弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

代表取締役の息子の「とりあえず辞表書こっか」「死んでくんねえ」「荷物を跡形もなくしてくれ」は解雇の意思表示

1.解雇なのか合意退職なのか?

 以前、

「明日から来なくていい」の法的な意味-曖昧な言葉を事後的に都合よく解釈する手法への警鐘 - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 この記事の中で、使用者側から、

「明日から来なくていい」

といった曖昧な言葉が使われた場合、それを、

解雇とみるのか、

合意解約(退職勧奨に対して辞職したもの)とみるのか、

で法的な意味合いが全く異なってくることをお話させて頂きました。

 具体的に言うと、解雇の場合、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定する労働契約法16条により、その効力は厳格に審査されることになります。

 他方、合意退職の場合、錯誤、詐欺、強迫といった意思表示に何等かの問題が認められない限り、基本的には有効なものとして扱われます。

 近時の裁判例では、

退職の意思表示を慎重に認定したり、

自由な意思に基づいて合意されたとはいえないとしたり

するなどの方法で、民法の意思表示理論とは異なる観点から合意退職の効力を問題視するものもありますが、依然として解雇の方が効力を争いやすいことに変わりはありません。

合意退職の争い方-退職の意思表示の慎重な認定 - 弁護士 師子角允彬のブログ

退職合意に自由な意思の法理の適用が認められた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 解雇なのか合意解約なのかは、単純に使われている文言で決まるわけではありません。発言がなされるまでの経緯や会話の中での脈絡も重要な考慮要素になります。しかし、使われている言葉も、その法的性質を考えるにあたり、無視できないほど重要な要素であることは確かです。そのため、どのような言葉が、その法的性質をどのように理解されるのかは、法曹実務家が関心を持っているテーマの一つとなっています。

 このような状況の中、近時公刊された判例集に、使用者側の曖昧な発言を、解雇/退職勧奨のどちらと認定するのかが問題にな裁判例が掲載されていました。東京高判令4.2.10労働判例ジャーナル125-36 ローカスト事件です。

2.ローカスト事件

 本件で被告(被控訴人)となったのは、

映画や舞台装置等の企画や特殊撮影等を行う特例有限会社と(被控訴人会社)、

被告の代表取締役Bの二男で取締役のC(被控訴人C)

の二名です。

 原告(控訴人)になったのは、被控訴人Cから事務員として働かないかとの誘いを受け、被控訴人会社で経理等の事務全般を担当していた方です。本件の原告は、

被控訴人Cから、飲み会で強い酒を飲まされ、意識を失っている間に被控訴人Cの自宅に連れていかれて意に反する性的暴行を受け、

その後も被控訴人会社の上司と部下という地位を利用して繰り返し性的関係を強要され、

控訴人の人格を否定するような言動を受け続けた後、

被控訴人会社から一方的に解雇されたと主張して、地位確認や未払賃金、損害賠償等を求める訴えを提起しました。

 一審が少額の慰謝料のみ認容したことから、原告側が控訴したのが本件です。

 本件は極めて凄惨な事件で、裁判所は事件の筋を次のように認定しています。

(裁判所の認定)

「当裁判所は、本件訴訟の主たる争点である、平成26年8月21日に被控訴人Cが控訴人に対して行った控訴人の意に反する性的暴行(準強制性交)から、平成29年2月に控訴人が、被控訴人会社から一方的に解雇されるに至るまでの一連の行為については、それぞれの言動等を分断されたエピソードとして捉えられるべきではなく、・・・以下で詳述するとおり、控訴人を正社員として雇用した被控訴人会社の取締役であり、被控訴人会社の代表取締役の息子であって次期社長として目され、同社の従業員の人事や解雇などについて権限を掌握していた被控訴人Cが、その地位や権限を濫用し、控訴人がようやく得た被控訴人会社の正規職員の職を解雇されかねないことを強くおそれていることに乗じ、嫌がる控訴人に対し、自分勝手な時間帯やシチュエーションにおいて性行為を繰り返し、被控訴人Cに対し心理的に反抗できない立場にある控訴人に対し、真に控訴人が同意するとは考えられない性行為を行い、控訴人をあたかも自己の所有物であるかのように扱い、控訴人の人格を否定するような言動を繰り返して行った事案であると考える。

 上述のような経過を経て、控訴人は会社から追われることになるのですが、その際、被控訴人Cから言われたのは、次のような文言でした。

(裁判所の認定した事実)

「控訴人は、翌同月18日午前3時ころに被控訴人Cと共にNORA(スナック 過去内筆者)を出たところ、同人の運転する車に乗せられた。」

被控訴人Cは車の中で、控訴人に対し、『とりあえず辞表を書こっか』、『死んでくんねえ』、『荷物を跡形もなくしてくれ』、『誰にも知られず死んでくれ、いらねぇ』などと言った。

「控訴人は身の危険を感じ、車の助手席から出ようとすると、被控訴人Cは控訴人のコートのフードの付け根を掴み、被控訴人Cの方に引き寄せる形で捻じり上げ、反対側の手で控訴人の首を掴み何度も揺さぶったため、控訴人の脛が何度もダッシュボードにぶつかった。」

「控訴人は車から降りて一旦帰宅したものの、すぐに被控訴人会社に向かい、被控訴人Cから命じられたとおり私物を撤収した。・・・」

被控訴人Cは、控訴人に対し、同日午前3時49分、LINEで、『死ぬことは止めません。あなたが決めたことだから。死んだことが皆に分からないように死んで下さい。辞表も必要ありません。』とのメッセージを送信し、控訴人が『それは、社長が決めることです。』と返答したところ、被控訴人Cは、『社長が何を決めるの?』、『誰にも知られないように死んで下さい。あと味が悪いので』、『迷惑にならない死に方を』、『明日から出勤しないということで良いかな?』、『とりあえず誰にも知られないように荷物も無くしてね。』、『もう死んだから出ないのか?笑』と送信した。・・・」

 このような経緯のもと、本件では、控訴人が会社に行かなくなったことについて、それが、

被控訴人側からの解雇なのか

原告側からの辞職なのか

が問題になりました。

 この問題に関し、裁判所は、次のとおり述べて、解雇だと判示しました。もちろん、解雇としての効力は否定されています。

(裁判所の判断)

被控訴人Cは控訴人に対し、同人の荷物を被控訴人会社から跡形もない状態にし、被控訴人会社からいなくなるように告げ、辞表は不要と告げたこと、控訴人は被控訴人Cの上記言動から解雇されたものと認識し、直ちに私物を撤去し以後出勤していないことも合わせ考慮すれば、被控訴人Cの上記発言は、控訴人会社において一方的に労働契約を解除する意思を示す解雇の意思表示と認められ、本件解雇を認めるのが相当である。

「この点、被控訴人らは、被控訴人会社において解雇等の人事権を有するのはBのみであり、被控訴人Cには解雇権がない旨を主張し、B及び被控訴人Cはこれに沿う陳述ないし供述をする。しかしながら、そもそも被控訴人会社は、いわゆる特例有限会社であり、任意に設けた代表取締役のみが人事権を有すると解すべき法的根拠はなく、社内においては次期代表取締役と目されていた被控訴人Cが、従業員の人事権や解雇権を有すると思われており、現に、被控訴人会社の従業員であったFの陳述書(甲50)によれば、被控訴人Cから嫌われて同人から解雇を通告されたことが認められ、Bの供述によるも、上記Fの採用及び解雇に関してBが人事権を行使していたとは認められないことからすると、被控訴人Cは被控訴人会社において従業員の解雇や採用等を決定する権限を有していたと認めるのが相当であり、他にこの認定を左右する証拠はない。被控訴人らの上記主張は採用できない。

さらに、被控訴人らは、控訴人が出社しなかったのは、同人が自ら退職したからである旨主張する。しかしながら、前記・・・で認定したように、被控訴人Cは、平成29年2月18日未明、控訴人に対し、『とりあえず辞表書こっか。』、『死んでくんねえ』、『荷物を跡形もなくしてくれ』などと申し向け、さらにLINEで『死ぬことは止めません。あなたが決めたことだから。』、『辞表も書く必要ありません。』、『明日から出勤しないということで良いかな?』、『とりあえず誰にも知られないように荷物を無くしてね。』などと送信しており、控訴人は、同日、被控訴人会社から私物を撤去しており、控訴人は被控訴人Cの解雇する旨の言葉を真摯に受け止めて退職することにしたと解するほかない。

3.解雇であるとカテゴライズされた

 上述のとおり、裁判所は、被控訴人Cの言動を解雇だと判断しました。

 事件の内容が凄惨すぎるため、被害者保護の観点から解雇の効力の判断が緩やかになっている可能性はあるように思われます。

 それでも「取り敢えず辞表書こっか」等の一連の発言が解雇だと判断されたことはかなり重要な判断であるように見受けられます。