弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不利益緩和措置としての調整給(特別手当)の法的性質

1.激変緩和措置・不利益緩和措置

 降格や就業規則の変更など、賃金の減額が行われる場面において、激変・不利益を緩和するため、調整給等の名目で金銭が支給されることがあります。

 それでは、この調整給等の名目で支給される金銭の法的性質は、どのように理解されるのでしょうか?

 もし、これが賃金に該当するならば、労働基準法上の諸規制に復することになります。例えば、直接払・全額払が必要になるほか、休業手当や割増賃金の算定基礎に組み込まれることになります(労働基準法24条、26条、37条参照)。また、激変・不利益緩和措置をとったうえで賃金を減額するにあたっては、

賃金の一部を調整給等に振り替える段階、

調整給等を消滅させる段階、

の各段階において、労働条件の不利益変更としての効力を検討しなければならないという理解も成り立つ可能性があります。様々な場面に影響してくることから、調整給等の法的性質をどのように理解するのかは、実務家にとって重要な関心事となっていました。

 このような状況のもと、近時公刊された判例集に、調整給等の法的性質が何かを理解するうえで参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令3.1.20労働判例1252-53 GCA事件です。

2.GCA事件

 本件で被告になったのは、企業買収等に関する斡旋、仲介及びコンサルティング業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告のアナリストとして勤務していた方です。元々、賃金年額800万円のアソシエイトとして勤務していましたが、アナリストに降格され、賃金年額が720万円とされました。そのうち120万円(月10万円)は不利益緩和措置としての調整給(後に特別手当に改称)であり、一定期間後に不支給となることが想定されていました。

 本件は、この特別手当月額10万円が不支給となったことについて、同意のない無効な賃金減額であると主張し、原告が未払賃金として毎月10万円を支払うよう求めて被告を提訴した事件です。

 本件では調整給(特別手当)の賃金への該当性が争点になりました。この争点について、裁判所は、次のとおり述べて、特別手当は、賃金ではなく任意的恩恵的給付であるため、労働者の同意を得ることなく減額することができると判示しました。

(裁判所の判断)

「労働の対償たる賃金(労働基準法11条)を減額するためには、労働契約、就業規則又は労働協約上の根拠、あるいは,労働者の同意(以下、これらを併せて『労働者の同意等』という。)を要するが、支給の有無が使用者の裁量に委ねられている任意的恩恵的給付については,労働の対償たる賃金には該当せ、これを不支給とすることにつき、労働者の同意等を要しないと解される。」

「そこで、本件特別手当の性質について検討すると、前記前提事実・・・によれば、被告は、本件降格及び本件降給を行うにあたり、原告に対し、本件通知書を交付して、給与が年額720万円となること、その内訳は、①基本給として、年額435万円(月額36万2500円)、②専門職固定残業手当として、年額165万円(月額13万7500円)、③調整給(特別手当)として、降格による減額分を配慮し、平成24年度限り、年額120万円(月額10万円)である旨通知しているのであり、また、被告の就業規則(給与規程)においては特調整給(特別手当)の定めがない(甲17)ことを踏まえると、平成24年当時において、本件特別手当は、労働の対償ではなく、本件降格による不利益を緩和するための調整給として支払われた任意的恩恵的給付であったことは明らかである。そして、令和2年1月までの間に、本件特別手当の性質が変更されたと認められる事情は存在しないから、本件特別手当は任意的恩恵的給付にすぎず、これを不支給とすることにつき、労働者の同意等を要しないというべきである。」

3.任意的恩恵的給付ということには疑問もあるが・・・

 賃金のうちかなりの割合・金額を占める調整給・特別手当を任意的・恩恵的給付と言い切ることには直観的には違和感があります。また、労働者に支給する金銭と、賃金と任意的恩恵的給付に分けることが可能であるとするならば、賃金構成の多くの部分が任意的恩恵的給付になるよう賃金制度を構築しておけば、使用者は労働者の収入を広範に操作できることになりますが、これが賃金に関する法規制の潜脱にならないのかも気になります。

 とはいえ、調整給等を、任意的恩恵的給付として位置付け、その不支給に労働者の同意等を必要ないとした裁判例があることは意識しておく必要があります。