弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤務態度不良等で解雇されそうになっている時、解決金を提示されたらどうするか?

1.解決金と解雇回避措置

 解雇回避措置というと、整理解雇の効力を議論するうでの考慮要素をイメージする方が多いと思います。しかし、解雇回避措置が尽くされているのか否かが問題になるのは、整理解雇の場面だけではありません。

 解雇の「客観的に合理的な理由」(労働契約法16条)の類型には、

① 人的事由(能力不足、成績不良、勤務態度不良等を含む)による解雇、

② 経済的事由(会社経営上の事由)による解雇、

③ ユニオン・ショップ協定に基づく組合の解雇要求、

があるとされていますが、解雇回避措置を尽くしたものといえるかどうかは、②の場面だけではなく、①の場面でも問題になります(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕314-316頁参照)。

 この解雇回避措置との関係で、悩ましい問題の一つが、使用者側から

「解決金を支払うから辞めてくれ。」

と言われた時の対応です。

 申出を受けて合意退職すれば、解決金は手にすることができます。しかし、当然のことながら、雇用は喪失します。

 他方、申出を拒絶すると、解雇されることがあります。解雇された場合、その効力を争って法的措置をとることができます。これに勝って、雇用を回復できれば何の問題もありません。しかし、解雇が有効だと認められてしまった場合、雇用は失うし、解決金も手にすることができないという二重の不利益を受けることになります。

 ここで判断を難しくするのは、解決金の提示が、解雇回避措置を尽くしたと認められるのかどうかの考慮要素とされることです。解決金の支払いを提示することは、それ自体が解雇回避措置をとったことの根拠として、使用者側に有利な考慮要素となります。解雇された場合、労働者が解決金を手にすることはありませんが、それでも使用者側に有利に斟酌されます。そのため、解決金の支払いの申出を拒絶するにあたっては、

単純にその時点で生じている解雇理由との関係で勝てるか、

を検討するのではなく、

解決金の支払い申出という解雇回避措置がとられたことを加味して、なお勝てるか、

を検討する必要があります。

 この判断を誤ると、上述のとおり、雇用は失う・解決金は入手できないという、踏んだり蹴ったりの結果になります。

 近時公刊された判例集にも、そうした不利益を受けた裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.7.9労働判例ジャーナル107-38 ヘイズ・スペシャリスト・リクルートメント・ジャパン事件です。

2.ヘイズ・スペシャリスト・リクルートメント・ジャパン事件

 本件で被告になったのは、人材派遣会社です。

 原告になったのは、被告との契約に基づいて派遣先会社に派遣されて就労していた派遣社員の方です。

 本件では多数の争点が提起されていますが、その中の一つに派遣期間中に行われた解雇の有効性があります。

 被告は原告との間で平成30年年9月30日までを派遣期間とする労働者派遣契約を締結していました。しかし、勤務態度等を理由に、派遣期間満了前である同年7月10日付けで原告を解雇しました。本件で問題になったのは、この解雇の効力です。

 被告が解雇前に契約期間満了までの給料の支払いとともに契約を終了させる示談案を提示していたこと踏まえ、裁判所は、次のとおり述べて、解雇の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「P3(被告社員 括弧内筆者)は、平成30年6月25日、マニュライフ生命(原告の派遣先 括弧内筆者)のP7氏から呼び出され、原告の派遣を即刻中止してほしい旨伝えられた際に、1か月のチャンスをもらえるように依頼し、原告の職場環境を調整するため、同月26日、原告、P3、P8氏(マニュライフ生命の指揮命令者 括弧内筆者)及びP7氏の4者での面談を設定したが、原告は面談の意味が分からないなどとしてこれに従わなかった結果、当該面談はキャンセルとなり、同月27日にはマニュライフ生命から被告に対して原告の派遣を辞めるように申入れがなされるに至ったほか、原告のためにマニュライフ生命との関係を調整しようとするP3に対し、苦情を述べたり・・・、『日本語の対応が困難であれば、貴社の日本人の方にご対応をお願いします。』といった侮辱的な言動・・・をするなど、原告の担当者であるP3に対して極めて反抗的な態度をとっていた。また、P6(被告社員 括弧内筆者)が同月28日に面談した際にも、自宅待機命令にすぐには従おうとはせず、長時間にわたり理由を尋ねるなど食い下がっており・・・、P6への態度も反抗的なものであった。」

「上記のとおり、被告としては、原告のマニュライフ生命での就業を継続するため、原告の業務環境を改善する機会を作ろうとしていたといえるが、原告が自らこれを断り、また、担当者であるP3やP6に対しても反抗的な態度を取っていたことからすると、被告としてマニュライフ生命はもちろん、他の顧客に対しても原告を派遣することは難しいと判断することも不合理であるとはいえない。そして、前記・・・によれば、被告は、原告に対して本件解雇前に残期間の給与を補償する内容で退職を勧奨しているところ、原告が同意できない旨伝え、さらに被告からの再提案に対しても原告が期限までに回答をしなかったことからすれば、被告として一定の解雇回避措置はとっていたと評価できる。

「以上によれば、被告による本件解雇にはやむを得ない事由(労働契約法17条)があったことは否定できず、また、本件解雇が原告の苦情申出を理由とするもの(派遣元指針第2の3)ともいえないから、無効かつ違法であるとは評価できず、本件解雇が不法行為に当たるとは認められない。」

3.解決金の支払い申出の位置付け自体は決定的ではないだろうが・・・

 一般論として、判決文は、結論を導くにあたり、重視した事情から順番に書かれていく傾向があります。そうした傾向に鑑みても、解決金の支払い申出に、解雇の効力の帰趨を決するほどの影響力はないのではないかと思われます。

 しかし、解雇可否措置として、解雇の有効性を補強する事情になることは、否定できません。解雇権の行使を示唆されながら解決金付きの退職勧奨を受けた場合、ただでさえ難しい受諾/拒否の判断が、更に難しくなります。こうした場合に後悔しないためには、予め弁護士に相談したうえで意思決定を行うことが推奨されます。