弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ミスをして使用者の指示通りの仕事ができなかった時間の労働時間性

1.人間の活動である以上、不可避的に発生する誤りや遅れ

 一般論として、使用者から特定の業務を命じられたにも関わらず、就労を拒否したり、故意に他の業務に従事したりすれば、その時間に相当する賃金を得ることは困難です。労働契約上の本旨に従った労務提供がされたとはいえないからです。

 しかし、過失による誤りや遅れから、使用者が指示した業務に従事できなかった場合はどうでしょうか?

 この場合も、使用者の指示通りの仕事がされていないという結果だけを見れば、職場放棄・職務放棄をした場合と大差ありません。

 しかし、どれだけ注意を払っていたとしても、人間の活動である以上、仕事に誤りや遅れが発生することは避けられません。すぐにエラーに気付いて本来業務に戻ったとしても、別の作業に従事していた時間である限り賃金控除されてしまうというのは、労働者にとって酷であるようにも思われます。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。岡山地判令4.4.19労働判例1275-61 JR西日本(岡山支社)事件です。

2.JR西日本(岡山支社)事件

 本件で被告になったのは、西日本を中心として旅客鉄道事業等を営むことを目的として設立された株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の定めのない雇用契約を締結し、岡山支社において運転士業務に従事していた方です。

 令和2年6月18日、原告の方は、

午前7時09分に2番線「5地点」で回想列車に乗り継ぎ、

午前7時11分から同列車を岡山電車区へ向けて発射させ、

午前7時19分に岡山電車区に到着して車両を留置し、入区業務を完了すること、

を指示されました。

 しかし、原告の方は、「5地点」を5番線で乗り継ぎをするものと思い込み、5番線で待機してしまいました。

午前7時08分頃、自分が乗り継ぎをするはずの回送列車が2番線に向かっていることからホームを間違えていたことに気付き、直ちに2番線の「5地点」に向かったものの、

予定より2分遅れた午前7時11分に乗り継ぎ作業を開始することになり、

入区業務が完了したのは、被告から指示された時刻よりも1分遅れた午前7時20分になりました。

 これを受けて、被告は、

午前7時09分から午前7時11分までの2分間はノーワークであるなどとして、原告に支払う給与から2分間分の基本給を控除しました。

 その後、原告から相談を受けた労働基準監督署の是正勧告を受けて、被告は1分間分の賃金は返還しましたが、残り1分間分の賃金は支払いを拒否しました。

 このような経緯のもと、原告が被告を相手取って未払賃金(56円)等の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、被告による賃金控除は違法だと判示しました。

(裁判所の判断)

賃金請求権の発生根拠は、労働者と使用者との間の合意(労働契約)に求められるところ、労働者が債務の本旨に従った労務の提供をしていない場合であっても、使用者が当該労務の受領を拒絶することなく、これを受領している場合には、使用者の指揮命令に服している時間として、賃金請求権が発生するものと解される(前記前提事実のとおり、原告は、午前7時09分から午前7時11分までの間、全く労務を提供しなかったものではなく、本件は、労務の提供が履行不能となった事案ではない。)。

「したがって、被告が、午前7時09分から午前7時11分までの間の原告の労務を受領したといえるか否かについて検討する。」

「この点、被告は、小カードにより、分単位で時刻を指定して業務を指示しているから、これに反する労務の受領を予め黙示に拒絶していたことが明らかであるところ、本件では、乗継ぎの遅れた午前7時09分から午前7時11分までの2分間に原告が提供した労務内容は、小カードの記載に明らかに反しているから、被告はそのような労務の受領を予め拒絶しており、当該労務を受領していない旨主張する。」

「しかしながら、乗務員がいかに小カードに記載されたとおりに各時刻に所定の業務を遂行しようとしていたとしても、労務の提供が人間の活動である以上、一定の割合で、その遂行過程の一部に過失による誤りや遅れ等が生じ得ることは、被告においても通常想定されるものである(このことは、被告が小カード所定の勤務を欠いた時間について賃金を支払わない取扱いが定着していることの裏付けとして提出する乙3の1~11の2からもうかがわれる。)。

このような場合において、被告が、常に乗務員による労務の履行状況を把握し、過失により小カードの記載に反する労務の提供がなされそうな場面で明示的に受領拒絶を行い、未然に修正を指示するなどしてこれを防ぐことは困難であり、現に被告において明示的に受領拒絶はしていない。また、小カードによって指示される乗務員の業務は時間的に継続した一連のものであり、その一部において一旦小カードに反する労務の提供がなされると、当該労働者の以後の労務も小カード記載の内容や時刻とは異なるものとなり得るところ、被告の主張を前提とすると、過失により一部でも小カードに反する労務の提供がなされた場合に、当該労働者の以後の労務の受領も拒絶して、以後の作業を急きょ他の乗務員等に代替させるなどという帰結になりかねないが、そのようなことは現実的ではなく、かえって小カード指定の各時刻の所定の作業に更なる遅れを生じさせるおそれもあり合理的とはいい難いことからすると、被告がそのような受領拒絶の意思を有しているものとは解されない。

そうすると、いかに小カードで指定された各時刻に所定の作業を行うことが列車の定時運行のために重要であり、分刻みでの指定がされているとしても、被告が、過失によって生じた小カードの記載に反する労務について、その受領を予め一律に拒絶しているものとは解されず、むしろ、乗務員において上記記載に反する労務を行った場合には、一連の業務の中で直ちに小カード所定の労務内容に修正すべく行動することを求めているものと解するのが合理的である。乗務員は、小カードにより指示された業務を遂行する過程で誤りや遅れ等を生じさせた場合に、それを修正するための労務も含めて、業務の遂行に向けた一連の労務を行っており、その間、被告の指揮命令に服しているのであって、賃金は、そのような指揮命令に服して従事した労務の対価として支払われるべきものであり、被告において、乗務員の過失による誤った労務やその修正のための労務を受領していないなどとみるのは相当でない。

「以上を踏まえ、本件につき検討すると、午前7時09分から午前7時11分までの間の原告の労務について、被告による明示の受領拒絶はなされておらず、実際に労務が行われたこと自体に争いはない。前記前提事実のとおり、原告は、午前6時48分までに乗務点呼を終えた後、勘違いにより2番線ではなく5番線で待機し、午前7時08分頃、自身が乗り継ぎをするはずの回送列車が2番線に向かっているのを見て当直係長に電話をかけたところ、ホームを間違えていたことに気付いたため、直ちに2番線の◇5地点に向かい、午前7時11分に乗継ぎ作業を開始したものである。そうすると、午前7時09分から午前7時11分の間に原告が提供した労務内容は、自身の待機場所の誤りの有無を確認し、その誤りに気付いて、小カード所定の正しい待機場所へ向かい、小カードで指示されていた乗継ぎ作業を開始したものであって、直ちに小カード所定の業務内容に修正すべく行動したものであり、遅滞は生じつつも被告が指定した小カード所定の業務の実現に向けて行われた労務であって、被告にとっても有益性を有するものといえる。被告において、原告のこのような労務の受領を予め拒絶して、急きょ他の乗務員等に午前7時09分以降の小カード所定の作業を行わせ、あるいは同作業の実施を取りやめるなどする意思があったものとは解し難く、小カードにより時刻を指定して業務を指示したことをもって、これに反する上記労務の受領を予め黙示に拒絶していたなどと認めることはできない。原告は、午前6時33分に出勤点呼を受け、午前6時48分に乗務点呼を受けてから、ホームに出場し、自身の待機場所の誤りを修正して指定された正しい待機場所に向かい、入区作業を行うという小カード所定の業務の遂行に向けた一連の労務を行っている間、被告の指揮命令に服していたものといえ、被告において、このような労務のうち一部を切り取って、当該部分の労務を受領していないなどということはできない。したがって、被告は、午前7時09分から午前7時11分までの間の原告の労務を受領したものと認められ、被告の上記主張は採用できない。

(中略)

「したがって、本件賃金控除は違法であり、・・・(中略)・・・原告は、被告に対し、合計56円の未払賃金請求権を有するものと認められる。」

3.不可避的なヒューマンエラーの時間まで賃金控除されることはない

 上述のとおり、裁判所は、

「労務の提供が人間の活動である以上、一定の割合で、その遂行過程の一部に過失による誤りや遅れ等が生じ得ることは、被告においても通常想定されるものである」

などと判示して、賃金控除の違法性を認めました。

 ミスをした労働者の中には、自責の念に駆られて賃金控除を受け入れてしまう方も少なくありません。しかし、人間は機械ではありません。裁判所が指摘するとおり、一定割合での誤りや遅れは不可避的に発生します。そうした不可避的なエラーまでノーワークとされるわけではありません。

 本件はかなり極端な例ですが、類似の賃金控除でお悩みの方は、労働基準監督署や弁護士のもとに相談に行ってみても良いのではないかと思います。