1.成績評価の厳格化
文部科学省は、繰り返し、大学の成績評価を厳格にすべき方針を打ち出しています。
例えば、
・平成12年度以降の高等教育の将来構想について(答申)(平成9年1月29日 大学審)
「卒業に関しては、教育の内容・方法の一層の充実を図り、教育理念や目標を踏まえて厳格に学習成果を評価し、単位を認定することによって、卒業生の質の確保を図っていくことが強く求められている。」
・21世紀の大学像と今後の改革方策について(答申)(平成10年10月26日 大学審)
「学生の卒業時における質の確保を図るため、教員は学生に対してあらかじめ各授業における学習目標や目標達成のための授業の方法及び計画とともに、成績評価基準を明示した上で、厳格な成績評価を実施すべき。」
「厳格な成績評価については、例えばGPAと呼ばれる制度を活用した取組を行っている大学もあり、各大学においては、このような例も参考としつつ、各大学の状況に応じた厳格な成績評価の仕組みを整備していくことが必要である。なお、厳格な成績評価の実施により最低限の質の確保を行うと同時に、優秀な成績を修めた学生には表彰を行うなど、学生の学習意欲を刺激するような仕組みを導入することも重要。」
・教育改革国民会議報告(平成12年12月22日 教育改革国民会議)
「学生の学習意欲を喚起し、自ら考える力を育てる観点から、成績評価の厳格化を図るための成績評価制度の導入や、水準に達しない学生の落第、退学など、それぞれの大学にふさわしい学習を促す取組を進める。」
といったようにです。
中央教育審議会 大学分科会 大学教育部会(第7回)議事録・配付資料 [資料3−2] 3 学修評価−文部科学省
こうした文部科学省の方針に従って、各大学でも成績評価の厳格化が進められています。
この成績評価との関係で、大学当局の指示に従って本当に厳格な成績評価を行ったところ、不合格者を出し過ぎであるとして大学教員が雇止めを受けた裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、京都地判令5.5.19労働判例ジャーナル139-28学校法人玉手山学園事件です。
2.学校法人玉手山学園事件
本件で被告になったのは、関西福祉科学大学(本件大学)等を運営する学校法人です。
原告になったのは、平成28年4月に被告との間で期間1年の有期労働契約を締結し、非常勤講師として働いていた方です。「英語コミュニケーション〈1〉ないし〈4〉」と科目を担当し、授業をしていたほか、試験や成績評価も行っていました。
原告と被告との間の労働契約は、平成29年4月、平成30年4月、平成31年4月、令和2年4月と4回に渡って更新されてきました。
しかし、
原告が担当した科目の不合格率が著しく高い、
授業アンケート(本件アンケート)の評価結果が他の教員に比べて悪い、
などとして、雇止めを受けました。
これに対し、このような雇止めは違法無効ではないかとして、原告が被告を相手取り、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
担当科目の不合格率が著しく高いことを理由とする雇止めに関しては、次のとおり述べて、これを消極に理解しました。結論としても、裁判所は、雇止めは無効だと判示しています。
(裁判所の判断)
「被告は、本件雇止めの理由として、原告が、本件留意点ペーパーの内容及び趣旨を理解していないため、他の非常勤講師と比べて、学生の英語能力向上に資する授業を実施できておらず、平成29年度から令和2年度までの不合格率の平均が高水準にあると主張する。」
「しかしながら、上記認定事実エないしキのとおり、原告は、教務部から指定を受けた教科書が少し難しすぎることを理解していたものの、本件留意点ペーパーに従って、教科書を中心にした授業をせざるを得なかったこと、教科書を離れてレベルを下げた問題を出題したのでは、教科書に基づいた授業をしている意味がなくなることから、教科書のレベルから大きくかけ離れない程度の問題を作らざるを得なかったこと、試験や課題については、正解・不正解が裁量の余地なく決まることから、機械的に採点し、そのまま最終成績として報告をしていたことが認められる。そうすると、原告は、本件留意点ペーパーの内容及び趣旨を理解していないどころか、むしろ、本件留意点ペーパーに忠実に従ったために、他の非常勤講師より多数の不合格者を出したものと認めるのが相当である。また、前記前提事実・・・によれば、原告の授業を受講する学生の不合格率は、最大でも20パーセント弱であって、必ずしも多すぎるということもできない(なお、令和2年度の秋学期の不合格率は本件雇止めに際しては考慮されていない。)。」
「よって、この点に関する被告の主張を採用することはできない。」
(参考:上記認定事実エないしキ)
「エ 原告の本件大学における勤務2年目からは、本件大学が文部科学省の指導に沿って評価項目と評価割合を設定し、授業中に実施の小テスト・提出物が全評価の30パーセント分、授業貢献度が全評価の20パーセント分、2回の筆記試験が全評価の50パーセント分とされた(前記前提事実(5)イ参照)。」
「オ 上記エの後は、原告が裁量により甘く評価することもできるのは、全評価の20パーセント分を占める授業貢献度のみとなり、原告は、大半の学生に18点ないし20点を与えていたが、残りの80パーセント分を占める試験や課題については、正解・不正解が裁量の余地なく決まることから、原告は、機械的に採点するほかなく、結果的に59点以下になった学生は不合格とし、そのまま最終成績として報告していた。」
「カ 英語コミュニケーション〈1〉ないし〈4〉の担当者は、本件大学の教務部から、授業で使用する教科書の指定を受け、また、本件留意点ペーパーにより、教科書を中心に授業をすることを求められていた(前記前提事実(5)ア参照)。」
「キ 原告は、担当をしたクラスの試験で、教科書の例文をそのまま出題していたところ、それ以上難易度を下げることはできないという問題でも、ほとんどの学生は得点できていなかった。原告としては、教科書が少し難しすぎると理解していたものの、指定された教科書に基づいて授業をしている以上、教科書を離れてレベルを下げた問題を出題したのでは、教科書に基づいた授業をしている意味がなくなり、妥当でないと考えたことから、問題のレベルを落とすことはできず、教科書のレベルから大きくはかけ離れない程度の問題を作らざるを得なかった。」
(参考:本件留意点ペーパー)
「本件大学の英語科教員から英語担当の非常勤講師に配布された令和2年3月23日付けの『本学必修英語の授業について(お願いとご連絡)』と題する資料(以下『本件留意点ペーパー』という。)には、『本学の英語教育に日頃より大変お世話になっております。大学ならびに英語科として、英語の授業に関しまして、以下のような点にご留意の上、引き続き質の高い教育の実践をよろしくお願い致します。』に続けて、以下の記載がある。・・・
ア【D 授業について】
9 教科書を中心に授業をしてください。プリント等を配布されるのはまったく問題ありませんが、教科書をほとんどやらずに、プリントを中心に授業をされるのは控えてください。
10 クラスのレベルに応じ、教科書の問題を選んだり、解説の内容を変えたり、解説する範囲をコントロールするなどして、学生のレベルに合わせた授業をお願いします。
11 本学の学生の多くは、入試で英語を受けずに入学してきております。また、英語が苦手な学生の数も毎年増加しております。そのため、特にレベルの低いクラスでは、高度な英語の授業展開はお控えください。やさしめの英語でお願い致します。
イ【E 成績について】
12 学生間の英語力の差が著しくなると、特に『秀』『優』に関する基準について学生から疑義が出やすいので、クラスのレベルによって、次のような目安でお願いします。
なお、本年度より、1年生のクラスを3つのレベルに分けることになり、1年・2年で成績評価基準が少し異なっていることをご了承ください。
《1年 英語コミュニケーション 成績評価基準表》
別紙1の上の表のとおり
《2年 英語コミュニケーション 成績評価基準表》
別紙1の下の表のとおり
13 文部科学省より『成績の厳格な評価』が要請されておりますので、ある程度厳格に成績を評価してください。ただし、クラスのほぼ全員が不合格になるといった授業は逆に教育内容を疑われますので、明確な基準を示し、それに達しない学生は不合格になる可能性があることを繰り返し授業中に告知するなどして、一定の教育的指導を必ず入れた上で、厳格な成績評価を行ってください。
(中略)
15 シラバスに次の3つの成績基準を掲げております。これは文部科学省の指導に沿ったもので、%もそのために添えられています。この%の配分は、『授業だけ出ていても受からないように、また、試験だけ受けても合格しないように』という趣旨から考えられたものです。
(1)『授業中に実施の小テスト・提出物』 30%
(中略)
(2)『授業貢献度』 20%
(中略)
(3)『2回の筆記試験』 50%
(以下略)」
3.指示に従っただけの教員を雇止めにするのは無理があるだろう
本件の被告は、
「原告を除く他の非常勤講師は、本件留意点ペーパーの内容及び趣旨を理解し、本件大学の学生のレベルを踏まえた上で、学生の英語能力向上に資する有益な授業を実施しており、その結果、平成29年度から令和2年度までの不合格率の平均は、概ね0.11パーセントから1.34パーセントであった・・・。一方、原告は、本件留意点ペーパーの内容及び趣旨を理解していないため、他の非常勤講師と比べて、学生の英語能力向上に資する授業を実施できておらず、平成29年度から令和2年度までの不合格率の平均は、6.81パーセントから19.27パーセントと高水準にあり・・・、原告が適切に授業を実施していないことは明らかである。そのため、学生やアカデミック・アドバイザー教員(学修等大学生活全般をサポートする教員であり、学生一人一人に担当のアカデミック・アドバイザー教員が付く。)から担当教員変更の申出が多数寄せられる状況に至った。」
との主張を展開していました。
しかし、自ら厳格な成績評価を求めておきながら、単位認定が厳しいという苦情が多数寄せられているから雇止めにするというのは、流石にかなり無理のある主張であるように思われます。
大学当局からの業務上の指示や文部科学省の方針を真に受けたばっかりに地位を失うということは、あまりにも理不尽です。似たような雇止めを受けた方は、一度、弁護士に相談してみることをお勧めします。もちろん、当事務所でも相談をお受けしています。