弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

誰にでも分かる嘘程度のことで懲戒処分を科することは認められない

1.不正確な発言を捉えて揚げ足をとられたら・・・

 懲戒処分を受ける人は、処分を科されるに先立ち、何等かの理由によって使用者から目を付けられている方が多いように思います。この場合、目を付けられる⇒行動を監視される⇒粗を見つけられる⇒懲戒処分を受ける、といった過程を経て処分が行われます。

 見つけられる「粗」には様々なものがありますが、その中の一つに言動があります。

 不適切な言葉遣い、上長に対する不穏な発言、正確性を欠く物言いは、職場への悪影響を説明しやすく、懲戒事由として構成されることが少なくありません。

 それでは、職場で不正確なことを口走ってしまった労働者は、常に「嘘を言った」と非難され、懲戒処分を甘んじて受けなければならないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。千葉地判令3.5.26労働判例1279-74学校法人埼玉医科大学事件です。

2.学校法人埼玉医科大学事件

 本件で被告になったのは、埼玉医科大学を設置、運営している学校法人です。

 原告になったのは、社会福祉士、精神保健福祉士等の資格を有し、平成16年4月1日に被告に採用された方です。

平成26年7月11日付け懲戒処分(出勤停止 本件懲戒処分1)により支給されなかった賃金の支払い、

平成27年10月20日付け懲戒処分(出勤停止 本件懲戒処分2)により支給されなかった賃金の支払い、

平成27年11月9日付けで解雇されたことに対し、その無効を理由とする地位確認請求、

などを求めました。

 冒頭に掲げられたテーマと関連するのは、懲戒処分2の取扱いです。

 懲戒処分2で懲戒事由とされたのは、

被告のUSBを紛失したこと、

異動の内示を受けていないにもかかわらず、平成27年9月24の朝礼において、本件USBの件で異動になると告げたこと、

でした。

 結論として裁判所は懲戒処分2の効力を認めるのですが、その中で、次のような判断を示しました。

(裁判所判の判断)

「本件USBは、原告の管理下で所在がわからなくなったものと認められるところ・・・、原告は、離席する際、本件USBを厚手のビニール袋に入れた上で同ビニール袋をバッグに入れていたと主張し、同主張に沿う陳述(甲55)及び供述(原告本人)をする。しかし、原告は、ビニール袋やバッグは破れていなかったとも陳述しており(甲55)、そうであるとすれば,バッグの中のビニール袋に入れた本件USBのみがなくなるということは考え難く、他方、原告以外の者がこれを窃取したことを裏付ける客観的な証拠も一切存在しないことからすれば、本件USBを厚手のビニール袋に入れた上で同ビニール袋をバッグに入れていたとする原告の陳述及び供述は、にわかに措信し難い。」

「このように、原告が本件USBをどのように管理していたかは不明であること,本件USBがなくなった時間や場所も明らかではないことからすれば、原告が本件USBを適切な方法で管理していたとは認められないから、原告は、重大な過失により,本件USBを紛失したものと認められる。」

「したがって,原告は「重大な過失によって、物品の紛失をした」と認められ,本件就業規程66条1項6号所定の懲戒事由が認められる。」

なお、原告が朝礼で器材センターから異動の内示を受けたとの虚偽の発言をしたことが認められる・・・,I副センター長を含め被告の職員においてかかる発言の真偽を確認することは容易であるから,この発言によって職場の秩序を乱したとまではいえず、本件就業規程66条1項13号所定の懲戒事由は認められない。

3.企業秩序を侵害するに至らない嘘で懲戒処分を科することは難しい

 懲戒処分は「使用者が労働者の秩序違反行為に対して科する制裁罰という性質をもつ不利益措置」と定義されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕548頁参照)。

 また、労働契約法15条は、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。ここで言う「その他の事情」には、「労働者の行為の結果(企業秩序に対しどのような影響があったか)」が含まれると理解されています(前掲『詳解 労働法』555頁)。

 仮に正確性に欠ける言動なども問題行動があったとしても、制裁罰としての懲戒処分を行うにあたっては、企業秩序に対してどのような影響を生じさせたのかが問われることになります。そして、企業秩序を脅かさない類の行為に懲戒処分を科することは困難です。

 本件の裁判所は、虚偽の発言があったとしても、それだけで懲戒処分の対象にすることは困難との見方を示しました。これは、監視により些細な行為を「怪しからん行為」として問題にされた場合一般に、広く活用できる可能性のある判示だと思います。