弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

歩合給が固定額の手当と同様に扱われた例

1.名目と異なる運用

 基本給、歩合給、扶養手当、役職手当、時間外勤務手当、休日勤務手当など、賃金には様々な名目のものがあります。

 この賃金項目について、名目とは異なる運用がなされていることがあります。これは、しばしば固定残業代との関係で問題になってきました。固定残業代が有効であるためには、定額手当に時間外労働の対価としての性格がなければなりません。「時間外手当」と銘打っていたとしても、時間外勤務の有無や長短とは無関係に支払われているものである場合、時間外勤務手当が弁済されたことにはなりません。例えば、大阪地判令2.5.28労働判例ジャーナル102-32 タカラ運送ほか1社事件は、使用者の匙加減によって決められていた「運行時間外手当」について、時間外労働の対価性を否定しています。

固定残業代の亜種-さじ加減によって支払われていた「時間外手当」「休日手当」は有効な残業代の弁済になるのだろうか - 弁護士 師子角允彬のブログ

 ある賃金項目について、名目と実体とが乖離している場合、その法的性質は、実体に着目して認定されます。これは固定残業代に限ったことではありません。近時公刊された判例集にも、「歩合給」を固定額の手当と同様に扱った裁判例が掲載されていました。東京地判令3.8.19労働判例ジャーナル118-44 シャプラ・インターナショナル事件です。

2.シャプラ・インターナショナル事件

 本件で被告になったのは、建売住宅の基礎工事請負を主な事業内容とする会社です。

 原告になったのは、被告に雇用されていた方です。被告から出勤を妨げられながらも勤務し続けていましたが、被告から解雇されてしまいました。これを受けて、解雇日までの賃金の未払い分と、即日解雇に伴う解雇予告手当等の支払いを求めて提訴したのが本件です。

 原告の方は基本給30万円に加え、歩合給として20万円の支給を受けていました。この20万円は歩合給の名目であったほか、調整手当という名目で支払われることもあったようです。

 未払賃金を請求するにしても、解雇予告手当を請求するにしても、この20万円の法的性質をどう理解するのかが問題になります。被告の就業規則上、歩合給は、

「出来高によって支給する。なお,歩合給にはみなし残業代32時間分を含むものとする。」

と規定されていました。しかし、実際の支給状況は、出来高によって決まってはおらず、上述のとおり20万円が固定額として支払われる運用がなされていました。

 こうした事実を踏まえたうえ、裁判所は、次のとおり述べて、20万円が歩合給であることを否定しました。

(裁判所の判断)

「前記認定事実・・・の原告の執務状況及び賃金の支払状況からすれば、平成30年4月ころ以降の本件労働契約の内容は、原告が、被告に対し、従業員のラジオ体操実施、現場案内のパソコン入力、ETC及びガソリンカードの配布及び一覧記入、鉄筋の積み込み、クレーム対応、賃金計算、従業員の在留資格管理等、車両管理等及び総務全般等の業務に関する労務を提供し、その対価として、被告が、原告に対し、基本給月額30万円に加えて、歩合給又は調整手当として月額20万円の合計月額50万円の賃金を支払うものであったことが推認される。」

「なお、前記前提事実・・・のとおり、被告の賃金規程第12条には、歩合給は出来高に応じて支給する旨が定められており、他方、調整手当に関する規定は見当たらないところ、本件の各証拠によっても、少なくとも平成29年11月以降、原告に対する歩合給や調整手当の金額が変動するものとされていたと認めるに足りる事情は見当たらないから、歩合給又は調整手当としての月額20万円についても固定額を支払うものであったと認めるのが相当である。

3.実体を見るのは固定残業代も歩合給も同じ

 実体から法的性質を考察していくことは、固定残業代の有効性を議論する場合に限った話ではありません。「歩合給」の法的性質が、文字通りの歩合給なのか、それとも、歩合給以外の何かなのかを議論する場合も同様です。

 本裁判例は、「歩合給」と書かれている賃金項目であったとしても、それが別の法的性質をもった何かであることを考察する余地を生じさせるものとして、実務上参考になります。