弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

医師のオンコール待機時間の労働時間性(消極)

1.医療従事者の院外での待機時間の労働時間性

 少し前に、看護師の緊急看護対応業務のための待機時間の労働時間性の有無が問題になった裁判例が公刊物に掲載されました。横浜地判令3.2.18労働判例1270-32 アルデバラン事件です。

 この事件のオンコール出勤の頻度は、

「緊急看護対応業務に従事する従業員の緊急出動(オンコール出勤)の頻度は、被告の主張するところを前提にしても、日数にして9.5日に一度程度、緊急看護対応業務の担当回数にして8回に一度程度(原告について見ると16.4回に一度程度)」

と判示されていますが、裁判所は、

「上記待機時間は、全体として労働からの解放が保障されていたとはいえず、雇用契約上の役務の提供が義務付けられていたと評価することができる。したがって、原告は、緊急看護対応業務を担当した日は、その業務に従事した時間はもとより、待機時間も含めて被告の指揮命令下に置かれていたものであり、これは労働基準法上の労働時間に当たるというべきである。」

と述べ、オンコール待機時間の労働時間性を認めました。

緊急看護対応業務のための待機時間の労働時間性 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 この裁判例に目を通した時、意外と頻度が低くても労働時間性が認められるのだなと思ったのですが、やはりあまり楽観視はできないようです。近時公刊された判例集に、医師のオンコール待機時間の労働時間性が否定された裁判例が掲載されていました。千葉地判令5.2.22労働判例1295-24 医療法人社団誠馨会事件です。

2.医療法人社団誠馨会事件

 本件で被告になったのは、千葉県松戸市に病院(本件病院)を開設する医療法人社団です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結した医師です。適応障害との診断を受けて休職、退職した後、時間外勤務手当等や安全配慮義務違反を理由とする損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件ではオンコール待機時間の労働時間性が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを否定しました。

(裁判所の判断)

「原告が本件病院外でのオンコール当番中に実際に電話対応をした時間及びび本件病院に出勤して勤務した時間が労働時間に該当することは当事者間に争いがない。これに加えて原告は、オンコール当番日において本件病院外で待機している時間が全体として労働時間に該当する旨主張するので、以下判断する。」

・オンコール当番としての対応

「形成外科のオンコール当番は、形成外科所属医師以外の医師が外科の当直をしている際、形成外科の専門性が高い変化が患者に生じた場合に、当直医等から問合せを受けて、その処置の方法等を説明し、場合によっては出勤して処置等を行い、あるいは切断指ホットラインに対応する・・・といった、緊急性の比較的高い対応のみが求められていた。」

・オンコール当番中の電話対応及びこれに要する時間

「当直医からの問合せは、電話により方法を説明できる程度の処置の内容を説明するものであり、切断指ホットラインは、切断指患者の基本情報等についての救急隊の応答を踏まえて、本件病院から遠方又は外傷が軽微な場合は本件病院での受入れは拒否し、それ以外の場合は上級医に相談した上で救急隊に受け入れる旨の回答をするなどにとどまる・・・から、いずれも長時間の対応を要するものではない。そうすると、原告がオンコール当番中の電話対応の所要時間は、相当に短時間であったと認められる。」

・電話対応や出勤が求められた回数等

「本件病院外におけるオンコール待機中の架電は、原告の場合、平日のオンコール当番4回のうち架電がないことが1回程度あり、それ以外は当番1回につき1回以上の架電があり、日曜・祝日のオンコール当番時は、本件病院外で毎度複数回、架電がある・・・にとどまるから、オンコール当番時間の長さに比して電話対応の回数が多いとはいえない。また、当直医には、形成外科系の代表的な疾患に係る初期対応の指針を記載した文書が交付されており・・・、当該書面に記載されていない事象が生じたなどの限定的な場合のみオンコール対応が求められていたこともうかがわれる。切断指ホットラインも、切断指症例自体が比較的珍しく、切断指患者が本件病院のある千葉県以外の隣接都県からも搬送されることを考慮しても、原告の退勤後から翌日の出勤までの間に切断指患者の受入れ如何を判断しなければならない事態が頻繁に生じていたとは考え難い。そうすると、原告が、私生活上の自由時間が阻害されるような電話対応を余儀なくされていたということはできない。」

原告は、本件病院在職中、39回オンコール当番を担当しているところ、本件病院外で待機している際に架電に応じて出勤した回数は7回であって、すべて日曜・祝日のオンコール当番中の出勤であり、1回のオンコール当番で出勤することがあったとしてもその回数はl~2回にとどまっている・・・。また、出勤した場合の勤務時間は、9時間11分と長時間になったことが一度あったものの、それ以外は1時間24分から3時間45分であり、オンコール当番医が出勤して勤務する時間としては比較的短時間にとどまっている(別紙5)。日曜・祝日のオンコール当番が日中も夜間も待機していることに鑑みれば、オンコール待機時間中に出勤を余儀なくされても、本件病院外における原告の私生活上の自由時間に多大な影響を及ぼすということはできない。

・場所的拘束、オンコール待機時間中の行動等

「オンコール当番医が処置等のために出勤することがあり得ることからすれば、本件病院から遠方に滞在することができないという事実上の制約があったとは認められるものの、それ以上に、本件病院外でのオンコール待機時間中の所在に制約があったとは認められず、被告がオンコール当番医の本件病院外での待機場所を逐一把握していたとも認められない。」

「また、被告は、本件病院外での待機中の行動等について原告に特段の指示をしていたわけではなく、原告は、本件病院外で、食事や入浴、睡眠を取ることもできた・・・。」

「これらに加え、上記・・・で認定したオンコール対応時間や頻度も考慮すれば、本件病院外でのオンコール待機時間中の原告の生活状況は、オンコール当番日でない本件病院外での私生活上の自由時間の過ごし方と大きく異なるものであったとは認められない。」

「以上のとおり、オンコール当番医は、本件病院外においては、緊急性の比較的高い業務に限り短時間の対応が求められていたに過ぎないものであり、原告については、これを求められた頻度もさほど多くないものと認められる。そうすると、本件病院外でのオンコール待機時間は、いつ着信があるかわからない点等において精神的な緊張を与えるほか、待機場所がある程度制約されていたとはいえるものの、労働からの解放が保障されていなかったとまで評価することはできない。

「したがって、原告は本件病院外でのオンコール待機時間中は、被告の指揮命令下に置かれていたとはいえず、当該時間は労働時間に該当しない。」

3.整合的に理解することが可能なのか?

 横浜地裁が看護師のオンコール待機時間に労働時間性が認められる一方、千葉地裁は医師のオンコール待機時間の労働時間性を否定しました。

 業務の性質上、常に精神的な緊張を余儀なくされているという意味では、看護師も医師も共通するはずですが、オンコール待機時間の労働時間性について、結論は真逆になっています。

 両裁判例を整合的に理解できるのかには、かなりの疑問があり、この論点について結論を予測することの困難さが窺われます。