます。