弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就業規則の規定について誤記との主張が排斥された例

1.法適合性に疑義のある規定を含んだ就業規則

 小~中規模の事業者の就業規則には、法適合性に疑義のある規定を含んでいるものが少なくありません。専門家に依頼せず、自分で作成・変更するから、このような現象が生じるのではないかと思います。

 こうした規定の効力に疑義があることを指摘すると、事業者側から「誤記であって、~のように解釈すべきである」という反論が寄せられることがあります。

 近時公刊された判例集に、この誤記との主張が排斥された例が掲載されていました。京都地判令3.8.6労働判例1252-33 丙川商店事件です。

2.丙川商店事件

 本件で被告になったのは、鮮魚等の卸売業を展開する有限会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、被告店舗において勤務していた方2名(原告甲野、原告乙山)です。適応障害を発症し、休職していたところ、休職期間の満了による退職扱いを受けたため、その無効を主張して地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の特徴は、退職扱いの根拠となった就業規則の法適合性に疑義があったことです。具体的に言うと、被告の就業規則は、

業務上の傷病により欠勤し3か月を経過しても治療しないとき」(療養休職)

を休職事由としたうえ、

療養休職における休職期間6カ月が満了してもなお休職事由が消滅せず復職できないときは、その日で退職すると規定していました。

 しかし、労働基準法19条1項本文が、

「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。

と規定していることとの関係で、業務上の傷病による欠勤・休業期間が通算9か月になったというだけで自然退職扱いすることには、法適合性に疑義がありました。

 そのため、被告は、就業規則の解釈について、

「『業務上の』とあるのは明白な誤記であり、正しくは『業務外の』である」

として、就業規則の定めを「業務外の」と読み替えたうえで、休職期間満了により自然退職になると主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「確かに、業務上の傷病の場合に休職中の従業員を解雇することは労働基準法19条に反し、強行法規違反として無効の規定となるから、本件就業規則17条1号に『業務上の』と記載されているのは、同規則作成時において、何らかの誤解等があった可能性は否定しきれない。また、一般に、業務外の傷病に対する休職制度は、解雇猶予の目的を持つものであるから、本件就業規則17条1号を無効とはせずに、『業務外の傷病』であると解釈して労働者に適用することは、通常は労働者の利益に働く解釈であると考えられる。」

「しかしながら、本件においては、上記規定による休職期間満了後も引き続き被告から休職扱いを受けてきた原告らが、上記休職期間満了により既に自然退職となっていたか否かが争われている。このような場面において、労働者の身分の喪失にも関わる上記規定を、文言と正反対の意味に読み替えた上で労働者の不利に適用することは、労働者保護の見地から労働者の権利義務を明確化するために制定される就業規則の性質に照らし、採用し難い解釈であるといわざるを得ない。

したがって、本件就業規則17条1号を『業務外の傷病』による休職規定であるとして、これを原告らに適用することはできないというべきである。

3.誤記の主張が排斥された

 上述のとおり判示した後、裁判所は、原告らの休職について、

「その他特別の事情があり、会社が休職を相当と認めたとき」(特別休職)

に該当すると判示しました。

 そのうえで、特別休職による休職扱いをやめる前に、復職可能な状態になっていたとして、退職扱いの効力を否定しました。

 安易に使用者を救済することを否定し、就業規則を文言に忠実に理解した裁判例として、実務上参考になります。