弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

時間外勤務手当等の弁済として認められなかった「残業手当」(売上の10%相当額)は「出来高払制の賃金」になるのか?

1.残業代のダブルパンチ

 固定残業代の有効性が否定されると、固定残業代の支払に残業代の弁済としての効力が認められなくなるほか、使用者は固定残業代部分まで基礎単価に組み込んで計算した割増賃金を改めて支払うことになります。このことが使用者側にもたらすダメージは大きく、一般に「残業代のダブルパンチ」(白石哲ほか編著『労働家計訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕118頁)などと呼ばれています。

 昨日、法定外計算(売上×10%)された「残業手当」の支払について、時間外勤務手当等の弁済としての効力が否定されたことをお話しました。

 それでは、この時間外勤務手当等の弁済としての効力を否定された「残業手当」は、月給の中に組み込まれるのでしょうか? それとも、歩合給(出来高払制の賃金)として扱われるのでしょうか?

 これが議論の対象になるのは、月給と歩合給とでは残業代の計算方法が違うからです。

 時間外勤務手当等の額は、一般に、

通常の労働時間の賃金×割増率

で計算されます(労働基準法37条1項)。

 通常の労働時間の賃金は、

時間単価×時間外労働等の時間数

で計算されます(労働基準法施行規則19条)。

 時間単価の計算方法が、月給制の場合、

月給÷一年間における一月平均所定労働時間数

で表されるのに対し、歩合給(出来高払制)の場合、

歩合総額÷総労働時間数

で計算されます。

 また、時間外勤務手当を例にとると、

月給部分の割増率は1.25であるのに対し、

歩合給部分の割増率は、0.25になります。

 これは歩合給の場合、「1」に相当する部分が、歩合給の中で既に支払われていると理解されているからです(名古屋地判平3.9.6労働判例610-79名鉄運輸事件、昭23.11.25基収3052、昭63.3.14基発150、平6.3.31基発168、平11.3.31基発168参照)。

 つまり、時間外勤務手当等の弁済としての効力を否定された「残業手当」(売上×10%)の扱いに関しては、

月給の中に組み込まれると労働者の有利に、

歩合給(出来高払制)の賃金として扱われると使用者の有利に

なります。

 そのため、時間外勤務手当等の弁済としての効力を否定された「残業手当」(売上×10%)が月給になるのか歩合給(出来高払制の賃金)になるのかが争いの対象になることになります。

 昨日ご紹介した、札幌地判令5.3.31労働判例1302-5 久日本流通事件は、この問題についても興味深い判断を示しています。

2.久日本流通事件

 本件で被告になったのは、一般貨物自動車運送事業等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、大型車両の運転業務に従事していた方です。被告を退職した後、時間外勤務手当等の支払を求めて提訴しました。

 本件には幾つかの争点がありますが、その中の一つに「残業手当」に時間外勤務手当等の弁済としての効力が認められるのか否かという問題がありました。

 弁済の効力に疑義が生じたのは、就業規則上の建付けとは異なる形で「残業手当」が支払われていたからです。

 被告の就業規則(賃金規程)上、「残業手当」は、次のとおり計算して支給するとされていました。

①時間外労働割増賃金

(基本給+諸手当)÷1か月平均所定労働時間×1.25×時間外労働時間

②休日労働割増賃金

(基本給+諸手当)÷1か月平均所定労働時間×1.35×休日労働時間

③深夜勤務手当

(基本給+諸手当)÷1か月平均所定労働時間×0.25×深夜労働時間

 しかし、被告は上記のような計算方法によらず、売上の10%を「残業手当」として支払っていました。

 このような就業規則の規定を無視した歩合給的な「残業手当」の支払について、裁判所は時間外勤務手当等の弁済としての効力を否定しました。

 そのうえで、「残業手当」の扱いについて、次のとおり述べて、歩合給(出来高払制の賃金)にはあたらないと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件残業手当が時間外労働等の対価として支払われたものとは認められない場合であっても、出来高払制の賃金に当たる旨主張する。」

「しかし、実態として、労働者の売上げに応じて本件残業手当の額が増減するものであったとしても、出来高払制の賃金といえるためには、賃金の一定部分を出来高払とすることや、当該出来高部分の算定方法等が当事者間で合意されている必要があるものと解されるが、前記認定事実のとおり、原告が被告に入社する際に、賃金の一定部分を出来高払とすることや、当該出来高部分の算定方法等について説明を受けていたものとは認められず、本件賃金規程にも被告の従業員のうち特定の職務に従事する者に対して、出来高払制の賃金を支給する旨の記載はなく、本件雇用契約書にも基本給に関する記載のほかは、諸手当が当社規定により支給される旨の不動文字による注意書が記載されているのみであること、そして、本件全証拠を検討しても、被告が本件残業手当の支払の際に、本件残業手当の算定根拠となる各運転手の売上げや、本件残業手当の算定方法を開示していたとは認められないことからすれば、原告と被告との間で賃金の一定部分を出来高払とすることや、当該出来高部分の算定方法等を合意していたものとは認められないから、本件残業手当が出来高払制の賃金に該当するということはできない。

「したがって、本件残業手当は、その全部が通常の労働時間によって得られる賃金として、基礎賃金に算入される。」

3.出来高払とすることの合意

 裁判所は、大意、

出来高払制の賃金といえるためには、その旨の合意が必要である、

本件では残業手当を出来高払とすることを合意していたとは認められない、

ゆえに、残業手当は出来高払制の賃金ではない、

というロジックを用い、残業手当が出来高払制の賃金として扱われることを否定しました。

 一方的に歩合給的な賃金を残業手当の名目で支払っていたとしても、ダブルパンチの軽減は認められませんでした。

 この点に関する裁判所の判断も、運送会社で働く人の残業代を請求するにあたり、実務上参考になります。