弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

弁明は態度に注意する

1.懲戒処分と弁明の機会付与

 労働契約法15条は、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。

 この客観的合理的理由・社会通念上の相当性を考える上での重要な考慮要素の一つに弁明の機会を付与したことがあります。論者により多少の認識の相違はありますが、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕559頁には、

「被処分者に懲戒事由を告知して弁明の機会を与えることは、就業規則等にその旨の規定がない場合でも、事実関係が明白で疑いがないなどの事情がない限り、懲戒処分の有効要件であると解される」

と記述されています。

 弁明の機会は労働者の権利であり、労働者は自由に自分の意見を述べることができます。ただ、権利だからといっても、不相当な態度をとってしまうと、そのことが処分の加重理由として考慮されてしまうことがあります。昨日ご紹介した、東京地判令3.12.22労働判例ジャーナル124-64 ベルリッツ・ジャパン事件は、弁明における労働者の態度が裏目に出てしまった事案でもあります。

2.ベルリッツ・ジャパン事件

 本件で被告になったのは、語学塾、各種文化教室の経営等を目的とする株式会社と(被告ベルリッツ)、被告ベルリッツが運営する英語学校の生徒です(被告B)。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、被告ベルリッツが運営する英語学校で講師をしていた方です。

 被告Bが、

ベルリッツの外で原告からレッスンを受けた後、多くの文字と音声のメッセージをラインを通じて受け取った

原告はベルリッツの外でレッスンを受けるよう繰り返し求めた

未登録の番号から多数回電話が来た。原告からだと思う

原告には、メッセージの送付、留守電の録音、電話をやめてほしい

原告に会うのが怖く、この状況は不満である

原告は自宅を知っているので、接近してほしくない

このようなことが他の人にも起こるのではないかと心配している

という苦情を申し入れたところ(本件苦情)、被告ベルリッツは、原告に対し、出勤停止5日間の懲戒処分を行いました(本件懲戒処分)。

 これを受け、原告は、

被告Bに対しては名誉毀損を理由とする慰謝料の、

被告ベルリッツに対しては本件懲戒処分等が職場環境義務違反に該当するとして、慰謝料・逸失利益の

支払いを求める訴えを提起しました。

 被告ベルリッツとの関係では、本件懲戒処分の効力が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、本件懲戒処分や有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告Bが本件苦情で申告した原告の言動は、それ自体、被告ベルリッツの顧客である被告Bをして恐怖を感じさせ得るものであったというべきであり、かつ、本件懲戒処分当時の被告ベルリッツの調査結果に照らしても、基本的に真実であると認められる。また、2回目の面談における原告の前記言動は、テーブルの上にペンを投げる、原告とDらとの間にあった長テーブルを大きな音を立てて動かす、DとEの間のすぐ後方に着席するなどの、職場における言動として不適切な粗暴なものが含まれており、D及びEを畏怖させ得るものであったと認められ、それ自体、企業秩序を乱すものであったというべきである。そうすると、原告の一連の言動は、前記就業規則第39条の1(6)(会社の評判を傷つける行為を行った場合。)、(8)(きわめて破壊的な振る舞い、暴力、暴力的な脅迫、窃盗、中傷、名誉毀損によって職場の雰囲気を壊した場合。)及び(14)(意図的にまたは重過失が原因の不適切な行為により会社に損害を与えた場合。)の懲戒事由に該当するものというべきである。そして、これらの言動の企業秩序に与える影響等を考慮すれば、比較的軽い出勤停止5日間の本件懲戒処分としたことが、前記のような原告の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないということはできない。

「以上によれば、本件懲戒処分は有効であり、違法に原告の権利又は法律上保護された利益を侵害したということはできないから、原告に対する不法行為は成立しない。」

3.心穏やかではなくても態度には出さないように気を付ける

 懲戒手続の中で弁明を行っていくにあたっては、会社への苛立ちなどの理由から心中穏やかではないだろうなと思われる方を目にすることは、少なくありません。

 しかし、不適切な態度をとってしまうと、それ自体が処分の加重を基礎づける事実になってしまうかも知れません。本件で問題となった面談での様子は、次のとおり認定されています。

「原告、E及び被告ベルリッツの人事関係の責任者であるDは、同年7月8日、本件苦情に関する2回目の面談を行った。その際、Dが、原告に対し、被告Bを被告ベルリッツの外で教えていたか否か、被告Bの連絡先の情報をまだ持っているか否か、被告Bに連絡するつもりがあるか否かを尋ねたのに対し、原告は、被告ベルリッツと全く関係がない原告の私生活に関わる質問であるなどとして終始回答を拒否した上で、ペンをテーブルの上に投げる、立ち上がり、原告とDらの間にあった長テーブルを大きな音を立てて動かす、DとEの間のすぐ後方に着席するなどの行動をとった。」

 本件のような裁判例もあるため、弁明の機会を行使するにあたってっは、可及的に冷静な態度をとっておく必要があるように思われます。