1.出来高払制その他の請負制(歩合給)
出来高払制その他の請負制とは「一定の労働給付の結果又は一定の出来高に対して賃率が決められるもの」をいいます(厚生労働省労働基準局編『労働基準法 上』〔労務行政、平成22年版、平23〕378頁)。いわゆる歩合給のことです。
ある手当が請負制に該当するのかどうかは、しばしば残業代請求との関係で問題になります。
時給制や月給制の場合、時間外労働に対して12.5割以上の割増賃金を支払う必要があるのに対し、請負制の場合、「時間外、休日または深夜の労働に対する時間当たり賃金、すなわち一・〇に該当する部分は既に基礎となった賃金総額のなかに含められている」ため、「計算額の2割5分・・・以上」の賃金を支払えば足りると理解されているからです(前掲『労働基準法』518頁参照)。歩合給の割合が大きい業種では、ある賃金項目が請負制(歩合給)であるのかどうかで、請求できる時間外勤務手当等(残業代)の金額にかなりの差が生じることも珍しくありません。
従前、タクシーやトラック運転手を労働者とする事件において問題になりやすいとされてきましたが(佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕131頁参照)、近時公刊された判例集にも、引越運送運転手に支払われていた業績給の請負制(歩合給)該当性が問題になった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地立川支判令5.8.9労働判例ジャーナル140-18 サカイ引越センター事件です。
2.サカイ引越センター事件
本件は、いわゆる残業代請求事件です。
被告になったのは、引越運送、引越付帯サービス等を業とする株式会社です。
原告になったのは、現業職(運転手)として被告に入社し、P6支社に所属して引越運送業務に従事していた方3名です(原告P1、原告P2、原告P3)。
本件では、給与規程上、次のとおり位置付けられていた業績給A(売上給)、業績給A(件数給)、業績給B等が請負制(歩合給)に該当するのかどうかが問題になりました。
(給与規程の定め)
◎業績給A(売上給)
車両・人件費値引後合計額を、作業車両トン数で配分を行い1か月分を合計した金額を売上額とし、下記金額を支給する。
売上額 業績給
100万円未満 売上額の5%
100万円以上 60,000
150万円以上 75,000
200万円以上 90,000
250万円以上 105,000
300万円以上 120,000
350万円以上 135,000
400万円以上 150,000
500万円以上 170,000
◎業績給A(件数給)
作業1件に対して、下記金額を支給する。積み又は卸のみは半額とする。
件数給 1件当たり
SL・S 2,000
KN 1,000
H・SP 500
◎業績給B
別紙ポイント表に基づいて支給する。項目は下記とする。
〔1〕運転手→助手〔2〕長距離〔3〕引荷〔4〕ピアノ〔5〕応援〔6〕他業務〔7〕梱包〔8〕解梱〔9〕ゴミ処分〔10〕無事故手当〔11〕資材引取
裁判所は、次のとおり述べて、各業績給が請負制(歩合給)に該当することを否定しました。
(裁判所の事実認定)
「業績給A(売上給)は、売上額(車両・人件費値引後合計額を、作業車両トン数で配分を行い、1か月分を合計した金額)に応じて支給される賃金である。上記の『作業車両トン数で配分を行い』というのは、荷物を積んだ車両の運転手が2名以上存在する場合に、各運転手に与えられた車両の車格の車両トン数(実際の車両の最大積載量で配分する。なお、車格ごとの標準的な積載量は、Hの場合は1450kg、Kの場合は2000kg,SLの場合は2500kgである。)に応じて配分した額を各運転手の売上額とするということであり、例えば、車両・人件費値引後合計額が9万円で、運転手A(車格SL)と運転手B(車格K)が同一顧客の荷物を積んだ車両をそれぞれ運転した場合、運転手Aの売上額は5万円、運転手Bの売上額は4万円となる。運転手が1名の場合には作業車両トン数による配分はなく、車両・人件費値引後合計額がそのまま売上額となる。運転手が荷物を積んだ車両を運転せず、荷物の積み又は卸しのみを行った場合(助手として勤務した場合)には、業績給A(売上給)は支給されない(この場合には助手給与体系の業績給Cが支給される。)。」
「前記・・・の『売上額』の基となる『車両・人件費値引後合計』額とは、顧客との取引金額であって、営業職が顧客との間で交渉し、営業責任者が決裁して決定される。引越荷物の量や作業量に応じて売上額が決まるものではあるが、完全に固定された引越料金ではなく、顧客の求めにより荷物の量から通常想定される引越料金の減額に応じたり、あるいは荷物の量を余裕をもって多めに見積もり引越料金の額が上がることもあるなど、営業職の交渉力による差もあることから、引越荷物の量等と引越料金が完全に一致するわけではない。さらに、顧客が事前に自ら荷物を段ボールに梱包することを前提とするスタンダートプランで契約したにもかかわらず、引っ越しの当日までに梱包が終わっていないという事態が発生する場合も時々あり、そのような場合、運転手は顧客が梱包済みの荷物から運び出すものの、それでもなお顧客の梱包が終了していなければ、梱包作業を手伝わざるを得なくなり、作業量及び作業時間が増加する。」
「なお、上記『車両・人件費値引後合計』額は、顧客に提出する見積書に見積り項目として記載される額であるが、引越料金は上記『車両・人件費値引後合計』に、『資材・付帯作業合計』、『商品代』及び『有料道路・フェリー・リサイクル実費』がある場合にはこれらを加算し、消費税を加えた金額となる。運転日報には、運転手が担当した案件の見積総額、受取予定額及び受取金額は記載されるものの、『車両・人件費値引後合計』額は記載されないことから、運転手は同額を認識していない。」
「業績給A(売上給)の支給額は、売上額500万円以上に対応する17万円が上限とされていたが、売上額が500万円を大幅に超えることはまれであり、本件請求対象期間において、売上額が500万円に達したのは、原告P3の平成29年3月のみであった。」
「他方、営業職の業績給(売上給)は、売上金額×0.6%とされ、上限は設けられていなかった。」
「業績給A(件数給)は、引越案件の件数と車格に応じて支給される賃金である。現業職に対する引越案件の割当ては、1日2件が多いが(おおむね午前1件、午後1件)、1日1件又は3件の場合もあり、小規模の引越案件ばかりであれば4件もあり得た。原告らの本件請求対象期間について1日当たりの平均を見てみると、原告P1は1.7件程度、原告P2は1.7件程度、原告P3は1.5件程度であり、支給額はいずれも2000円台であった。」
「業績給Bは、現業職が、配車係の指示により、一定の作業を行った場合にポイント表に基づいて支給される賃金である。ポイント表による単価は、長距離(150km以上)1000円、引荷(150km以上)500円、ピアノ(階段有り)3000円、ピアノ(階段無し)2000円、応援1000円、他業務(1日当り)4000円、梱包・解梱2000円、ゴミ(有償1万以上)1000円、運転手→助手1000円、資材引取500円とされていた。」
「原告らの平成28年9月のポイント表によると、原告P1は応援13件により1万3000円、資材引取11件により5500円を支給され、原告P2は応援7件により7000円、運転手→助手1件により1000円、資材引取16件により8000円を支給され、原告P3は応援24件により2万4000円、資材引取8件により4000円を支給されている。」
(裁判所の判断)
「労基法27条及び労基法施行規則19条1項6号の「出来高払制その他の請負制」とは、労働者の賃金が労働給付の成果に応じて一定比率で定められている仕組みを指すものと解するのが相当であり、出来高払制賃金とは、そのような仕組みの下で労働者に支払われるべき賃金のことをいうと解するのが相当である(東京高裁平成29年判決参照、乙2)。」
・業績給A(売上給)について
「業績給A(売上給)は、売上額に応じて支給される賃金である・・・。しかし、売上額は、営業職が顧客との間で交渉し、営業責任者が決裁して決定されるものであり・・・、直ちに現業職自身の労働給付の成果とはいえない。現業職の労働給付の成果とは作業量や運転距離であるところ、売上額は営業職の交渉力如何により必ずしも作業量等と一致しないこと、作業量等は助手の経験値や顧客の対応による影響を受けること、午前便に負担の大きい案件の割当てを受けるとその終了が遅くなり、午後便の配車の有無及び内容等にも影響し得ること等・・・に照らすと、売上額は、現業職の労働給付の成果(作業量等)と必ずしも連動するものではない。」
「さらに、業績給A(売上給)は、現業職が配車係から案件の割当て(配車)を受けて得られる賃金であるが、配車について客観的な基準はなく、配車係の裁量に委ねられている・・・。被告は、運転手の力量等に応じた配車をしているから自助努力が反映されると主張し、証人P5及び証人P7はこれに沿う供述をするが、運転手の力量等を評価する客観的基準を設けていたことを認めるに足りる証拠はなく、原告P1及び原告P2は、積極的に文句を述べる運転手には実入りのいい案件が割り当てられ、大人しくて文句の言えない運転手には負担の多い案件が割り当てられていた等と供述することに照らし、証人P5及び証人P7の上記供述はたやすく採用することができない。むしろ、配車係は、配車に当たり、午後便については午前便の進捗や、午前便と午後便を合わせた移動距離等といった事情を考慮し、月の中旬頃以降には全現業職の労働時間のバランスを考慮していたこと・・・も踏まえると、現業職の自助努力が反映される賃金であったとはいい難い。」
「また、売上額とされる『車両・人件費値引後合計』額自体は現業職には示されておらず、また、営業職の売上給には上限は設けられていないのに対し現業職の売上給には上限が設けられているなど・・・、現業職に対するインセンティブとしての機能も限定的であった。」
「現業職としては結局のところ、売上額の多寡にかかわらず、専ら配車係が全体のバランスを考慮しつつ、裁量によって指示する案件の割当てに従って決められた作業をするほかはなかったといえる。」
「したがって、業績給A(売上給)は、現業職の労働給付の成果に応じた賃金と実質的に評価することはできず、出来高払制賃金に該当するとは認められない。」
・業績給A(件数給)について
「業績給A(件数給)は、作業件数と車格に応じて支給される賃金である・・・。しかし、引っ越しの規模は様々であり、規模の大きい案件であれば1日1件しかできないが、規模の小さい案件であれば4件回すことも可能であること・・・などに照らすと、作業件数は、現業職の労働給付の成果(作業量等)と必ずしも連動するものではない。また、前記・・・と同様、案件の割当ては配車係が行うものであり、業績給A(件数給)は、現業職の自助努力が反映される賃金であったとはいい難く、実際、配車係は現業職の労働時間のバランス等に配慮して案件を割り当てていたことから、平均してみれば現業職間にさほどの差異が生じるものでもなかった・・・。」
「したがって、業績給A(件数給)は、現業職の労働給付の成果に応じた賃金と実質的に評価することはできず、出来高払制賃金に該当するとは認められない。」
・業績給Bについて
「業績給Bは、現業職が、配車係の指示により、長距離運転(150km以上)、ピアノの搬出・搬入、応援、資材引取等の一定の作業を行った場合に、ポイント表に基づいて支給される賃金であり・・・、現業職に義務付けられた業務の一環の中で被告の指示に基づいて行われる特定の作業についてその内容に応じた手当を付けるものであって、前記・・・と同様、現業職の自助努力が反映される賃金であったとはいい難い。」
「したがって、業績給Bは、現業職の労働給付の成果に応じた賃金と実質的に評価することはできず、出来高払制賃金に該当するとは認められない。」
3.自助努力が反映される賃金でなければ請負制(歩合給)とはいえない
以上のとおり、裁判所は自助努力が反映される賃金になっていないとして、各業績給は請負制(出来高制賃金、歩合給)には該当しないと判示しました。
歩合給のように見えても、「出来高払制その他の請負制」への該当性を否定できることがあるため、時間外勤務手当等を請求するにあたっては、運用実態も含め、各賃金項目の内容を子細に検討する必要があります。