弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職務遂行過程で生じた軽微/単純な過誤の懲戒事由該当性が否定された例

1.足元を掬う懲戒処分

 会社が労働者を解雇するにあたっては、事前に注意・指導したり、懲戒処分を行ったりするなど、改善の機会を与えていたのかどうかが重要な意味を持つことが少なくありません。そのため、解雇対象者として使用者から目を付けられた労働者は、行動を監視され、過誤を見つけられては、注意・指導を受けたり、懲戒処分を受けたりすることがあります。

 こうした場合に悩ましいのは、ミスを無くすことが不可能であることです。

 人為的な作業からミスを無くすことは不可能です。そのため、行動を四六時中監視され、過誤が生じる度に注意・指導や懲戒処分をされるとなると、時間の経過と共に必然的に注意・指導歴や懲戒歴が積み重なって行きます。このように、労働者には、使用者から目を付けられると、結局はジリ貧に陥ってしまいやすいという立場の弱さがあります。

 しかし、近時公刊された判例集に、コツコツと軽めの懲戒処分を積み上げていく手法に対抗するため活用できそうな裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介している東京地判令4.12.17労働経済判例速報2521-16 全国建設労働組合総連合事件です。

2.全国建設労働組合総連合事件

 本件で被告になったのは、

全国の建設産業関係労働組合及びそれらの連合会をもって構成される産業別労働組合(被告Y1)、

被告Y1の書記長(被告Y2)、

被告Y1の専従役員(被告Y3)

の三名です。

 原告になったのは、被告Y1との間で労働契約を締結し、書記として勤務していた方です。被告Y1から譴責の懲戒処分を受けたことについて、その無効確認を求めるとともに、損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件で被告が構成した懲戒処分対象事実は7つあり、その内容は次のとおりです。

・懲戒処分の対象となる事実1(本件懲戒処分対象事実1)

「3月9日(金)午後1時頃、Y1が行っている国交省の補助事業において、当日が国交省の『平成29年度地域に根ざした木造住宅施工技術体制整備事業保金(判決注:原文のまま)交付申請等マニュアル』に基づく経費の支払期日となっていたため、Y3技術対策部長(被告Y3)が原告に対して支払漏れがないか確認を求めたところ、Lに支払っていないと回答。Y3部長は既に支払われていた記憶があったことから、再度確認を求めたが支払っていないと回答したため、支払手続をするようお願いした。振込手続をした後、午後外出から事務所に戻ってきたE書記にY3部長が確認したところ、2月22日に支払済みであることが明らかとなり、改めて原告から財政部に確認したところ、支払済みであることを確認。同日LのT氏がY1事務所に来ていたことから、お詫びするとともに返金をY1がLに対しお願いし、3月13日にLより返金が行われた。」

・国交省補助事業及び日常業務に関する事項

(1)懲戒処分の対象となる事実2①(本件懲戒処分対象事実2)

「Jが行った国交省補助事業において、2月中旬から3月9日の間において、Kから講師謝金請求書が2枚送付されたが、日付を確認せず同じ請求書と勘違いし、1回分(3万円)の経費(U分)を計上漏れした。発覚したのは3月下旬。」

(2)懲戒処分の対象となる事実2②(本件懲戒処分対象事実3)

「Y1が行った国交省補助事業において、Y1が定めた講師謝金の上限額である23万7000円を超過して、Mから24万円の請求があり、その額を実績額として計上した、過剰受給となった。」

(3)懲戒処分の対象となる事実2③(本件懲戒処分対象事実4)

「Jが行った国交省補助事業において、J四国ブロック委員(V1名4万8300円)の謝金について、旅費分の11,860円のみ計上し、委員謝金48,300円を計上漏れのまま、国土交通省へ実績報告した。」

(4)懲戒処分の対象となる事実2④(本件懲戒処分対象事実5)

「Y1が行っている資格取得報奨金制度について、6組合(N、M、O、P、Q、R)の6月支給分について、『Y1技能者育成基金制度規程』に定められた支給決定通知書を出さずに別の物を出した。」

(5)懲戒処分の対象となる事実2⑤(本件懲戒処分対象事実6)

「3月10日(土)の休日出勤の際に、その日の朝7時過ぎに部長にメールをして出勤している。なぜ事前連絡しなかったのか。」

(6)懲戒処分の対象となる事実2⑥(本件懲戒処分対象事実7)

「5月16日(水)朝、私的な理由で6時半に出勤して、管理人のWさんに会館玄関を開けさせた。」

 このうち、職務遂行過程で生じた軽微/単純な過誤が懲戒事由になるのかという観点から意味があるのは、本件懲戒対象事実2~5についての判断です。

 裁判所は、次のとおり述べて、本件懲戒対象事実2~5の懲戒事由該当性を否定しました。

(裁判所の判断)

・本件懲戒処分対象事実2~5について

「前記認定事実によれば、①原告が、Jが行った国交省補助事業において、同年2月中旬から同年3月9日の間、Kから講師謝金請求書が2枚送付されたが、日付を確認せず、同じ請求書と勘違いし、1回分(3万円)の経費を計上漏れした事実(本件懲戒処分対象事実2)、②原告が、被告Y1が行った国交省補助事業において、同年5月16日頃、Mからの24万円の請求を受けて、被告Y1が定めた講師謝金の上限額である23万7000円を超過して、24万円を実績額として計上し、補助金を過剰受給させた事実(本件懲戒処分対象事実3)、③原告が、Jが行った国交省補助事業において、同年5月21日頃、J四国ブロック委員の謝金について、委員の謝金(1人分。4万8300円)を計上漏れのまま、旅費分の1万1860円のみを計上して実績報告した事実(本件懲戒処分対象事実4)、④原告が、同年、被告Y1が行っている資格取得報奨金制度について、N、M、O、P、Q、Rの6組合の6月支給分について、Y1技能者育成基金制度規程に定められた支給決定通知書と異なる書式を用いて作成した事実(本件懲戒処分対象事実5)が認められる。」

これらはいずれも原告の過失によって発生したものではあるが、内容そのものはいずれも軽微なものであり、本件懲戒処分対象事実1とは異なり、それが就業に関する明示的な規律に反するような態様によって惹起されたものとは認められないから、本件懲戒処分対象事実2~5を発生させたからといって、原告が職務上の責任を自覚していなかったとか、誠実に職務を遂行していなかったと認めることは困難である。そうすると、

本件規程10条の『職務上の責任を自覚し、誠実に職務を遂行する』

に違反するものとはいい難い。また、懲戒処分は規律違反や秩序違反に対する制裁罰であるから、職務遂行過程で生じさせた単純な過誤が、

本件規程54条1項⑦の『第3章所定の服務規律…に違反したとき』

の懲戒事由に該当するというには躊躇を覚える。これらの点から、原告が本件懲戒処分対象事実2~5を発生させたことは、本件規程10条に違反するものではないし、本件規程54条1項⑦の懲戒事由にも該当するものではないといわざるを得ない。

3.懲戒事由該当性自体が否定された

 本件で特徴的なのは、労働者の過失を認めながらも、軽微な過失/職務遂行過程で生じた単純な過誤であるとして、懲戒事由該当性自体が否定されていることです。懲戒処分の程度が重い(不相当)というのではなく、懲戒事由に該当しない、つまり、懲戒権を発動すること自体が許されないと判示しています。

 本裁判例のような見解に立てば、軽微な過失・過誤を根拠として、使用者側がコツコツと懲戒処分歴を積み重ねようとしてきた場合、解雇される前段階から、

このようなものは懲戒権を発動する根拠にならない(労働契約法15条にいう「使用者が労働者を懲戒することができる場合」には該当しない)として、裁判所に事件を持ち込み、早々に使用者側の解雇計画を挫くことができます。

 使用者側の常套手段にへの対抗措置になる可能性を有しており、裁判所の判断には重要な意義があります。