弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教員の雇止め-更新拒絶に一定の合理性を認めながらも、社会通念上の相当性が認められないとされた例

1.雇止め法理

 労働契約法19条2号は、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」

場合(いわゆる「合理的期待」が認められる場合)、

有期労働契約の更新拒絶を行うためには、客観的合理的理由、社会通念上の相当性が必要になると規定しています。

 それでは、更新に向けた合理的期待を有している有期労働契約者を雇止めにするために必要な客観的合理的理由、社会通念上の相当性とは、どのようなことを意味しているのでしょうか?

 解雇に必要な客観的合理的理由、社会的通念上の相当性に関しては、

「客観的合理性・・・とは、労働者の労働能力の欠如、規律違反行為の存在、経営上の必要性など、解雇理由として合理的と考えられる事情が存在すること、・・・社会的相当性・・・とは、それらの事情の内容・程度・労働者側の情状、不当な動機・目的の有無、使用者側の事情や対応、他の労働者への対応例との比較、解雇手続の履践など、当該解雇にかかる諸事情を総合的に勘案し、労働者の雇用喪失という不利益に相応する事情が存在していること」

を指すと理解されており、一応、二つの概念には区別が存在します(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕934頁参照)。雇止めの場合も、これと同様に考えることができます。

 しかし、個人的な実感として、客観的合理性と社会通念上の相当性とは、あまり厳密に区別されていないように思います。解雇や雇止めが無効と判断されるケースでは、客観的合理性・社会通念上の相当性のいずれもが否定される例が多いですし、有効と判断されるケースでは、客観的合理性・社会通念上の相当性のいずれもが肯定される例が多いように思います。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、更新拒絶に一定の合理性を認めながらも、社会通念上の相当性が否定された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いていた、長崎地判令5.1.30労働判例ジャーナル135-34 国立大学法人長崎大学事件です。

2.国立大学法人長崎大学事件

 本件で被告になったのは、国立大学法人長崎大学です。

 原告になったのは、ベルギー国籍の男性で、カリフォルニア大学ロサンゼルス校言語学部を卒業した後、被告と有期労働契約を締結し、被告医学部において教育教員(助教)として勤務していた方です。

 初度目の契約の期間は平成23年3月1日~平成26年2月28日とされ、労働条件通知書上、「契約更新しない」と書かれていました。

 しかし、原告と被告との間の有期労働契約は更新され、契約期間は平成26年3月1日~平成29年2月28日へと伸長されました(1回目更新)。ただ、ここでも労働条件は「契約更新しない」とされていました。

 その後、契約期間を平成29年3月1日~平成31年2月28日(契約更新しない)として更に有期労働契約が更新されました(2回目更新)。

 平成30年11月13日、被告のP医学部長は、

「英語学習プログラムをeラーニングに替えるので、あなたの契約は更新されず、来年2月28日が最後の就労日になる。あなたはとてもいい仕事をしていると聞いていたので、とても残念です。」

と述べ、原告に対し、雇止めを通知しました。

 これを受けた原告は、雇止めの無効による契約更新と、無期転換権(労働契約法18条1項)の行使を主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 不更新条項があったものの、裁判所は、契約の更新に向けた合理的期待を肯定しました。そのうえで、次のとおり述べて、雇止めの効力を否定しました。

(裁判所の判断)

 合理性及び相当性の欠如について
ア 原告の雇用目的について

「前記認定のとおり、被告は、医学教育のグローバル化に対応するため、平成23年度から、それまで選択科目であった『医学英語』を必修科目とし、外国人専任教員に担当させるため、医学部定員増加に伴う運営費交付金を財源として、原告を雇用したものであり、医学部において、『医学英語』等の英語教育を担当させることを主たる目的としていたと認められ、そのことは、本件労働契約締結の経緯に照らして、財源の点を除き、原告も認識していたものと認められる。」

イ 原告の医学英語教育能力について

「前記認定事実・・・のとおり、原告は、上記アの被告の方針及び雇用目的に従い、『医学英語』を中心として、『医療英語』、『国際医療英語』といった必修科目や、各種選択科目を、常時、担当していたほか、希望者を対象とした英語試験の対策講座や英会話教室の開催といった英語教育に関連する周辺的業務や、海外基礎研修、海外臨床研修に参加する学生の選考や、医学科グローバルヘルス研究医枠の入試の面接等、医学部教員としての付随的業務に従事し、かつ、その業務量は、次第に増加し、2回の更新を経て、通算8年間に及んでいたことからすると、原告は、採用時の方針に従い、医学英語教育を担当するために必要な能力を有していたものと認められる。」

「これに対し、被告は、・・・のとおり主張する。」

「しかし、被告がその根拠として提出する『医学英語』の授業評価アンケート・・・によっても、総合満足度が『2013年度前期』が5点中3.94であったほか、いずれも4点を超えているなど、概ね高評価を得ていたことが認められ、原告の医学英語教育能力が低いものであったことを裏付ける的確な証拠はない。」

「原告が英語を母国語としていないことや、医学の素養がないことは、採用時から判明していたことで、前者は、原告の従前の経歴、職歴・・・に照らし、英語教育能力が低いことを基礎付ける事情とはいえず、後者についても、採用時の医学英語の教育方針や、上記認定の原告の担当状況や、その中で医学に関する語彙を取り入れるなどしていたことに照らし、採用時の方針に照らして必要な医学英語教育能力を充たしていなかったことを基礎付けるものとはいえない。」

「P5教授は、医学部長立候補に際して、平成29年1月4日付け所信表明において、海外派遣実習生の英語コミュニケーション能力不足等を指摘し、医学英語の語彙力や医学英語論文の読解力アップを目指したeラーニングの導入を検討する旨表明しているが・・・、上記課題は、医学英語教育の指導方針に関わる問題であり、実習生自身の問題も関係することから、その主たる要因を原告の医学英語教育能力の不足に帰すことはできない。また、P5教授は、医学実習のため指導した5、6年生から、『医学英語』についてヒアリングし、TOEIC対策など一般英語に対応したものとなっていて、医学英語の向上が望めず、医学英語に特化した授業が求められていると感じた旨供述等・・・する。しかし、TOEIC対策を中心としていたとの点については、被告医学部の当初の方針に基づくものであり、原告の医学英語教育能力が低いことを基礎付ける事情とはいえず、医学英語に特化した授業が求められているとの点も、一部学生からのヒアリングにとどまり、P8教授が、これらを基に上記所信表明に反映させ、医学部長就任後にeラーニング導入を検討することで、その実現を図ったという経緯からすると、そのような方針が、それまでに原告に伝えられていたということはできず、採用時の方針に照らして、原告の医学英語教育能力が低いことを基礎付ける事情とはいえない。」

ウ eラーニングの導入について

前記認定事実・・・のとおり、被告は、平成29年度に医学部長に就任したP5教授の主導の下、より医学英語に特化した医学英語教育を実践するため、eラーニングを導入することを検討し、同年10月から平成30年3月にかけて、トライアルを実施し、その検証結果を踏まえて、同年10月、次年度からeラーニングを導入することを決定した。同年度以降、『医学英語』の各15回分の授業のうち7回分及び終了テストをeラーニングによって実施し、8回をP7助教が対面授業により担当したこと、その他の原告及びP10担当の必修科目や選択科目をP7助教が担当したことからすると、eラーニングの導入を中心とする医学英語教育の方針変更は、これにより、外国人専任教員2名分の業務量のうち1名分を削減するものであったということができる。

カリキュラム編成は、大学教育の根幹に関わる重要な事項であるから、大学法人は、各学部において、どのような方針の下で、どのような科目を設置し、教育をするかについて、裁量を有しているということができ、特定の科目を担当することを主たる目的として雇用された有期契約大学教員が、期間満了後も雇用を継続することができるか否かについても、上記方針により、制約されることがあることは否めない。

上記観点からすると、被告が、より医学英語に特化した医学英語教育を実践するため、eラーニングを導入することとし、そのために外国人専任教員1名分の業務量を削減することとしたことについては、被告の裁量に属するものということができ、上記アの雇用目的に照らすと、被告が、外国人専任教員1名につき契約更新をしないこととしたことは、一定の合理性を有するものということができる。

「もっとも、上記方針変更により必要となる業務量の削減は1名分にとどまり、残る1名分について、原告にeラーニング導入後の『医学英語』の担当をさせず、P7助教に担当させた理由として、被告は、原告に、医学の素養がなく、医学英語教育能力が不足することを指摘する。」

「しかし、前記認定事実・・・のとおり、平成29年10月には、被告医学部においてeラーニングのトライアルが実施されており、『医学英語』への導入を検討していることを、同科目の担当教員である原告らに対して、機密にしておくべき事情はなかったと考えられるところ、被告が、原告らに対して、eラーニングの導入のため契約更新をしない旨を告げたのは、導入が決定した後の平成30年11月以降のことであり、eラーニングの導入や、その目的、導入による『医学英語』の授業内容の変更、原告らの雇用に与える影響等の諸事情について、事前に説明した形跡はない。」

原告は、上記・・・のとおり、採用時の方針に照らして、医学英語教育を担当するのに必要な能力を有していたと認められ、上記のとおり、被告が原告にeラーニング導入を踏まえた『医学英語』の授業内容変更への対応を指示し、検討する機会を設けた形跡がないことからすると、そのような機会を設けずに、原告の医学英語教育能力不足を理由として、『医学英語』の担当教員から外したことについて、合理性があるということはできず、上記・・・による合理性は限定的なものにとどまる。

エ 原告に対する説明、他の配属先の検討等について
(ア)原告に対する説明について

「上記・・・のとおり、被告が、原告に対し、eラーニング導入のため契約更新をしない旨告げたのは、平成30年11月13日の本件雇止めの通知時であり、その前に、eラーニング導入等の方針について説明し、対応を指示したり、その影響について説明した形跡はない。」

上記時期は、任期満了までに相当の期間があるものの、被告医学部においては、年度当初から、次年度のカリキュラム編成を初め、その過程で担当教員の割当てについても検討を進め、10月頃にはカリキュラム案が決定されていたこと・・・、原告に対する本件労働契約締結の勧誘も11月から始まり、医学部長らとの面談等を経て、12月15日には教授会での採用決定がされたこと、大学教員として新規採用する際には、その業績等により、資質、適格性等を審査するのが通常であり、一定の時間を要することからすると、同種職種である大学教員として他の就職先を探すために十分な時期であったとはいえない。

「eラーニング導入の検討が進められていたのであるから、これを理由として雇用契約を更新しないのであれば、本件雇止め前にその見通しを伝えることが可能であったことは、前記認定のとおりである。」

(イ)他の配属先の検討等について

「前記認定事実・・・のとおり、被告は、平成31年2月8日、学内の各部局に対し、原告らの就職先として、外国人教員の募集の有無を問合せており、一応、他の配属先を検討したとはいえる。

しかし、被告は、前記認定事実・・・のとおり、有期労働契約者の通算雇用年数を原則として5年とする本件方針を立て、平成29年12月には、これを廃止したものの、・・・のとおり、平成31年1月25日の協議の際には、無期転換権の行使を懸念して、原告らの他の配属先を探すことに難色を示していたのであり、団体交渉の申入れを契機として、一応の対応をしたにとどまるといえる。その時期についても、本件雇止め後、任期満了直前まで、他の配属先の有無を検討することをせず、そのため、上記・・・で説示したところに照らし、次年度の体制が固まり、新規受入れが困難となった時期に検討したにとどまるものであるから、他の配属先を探すために誠実に対応したということはできない。

オ 検討

「以上のとおり、原告は、本件労働契約の継続につき合理的期待を有していたといえ、更新又は遅滞なく契約締結の申込みをしたところ、被告が本件雇止めをし、上記申込みを拒絶したことは、医学英語教育担当という雇用目的及びその後のeラーニング導入を中心とする医学英語教育方針の変更に伴い、外国人専任教員1名分の業務量を削減したことについては一定の合理性があるといえるものの、原告が採用時の方針に即した医学英語教育担当能力を有していたにもかかわらず、上記方針変更やこれに伴う本件労働契約への影響について事前に説明せず、対応を検討する機会を設けないまま、必要な業務量削減の範囲を超えて担当から外して、雇用契約を終了させたものであるから、合理性を欠くものといえ、さらに、事前の説明のないまま、同種職種の就職先を探すために十分とはいえない時期に本件雇止めをし、他の配属先を探すために誠実に対応することもしなかったのであるから、社会通念上、相当性を欠くというべきである。

3.次の就職先が確保できない時期であることや、他の配属先が検討されていないことは相当性を否定する考慮要素になる

 本件の合理性も最終的には否定されています。しかし、判断の過程で「一定の合理性」のあることが認められています。使用者側の主張する解雇理由に一定の合理性が認められる場合であっても、社会的相当性を否定できる余地が示されている点に本件の意義があります。

 また、現在、大学教員の方は、かなりの数が有期の不安定な労働契約のもとで働いています。大学教員というと、その職務の性質上、配転の余地が乏しそうに思われますが、それでも裁判所は他の配属先を検討すべきであったと指摘しました。また、再就職するための十分な時間が確保されていない中で雇止めを行うことに否定的な評価を下しました。

 こうした判断は、大学教員の方に対する雇止めを争う事件でも参考になります。