弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

タクシー運転手の乗務時間の労働時間性

1.タクシー運転手の労働時間性

 タクシー運転手の方は、基本的には、出庫してから帰庫するまでの時間のうち休憩時間を除いた時間が労働時間になるといっても良いように思います。

 しかし、休憩時間外の車を走らせている時間といっても、常に客を乗せているわけではありません。時には、長時間乗客が見つからず、自分だけで車を走らせることがあるように思います。小用でコンビニエンス・ストア等に向かうことがあるかもしれません。休憩場所に向けて行き帰りする時間もあるはずです。

 それでは、こうした時間は、残業代請求における労働時間としてカウントされるのでしょうか?

 この問題を取り扱った裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。京都地判令3.12.9労働判例ジャーナル124-72 ホテルハイヤー事件です。

2.ホテルハイヤー事件

 本件で被告になったのは、一般乗用旅客自動車運送事業等を目的とし、タクシー事業を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、タクシー乗務員として勤務していた方複数名です。未払の割増運賃(残業代)があるとして、共同して被告を訴えたのが本件です。

 本件には幾つかの争点がありますが、その中の一つに、乗務時間の労働時間性の問題がありました。

 本件の被告は、

「次の4つの類型に該当する時間は、いずれも労働時間には当たらない。」

「〔1〕被告は、原告らに対し、タクシーの営業として合理的な経路を走行せよとの業務指示をしているところ、客を乗せる考えなどなく、営業として合理的でない経路を気の向くままに走行している時間は、単なるドライブであって、被告の業務指示に従った走行とはいえないから、労働時間ではない(以下、この類型に該当する時間を『長時間ドライブ』という。)。」

「〔2〕原告らの中には、車庫内で機器にSDカードを挿入した後、車庫を出て短時間営業車両を使用した上で、すぐに車庫に営業車両を戻している者がいるが、この場合、軽食等を調達するため近所のコンビニエンスストアに出かけるなどしていることが多いと考えられる。このような私的用務のための走行時間は、営業のために出庫したとはいえないから、労働時間ではない(以下、この類型に該当する時間を『出庫前休憩』という。)。」

「〔3〕各原告が定型的に休憩場所としている場所に向かう時間(以下、この類型に該当する時間を『休憩場所に向かう時間』という。)や、

〔4〕定型的に休憩場所としている場所から定型的に客待ちをする場所に戻っている時間(以下、この類型に該当する時間を『休憩場所から戻る時間』という。)については、原告らが、被告の指揮命令とは関わりなく好みの休憩場所へ移動し、そこから戻っているにすぎず、好きに車を運転している時間であるから、いずれも労働時間ではない。」

などと主張し、各時間の労働時間性を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、各時間の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告らの主張する労働時間のうち、

〔1〕タクシーの営業として合理的とはいえない長時間の乗客なしの走行時間(長時間ドライブ)、

〔2〕車庫内で機器にSDカードを挿入した後、車庫を出て営業車両を短時間使用した上で、すぐに車庫に戻した場合の、その営業車両の使用時間(出庫前休憩)、

〔3〕各原告が定型的に休憩場所としている場所に向かう時間(休憩場所に向かう時間)及び

〔4〕定型的に休憩場所としている場所から定型的に客待ちをする場所に戻る時間(休憩場所から戻る時間)

の4つの類型に該当する時間について、いずれも労働時間に当たらない旨主張するので、以下判断する。」

(中略)

・『長時間ドライブ』の労働時間該当性について

「乙第5号証(各原告の運転日報)によれば、被告が『長時間ドライブ』と主張する時間について、原告ら・・・は、客を乗せずに走行していることが認められる。」

「しかしながら、タクシー営業において、乗車希望の客を見つけるために、乗客なしに一定時間走行することは当然に想定されるところ、そのような時間であっても、乗車希望の客が見つかった場合には、当該客を乗せて走行することになると考えられる上、実際に、原告らは、それぞれが慣れた経路や地域を中心に、各自の経験に基づいて客を見つけることができると考える場所を『流し』で走行していたものであって、乗客なしの走行をしている間、原告らが行燈の表示を回送等にするなど、およそ客の乗車が想定されない状態にしていたことはうかがわれない・・・。

そうとすれば、原告らが、客を乗せることなく、長時間走行していたとしても、そのことから直ちに、当該時間について労働から解放されていたとは認め難く、むしろ乗車を希望する客がいた場合には、すぐに客を乗車させて運送業務を行うこととなるのであるから、当該時間についても労働契約上の役務の提供が義務付けられていたものであり、被告の指揮命令下に置かれていたと認めるのが相当である。

「したがって、被告が『長時間ドライブ』として否認する時間は、労働時間に当たるというべきである。」

「これに対し、被告は、客を乗せる考えなどなく、営業として合理的でない経路を気の向くままに走行するのは単なるドライブであって、被告の業務指示に従った走行とはいえない旨を主張する。」

「しかしながら、被告が『長時間ドライブ』と主張する時間の走行中、原告らに客を乗せる考えがなかったことを的確に裏付ける証拠はない。また、被告代表者は、その本人尋問において、自身が望ましいと考える営業地域等について供述するが、被告が原告らに対し、その旨の具体的な業務指示をしたことまでは認められず、また、原告らには営収に繋がらない無意味な走行をする動機も認め難く、客を乗せていないからといって、原告らの走行経路が営業として合理的でないとも一概にいうことはできないから、被告代表者の供述をもって上記認定を覆すには足りず、他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。

・『出庫前休憩』の労働時間該当性について

「乙第5号証(各原告の運転日報)によれば、被告が『出庫前休憩』と主張する時間について、原告ら・・・は、車庫内で機器にSDカードを挿入して出庫した後、数分ないし数十分走行した上で車庫に戻り、被告の本社等で休憩を取っていたことが認められる。しかるに、被告は、上記のような短時間の走行時間について、原告らは軽食等を調達するために近所のコンビニエンスストアに出かけるなどしていることが多く、私的用務のための走行時間であって営業のために出庫したとはいえないから、労働時間ではない旨主張する。」

「この点、原告P1は、SDカード挿入後に、営業車両を用いて近所のコンビニエンスストアに行ったことがある旨を供述する。また、他の原告らについては、コンビニエンスストア等に出かけた証拠はないものの、原告らの上記走行時間の中には非常に短いものもある。」

「しかしながら、上記・・・と同様に、たとえコンビニエンスストアに向かって走行する時間などであっても、走行中に乗車希望の客が見つかった場合には、乗車を拒否することはできず、当該客を乗せることになるのであり、また、上記走行中、原告らが行燈の表示を回送等にするなど、およそ客の乗車が想定されない状態にしていたことはうかがわれない・・・。

そうとすれば、たとえ短時間の走行であっても、当該時間についても労働契約上の役務の提供が義務付けられていたものであり、被告の指揮命令下に置かれていたと認めるのが相当である。

「また、原告らは、SDカードの挿入後に、ときには、燃料を入れるために社内のスタンドまで、若しくは車両整備のために社内の整備部門まで、又は職員と業務上のやり取りをするために事務所や相談室まで、それぞれ営業車両を走行させることがあるが・・・、これらの走行時間も被告が『出庫前休憩』として否認する時間の中に含まれているものと考えられるところ、当該走行時間は、運送業務に必要な付随業務として、労働時間であると認められる。」

「そして、上記否認時間について、他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。」

「したがって、被告が『出庫前休憩』として否認する時間は、労働時間に当たるというべきである。」

・『休憩場所に向かう時間』の労働時間該当性について

「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告P2、原告P3、原告P6、原告P7、原告P8、原告P10、原告P11及び原告P12は、被告の本社など特定の場所で休憩を取る場合が多いこと、上記各原告らが休憩場所に向かっている間、客を乗せることなく走行している時間があることが認められる。そして、被告は、上記走行時間について、被告の指揮命令とは関わりなく、原告らが好みの休憩場所へ移動するために好きに営業車両を運転している時間であるから、労働時間ではない旨主張する。」

「しかしながら、上記・・・と同様に、たとえ原告らが好みの休憩場所に向かって走行する時間であっても、『空車』の行燈を点灯させて走行しており、その途中に乗車希望の客がいた場合には、当該客を乗車させて客の目的地まで走行することになるのである・・・。

そうとすれば、原告らが休憩場所に向かう時間については、休憩時間とは異なり、労働契約上の役務の提供が義務付けられていたと評価でき、労働からの解放が保障されているとはいえず、被告の指揮命令下に置かれていたと認めるのが相当である。

「したがって、被告が『休憩場所に向かう時間』として否認する時間は、労働時間に当たるというべきである。」

・『休憩場所から戻る時間』の労働時間該当性について

「乙第5号証(各原告の運転日報)によれば、被告が『休憩場所から戻る時間』と主張する時間について、原告P3、原告P4、原告P6、原告P7、原告P9及び原告P12は、被告の本社等で休憩を取った後、客を乗せることなく走行している時間があることが認められる。そして、被告は、上記走行時間について、被告の指揮命令に関わりなく、原告らが好きに営業車両を運転している時間であるから、労働時間ではない旨主張する。」

「しかしながら、上記・・・と同様に、休憩場所から戻る時間についても、『空車』の行燈を点灯させて走行しており、その途中に乗車希望の客がいた場合には、当該客を乗車させて客の目的地まで走行することになるのである・・・。

そうとすれば、休憩が終わった後の上記走行時間については、労働契約上の役務の提供が義務付けられていたと評価でき、労働からの解放が保障されているとはいえず、被告の指揮命令下に置かれていたと認めるのが相当である。

「したがって、被告が『休憩場所から戻る時間』として否認する時間は、労働時間に当たるというべきである。」

「以上によれば、被告が労働時間であることを否認する4つの類型に該当する時間は、いずれも労働時間に当たると認められる。」

3.かなり汎用性の高い裁判例ではないだろうか

 上述のとおり、裁判所は、被告から問題とされた四類型のいずれもに対し、労働時間性を認めました。

 被告の主張は、タクシー運転手の方の乗務時間の労働時間性が問題になりそうな部分を広くカバーするものになっています。そのため、本件の判示事項は、タクシー運転手の残業代請求事件において、かなり広く活用できる可能性を持っているように思われます。

 法律相談をしていると、労働時間管理の適切さに疑問符のつくタクシー会社を目にすることは少なくありません。割増賃金が適切に支払われていないのではないか、そのような疑問を持たれた方は、一度、弁護士に相談してみることをお勧めします。もちろん、当事務所でもご相談に応じさせて頂くことは可能です。