弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不正行為の調査を受ける時、どのように対応すべきか(公務員の場合を題材に)

1.不正行為の調査への対応

 以前、

会社から不正行為の調査を受ける時、どのように対応すべきか - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 この記事は、実際に不正行為をしている場合に、事実関係を調査、解明しようとする会社に対し、どのように対応するのかをテーマにしたものです。

 本日は、不正行為(違法行為)をしていない場合の対応について考えてみたいと思います。

 以前書いた記事の中でも言及しましたが、不正行為をしていない場合、やっていないことを説明することが基本的な対応になります(不正行為が犯罪で、刑事弁護的な観点から黙秘が最適解である場合には別途検討が必要になりますが)。

 しかし、痛くもない腹を探られるというのは、あまり気持ちのよいものではありません。それでは、

どうせ不正行為が発見されるわけはないのだから処分されることもないだろう

という見込みのもと、調査に協力しないという選択をとることの適否は、どのように考えたら良いのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.11.15労働判例ジャーナル145-32 豊中市事件です。

2.豊中市事件

 本件で被告になったのは、地方公共団体である豊中市です。

 原告になったのは、被告の職員であった方です。人事評価の点数を前年度から引き下げられたことが人事権の濫用にあたるとして、被告に対して慰謝料等の損害賠償を請求しました。

 本件の被告は人事評価の点数を引き下げた理由として、テレビ番組やラジオ番組に出演したことが地方公務員法38条(営利企業への従事等の制限)に違反するかどうかを調査しようとした際の原告の対応に問題があったことを指摘しました。

 具体的に言うと、被告は、

「C局長は、原告のテレビ番組への出演を問題視する外部からの問合せがあったこと、原告との面談の結果、テレビ局から金銭を受領していることが明らかになったこと、その後に原告のラジオ番組への出演も判明したことを踏まえ、原告の所属長としての当然の責務として、上記各出演が地公法38条に違反するかどうかについて調査を行ったものである。また、その調査方法も、原告に対して上記各出演に関する事実関係の回答を求めるという社会通念を逸脱しない通常のものであった。ところが、原告は、上記調査に対して非協力的な対応を続け、兼職兼業確認等に係る職務命令の発出にまで至って、ようやく上記事実関係について回答したが、上記職務命令に対する回答内容と当初の面談時における回答内容との間に齟齬があった。C局長は、本件人事評価の際、「規律性・倫理観」、「使命感・責任感」の各評価要素において、原告の上記非協力的な対応や回答内容の齟齬を踏まえ、評価を下げたものであり、適正になされたものである。」

と主張しました。

 調査の結果、原告に地方公務員法違反の事実は認められませんでしたが、裁判所は、次のとおり述べて、人事評価に違法性は認められないと判示しました。

(裁判所の判断)

G代表(代表監査委員 括弧内筆者)は、令和3年5月6日、原告に対し、『兼職兼業確認等調査の結果について(通知)』と題する書面・・・により、原告による令和3年4月1日の回答内容に基づき検討した結果、原告のテレビ番組及びラジオ番組への出演について、地公法38条に違反するものではないと判断したこと等を通知した。

(中略)

「職員に対する人事評価は、基本的には評価者の広範な裁量に委ねられるものであり、評価の前提となった事実に誤認があったり、動機において不当なものがあったり、考慮すべき事項を考慮しなかったり、考慮すべきでない事項を考慮したりするなど、評価が合理性を欠き、社会通念上著しく不合理であると認められる場合に限り、人事権を濫用するものとして、違法となるものと解するのが相当である。」

(中略)

「これを本件についてみるに、認定事実・・・によると、C局長は、令和2年11月30日の本件電話により原告がテレビ番組に出演し、報酬を得ている可能性を認識したものである。地公法38条1項本文は、『職員は、任命権者の許可を受けなければ、・・・報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない。』と規定しているのであるから、被告において、原告について同条項違反の行為の有無を確認するために調査をする必要が生じたものというべきである。」

「そこで、C局長は、事実関係を確認するために原告と面談し、事情聴取をしたところ、テレビ番組への出演及び金銭の受領の事実が明らかとなり、また、その後、ラジオ番組への出演も明らかとなったものであるところ・・・、更なるテレビ番組等への出演の有無及び金銭の受領の有無、金額等の具体的な内容いかんによっては、原告が同条項本文に違反する可能性も考えられるのであり、C局長は、更なる事実確認のために、原告に対し、原告のテレビ番組及びラジオ番組への過去の出演履歴をすべて明らかにすること、報酬の有無及び金額等を回答することなどを求めたものである・・・。事実確認の方法として、まずは当事者である原告に対して事実関係の回答を求めることは合理的な方法であるところ、原告は、上記行為が同条に違反しないことは明らかであるとの認識の下、C局長による事実関係の確認を拒否する態度を示し、何ら資料等を提出しなかったことから、その後、同条違反の有無を判断するためにG代表による本件調査依頼及び本件職務命令等がなされたものである・・・。」

「したがって、C局長らによる調査は、必要かつ相当なものであり、違法と評価すべきものであったとは認められない。G代表は、原告のテレビ番組等への出演が、結果として、同条に違反しないと判断した・・・が、本件職務命令によって原告から提出された資料等を検討した結果であり、上記調査自体の必要性は否定されるものではない。」

(中略)

「上記のとおり、原告は、C局長らによる調査が必要かつ相当なものであったにもかかわらず、これに拒否的な態度を示し、協力しなかったものである。上記調査は地公法38条1項本文に違反するかどうかという地方公務員の服務規律に関する重大な事項に関するものである上、C局長らによる複数回にわたる調査に対して繰り返し拒否的な態度を示し、本件職務命令の発出に至ってようやく調査に応じたものであるから、C局長が、原告について、組織の一員として職場の規律やルールを遵守するという姿勢に欠けると評価したとしてもやむを得ないところであり、誠実かつ真摯に業務に取り組む姿勢に問題があると評価したとしても無理からぬところがあるというべきである。

以上によれば、『規律性・倫理観』を2点と、『使命感・責任感』を3点と評価した本件人事評価は、評価の前提となった事実に誤認はないし、その評価が合理性を欠き、社会通念上著しく不合理であるとも認められないから、人事権を濫用するものとして、違法であると評価することはできない。

3.不正行為がなくても調査への不協力は人事評価で不利に扱われることがある

 以上のとおり、裁判所は、不正行為が確認されなかった本件事案においても、調査への拒否的な態度を人事評価にあたり不利に考慮することに合理性を認めました。

 不正をしていないにもかかわらず調査対象になることが不快であったであろうことは察するに難くありません。しかし、調査への不協力は、それ自体が不利益に斟酌される可能性があります。

 そう考えると、不正行為をしていない場合には、腹が立ったとしても、調査に協力的な対応をとっておいた方が無難であるように思われます。