弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不活動時間の労働時間性-機械式駐車場のメンテナンス会社の従業員

1.不活動時間の労働時間性

 平日の所定労働時間外の時間帯や休日において、自室などの私的領域内で緊急処理のための待機を命じられた場合の時間、あるいは携帯電話を持たされた場合の時間の労働時間性はどのように考えられるのでしょうか?

 この問題について、佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、改訂版、令3〕161頁は、

「不活動時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。したがって、不活動時間時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たる。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務づけられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれていることになる」

と記述しています。

 そのうで、162頁以下で、

マンションの住み込み管理員の事案、

ガス配管工事請負業の従業員の事案、

病院日直担当医の事案、

のそれぞれについて、不活動時間の労働時間性を解説しています。

 不活動時間は、長時間に渡りがちであるうえ、使用者側から労働時間としてカウントされていないことが多く、これに労働時間性が認められると、かなりの割増賃金の請求に繋がる例が少なくありません。

 そのため、不活動時間の労働時間性は、実務家にとって関心を集めている問題の一つを構成しているのですが、近時公刊された判例集に一例を加える事案が掲載されていました。札幌高判令4.2.25労働判例1267-36 システムメンテナンス事件です。この事案では、機械式駐車場のメンテナンス会社の従業員の不活動時間の労働時間性が問題になりました。

2.システムメンテナンス事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、機械式駐車装置の販売、据付、保守並びにビル及び駐車場の管理等を目的とし、顧客から機械式立体駐車場のメンテナンス業務を請け負っている株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない労働契約を締結し、機械式駐車場のメンテナンス等の業務に従事していた方です。

 被告では、夜間・休日における業務に従事させるため、従業員に対し、平日夜間及び休日の当番を割り当てていました。

 当番を割り当てられた従業員は、被告から携帯電話を交付され、当番時間中に顧客から被告に対して不具合等の電話があった場合に、電話対応や現場における緊急対応をすることとされていました。

 本件で問題になったのは、当番時間のうち実作業時間等を除いた時間(不活動待機時間)の労働時間性です。原審がこれを否定したため、原告側で控訴したのが本件です。

 控訴審裁判所は、次のとおり述べて、一審の結論を変更し、不活動待機時間の一部に労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「労基法32条の労働時間に該当するか否かは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるかによって客観的に定まるものというべきであって、労働者が、実作業に従事していない時間においても、労働契約上の役務の提供を義務付けられているなど、労働からの解放が保障されていない場合には、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、労働時間に当たるものと解される(最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁、同平成14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁、同平成19年10月19日第二小法廷判決・民集61巻7号2555頁参照)。」

「本件における不活動待機時間の労働時間性について」

・控訴人が事務所に待機している時間帯について

「控訴人は、午後9時までの時間帯は、緊急対応は原則2名以上で対応しなければならないとの業務上の必要から、事務所での待機を求められていたなどと主張し、これに沿う供述をする(控訴人本人〔7頁〕)。」

「そこで、別紙11(平成30年6月22日から同年9月20日までのベル当番の際に、控訴人が利用した社用車のGPS記録等を整理したもの)に記載された27日のうち、午後5時30分以降に被控訴人の事務所を最初に出発した時刻(ただし、現場への移動のための出発を含まない。)の確認ができる23日(上記27日から、平成30年6月23日、同年7月16日、同年8月14日、同年9月6日の4日を除く。)をみると、その出発時刻及びその行き先、同出発時刻前の業務の終了時刻(甲3の出勤簿による。)並びに『終業時刻』から『出発時刻』までの待機時間は、それぞれ、別紙12の『出発時刻』、『行き先』、『終業時刻』及び『待機時間』の各欄に記載のとおりとなる。」

「そして、別紙12によると、①『出発時刻』が午後9時以降となっているのは4日(別紙12のNo.1、5、11、19)のみで、それ以外の日は午後9時よりも前に事務所を出発していること、②午後5時30分に業務が終了している日(別紙12のNo.4、7~10、14、17、22、23の9日)であっても、業務終了後直ちに事務所を出発している日は皆無であり、午後6時30分ないし午後7時30分頃までは事務所に待機していたこと、③午後8時以降に業務が終了している7日(別紙12のNo.1、6、13、15、18~20)のうちNo.1を除く6日については、終業時刻から出発時刻までの待機時間がわずかであること、④午後5時31分から午後7時59分までに業務が終了している7日(別紙12のNo.2、3、5、11、12、16、21)については、No.12を除き、終業時刻から30分ないし2時間30分程度は待機していたことがそれぞれ認められる。」

「以上を踏まえると、控訴人が、ベル当番の際はいつも午後9時頃まで事務所に待機していたと認めることはできないが、平均すると、午後7時30分頃までは、事務所に待機していたと認めるのが相当である(午後8時以降に業務が終了している日を除く16日間の『出発時刻』を合計して、その平均値を算定すると、別紙12の『※』欄のとおり、午後7時33分となる。なお、GPS記録が存在するのは、被控訴人が労働基準監督署から指導を受け、本件報告書を提出するなどした後のことであるが、証拠(控訴人本人〔8頁〕、)及び弁論の全趣旨によれば、上記指導の前後において、当番従業員の待機状況に特段の変化はなかったことが認められる。)

「なお、控訴人は、長時間駐車等が可能なパチンコ店(C)の駐車場で待機していたことはあるが、待機時間中にパチンコをしていたものではないなどと主張するが、被控訴人の業務上の必要から、パチンコ店の駐車場で待機していたとは認め難いし、別紙11をみると、午後9時以降もそのまま社用車が同駐車場に駐車されている日も多く見受けられるから、GPS記録上、パチンコ店の駐車場に社用車が駐車されている時間帯(不活動待機時間)について、労働時間性を肯定することはできない。」

「そして、証拠(控訴人本人〔6、7、16、17、25、26頁〕、被控訴人代表者〔15頁〕)及び弁論の全趣旨によれば、当番従業員は、ベル当番の際、事務所における待機中は、コンビニエンスストアに買い物に出かけたり、インターネットで動画を閲覧するなど自由に過ごすことができてはいたものの、当番従業員が2名とも事務所に待機していることで、顧客からの電話連絡が入ると、速やかに2名で現場に向かうことができるように事務所に待機していたこと、被控訴人代表者においても、控訴人を含む当番従業員が、所定の業務終了後も事務所に待機していることを認識し、これを容認していたと認めることができる。そうすると、控訴人が、事務所に待機していたと認められる時間帯については、労働からの解放が保障されているとはいえず、被控訴人の指揮命令下に置かれていたものとして、労働時間に当たるものと認めるのが相当である。

・控訴人が事務所に待機していない時間帯について

「控訴人の主張を前提としても、当番従業員は、午後9時より後の時間帯については、事務所での待機を求められていたものではない。そして、被控訴人は、メンテナンス部門の従業員に対し、月10回程度の当番(P待機とA待機は概ね半数ずつ、別紙9の『当番種別』欄参照)を割り当てた上、当番従業員に対し、当番従業員用の携帯電話を携行させ、社用車で帰宅させて、架電があった場合に応答し、必要な場合には現場対応するよう求め、札幌から遠方に出かけたり、飲酒したりすることを禁止していたが、それ以上に当番従業員の行動を制約してはおらず、当番従業員は、帰宅して食事、入浴、就寝等をしたり、買い物に出かけたりなど、私的な生活・活動を営むことが十分に可能であると認められる。」

「以上に加え、ベル当番の日(休日における日中を除く。)に1回以上入電のある確率は約33%(≒86日÷264日)、入電のあった日における平均入電回数は約1.36回(=117回÷86日)、入電があってから現場に到着し、作業を終了するまでに要する時間の合計は、平均すると、1時間13分(=30分+43分)程度であって、これらが多いとまではいえないことも併せると、控訴人が事務所に待機していない時間帯における不活動待機時間については、いわゆる呼出待機の状態であり、控訴人が労働契約上の役務の提供を義務付けられていたものではなく、労働からの解放が保障され、使用者の指揮命令下から離脱したものと評価することができるから、これが労働時間に当たると認めることはできない。

3.事務所に待機している時間帯/待機していない時間帯

 裁判所は不活動待機時間を、事務所で待機している時間帯/事務所に待機していない時間帯に分け、前者には労働時間性を認め、後者には労働時間性を認めないとする判断を行いました。このような着眼点は、他の事案にも応用可能なものであり、記憶しておいて損はないように思います。

 また、判決文から明確ではないのですが、立証におけるGPSの使われ方にも目を引かれます。具体的に言うと、GPS記録の存在する期間帯から、GPSの存在しない期間帯の勤務時間(出発時間)を推認しているように見受けられる点です。

 GPSを用いた立証自体は目新しいものではないのですが、GPS記録のある部分から、GPS記録のない部分の労働時間性を推認することができるのかに関しては、それほど結論が自明であるわけではありません。GPS記録によって立証可能なのは、あくまでもGPS記録のある期間の労働時間であって、GPS記録のない部分は、証拠に欠ける以上、時間外労働をカウントすることはできないといったように、ドライな考え方が採用されることも十分に考えられます。

 このGPSのある部分からない部分を推認するという手法が認められているような?ところも、本裁判例の興味深いところです。