弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

退職届を書いたかと尋ね、自分の辞表を部下にって渡したことが、自ら退職するよう精神的に圧をかける行為とされた例

1.退職勧奨/退職強要

 「使用者は退職勧奨を原則として自由に行うことができるが、その勧奨行為には限界があり、人選が著しく不公平であったり、執拗、半強制的に行うなど社会的相当性を逸脱した手段・方法による退職勧奨は違法とされる可能性」があります(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会編『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、2023年改訂版、令5〕341頁参照)。

 社会的相当性を逸脱したといえるためのハードルは結構高く、私から見るとかなり酷いことをしていると思われるような事案でも、違法性が認定されない例が少なくありません。例えば、複数人に渡る同僚から特定の労働者の退職を求める嘆願書を取り付け、その嘆願書を示しながら、退職勧奨に応じなければ他の従業員から離れたところに席を移すなどと約40分に渡って退職を求めたことについて、裁判所は、違法性を否定しています。

他の従業員から出された退職を求める嘆願書を示し、席を離れた場所に移動させると告げての退職勧奨の適法性 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、近時公刊された判例集に、比較的簡単に退職を示唆する言動に違法性を認めた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いている、水戸地判令5.4.14労働判例ジャーナル139-32 ゆうちょ銀行事件です。

2.ゆうちょ銀行事件

 本件で被告になったのは、ゆうちょ銀行です。

 原告になったのは、郵政省に採用され、被告設立後は被告の職員として就労していた方です。定年後再雇用を経て、提訴時には既に退職した後、在職中に上司や同僚から嫌がらせを受け続けていたとして、職場環境配慮義務違反を理由とする損害賠償を請求したのが本件です。

 原告が主張した嫌がらせは多岐に渡りますが、その中の一つに、退職するよう精神的に圧をかけられた行為がありました。この嫌がらせについて、裁判所は、次のとおり述べて、職場環境配慮義務違反を認めました。

(裁判所の判断)

平成23年6月から被告のC地域センター課長代理の地位にあったDは、原告に対し、平成25年11月12日、退職届を書いたかとの旨尋ねる発言をし、平成26年8月13日、自身の退職届を渡して、これをC地域センター所長へ提出するよう述べたことが認められる。

上記に認定したDの原告に対する各言動は、原告に対して、その上司であったDにおいて、被告を退職するよう示唆し、さらに、原告が自ら被告を退職するよう精神的に圧力をかける行為と見られてしかるべきものであり、客観的に見て、社会通念に照らし、度を過ぎた言動というべきである。

「この点、Dが原告に対して自身の退職届を渡してC地域センター所長に提出するよう述べた趣旨について、Dの陳述書・・・中には、自身の仕事の向き合い方を示す趣旨であり、原告を退職に追い込む意図はなかったとの記載部分があり、Dの証言中には、上記同旨の証言部分のほか、Dが仕事のことで悩んでいることを相談する意味合いで原告に自身の退職届を見せたものであるとの証言部分がある。しかし、自身の退職届を部下に見せることが、自身の仕事の向き合い方を示すことや悩みを相談する意味の行為であったというのは、通常考え難いことであり、不自然かつ不合理である。また、Dの陳述書・・・中には、Dが管理、指導を担当していた原告の業務遂行について、他の社員からも問題があるとの指摘を受けていて、そのような状況に悩んでいたとの記載部分があるところ、そうであったとすれば、Dが、その悩みの原因である当の本人に対して、その悩みを相談する意図があったというのは、さらに不自然、不合理である。以上に照らせば、Dの陳述書及び証言中の上記記載部分及び証言部分は採用できない。」

「そして、前記・・・に説示のとおり、Dは原告が配属されていた職場における課長代理の地位にあり、原告の上司として、原告が精神的に安全な環境で執務できるその職場環境を整備するべき立場にあったのであるから、前記アに認定したDの原告に対する各言動は、直接、被告において、原告がその職場において精神的な健康の安全を確保しつつ労働することができるよう配慮するべき義務を怠ったものと解される。」

「したがって、この点において、被告には、原告に対する職場環境配慮義務違反の債務不履行が認められる。」

3.主観面が酷いケースでは客観面が多少弱くてもいいのか?

 本件でDが行ったことは、退職届を書いたかという質問と、D自身の退職届の交付行為だけです。客観的には大したことが行われていないようにも見えます。

 しかし、Dは、

原告が自ら被告を退職するよう精神的に圧力をかける行為をしたと言われたり、

原告を退職に追い込む意図はなかったとの弁解が排斥されたりするなど、

主観面にかなり厳しめの認定が行われています。

 結局、客観的にそれほど大したことが行われていないように見えるケースでも、主観的意図の不当性如何によっては、勧奨行為に違法性が認められるということなのかも知れません。

 退職に関係する言動に比較的緩やかに違法性が認められた例として、本裁判例は参考になります。