1.合理的期待と不更新条項
労働契約法19条2号は、
「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」
場合(いわゆる「合理的期待」が認められる場合)、
有期労働契約の更新拒絶を行うためには、客観的合理的理由、社会通念上の相当性が必要になると規定しています。
つまり、合理的期待がない場合、有期労働契約は、期間の満了によって終了するのが原則です。使用者がどのような理由で契約を更新しなかったのかは問題になりません。異説もありはしますが、雇止め法理は、
合理的期待が認められて初めて(第一段階審査がクリアされて初めて)、
更新拒絶に客観的合理的理由、社会通念上の相当性が認められるのかの審査(第二段階審査)
に入って行くという二段階審査で成り立っています。
そのため、雇用の調整弁として有期労働契約を利用する使用者は、いかに有期労働契約者に更新に向けた合理的期待を持たせないようにするのかを考えることになります。合理的期待さえ否定できれば、どのような理由で契約を打ち切っても問題にならないからです。
この合理的期待を持たせないようにするための工夫に「不更新条項」があります。
これは、文字通り、契約の更新をしないこと(契約の更新を一定の限度に留めること)を内容とする条項です。当初労働契約に不更新条項を挿入しておくと、使用者は、
「この有期労働契約者は契約に更新がないことを分かって労働契約を締結していた、ゆえに契約が更新されることを期待していたとはいえない。」
と主張することができるようになります。こうして、自由に労働契約の存続/解消を決める権限を留保しようとしてきます。
しかし、近時公刊された判例集に、不更新条項(文言)付きの労働条件通知書が特段の異議なく受領されていながらも、合理的期待が否定されないと判示された裁判例が掲載されていました。東京地判令7.5.30労働経済判例速報2598-41 森ビルゴルフリゾート事件です。
2.森ビルゴルフリゾート事件
本件で被告になったのは、ゴルフ場の経営等を行う株式会社です。
原告になったのは、ティーチングプロA級の資格保持者であり、被告との間で雇用契約を締結していた方です。
本件の原告は60歳定年(令和5年1月13日)を迎えるにあたり、被告との間で期間2か月(令和5年1月14日~令和5年3月15日)の有期労働契約を締結しましたが、その際に交付された労働条件通知書には「契約更新はしない」と明記されていました。期間満了後、雇止めを受けたことから、定年後再雇用であるのに2か月で雇止めになるのはおかしいとして、その効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
定年後に期間が極端に短い有期労働契約が結ばれた理由について、被告は、次のような主張をしました。
(被告の主張)
「本件契約は、原告が再就職活動をする期間とする目的で、継続雇用制度に基づかない任意の有期雇用契約(更新なし)を締結したものであり、被告の再雇用制度(本件就業規則14条2項2号)に基づく再雇用契約ではない。」
(中略)
「雇用期間が約2か月間となったのは、令和4年12月6日、原告に対し、継続雇用することはできない旨伝えたところ、原告が、定年退職後も一定期間は他の会社への就職活動をするための時間が必要であると申し入れたからである。この原告の申入れは、定年退職後の再雇用の申入れを撤回し、新たに定年退職前と同じ条件で数か月間勤務を継続することを申入れるものである。」
(中略)
「本件契約は一度も更新されたことがなく、期間も短い。本件労働条件通知書には、契約更新はしないと明示されており、被告が原告に対してその旨説明したが、原告は特段の異議を述べなかった。」
本件では、不更新条項(文言)付きの労働条件通知書が交付されていたことから、合理的期待が失われてしまうのではないかが争点となりました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、合理的期待は否定されないと判示しました。
(裁判所の判断)
「被告は、本件契約の締結に先立つ令和4年12月6日に、原告に対し、再雇用後に原告が働く部署は見当たらない旨伝えており・・・、そのことに加えて、本件訴訟において被告が原告には種々の解雇事由がある旨主張していることにも照らせば、被告は、同日時点で、原告を再雇用しない方針であったとうかがわれ、それにもかかわらず、役職や手当についてあえて従前と同一の労働条件で本件契約を締結したのは、本件契約の雇用期間が経過した後は原告との間の雇用関係が存続しないことについて、原告との間でやり取りがされたからであると推認することができる。そのことは、本件労働条件通知書には更新がない旨明記されており、原告がこれを受け取った後に特段の異議を述べなかったこと・・・や原告代理人に相談するまである程度時間が経過していること・・・からも裏付けられている。これは、更新の合理的期待を否定する方向に考慮すべき事情ではある。」
「しかしながら、被告は、原告が、令和4年12月6日、定年退職後も一定期間は他の会社への就職活動をするための時間が必要であると申入れた旨主張し、hはそれに沿う証言をするが・・・、原告は、令和5年1月3日時点でも、他に行くことは全く考えていない旨や、一応他の部署も考えるので条件を提案してもらいたい旨述べており・・・、令和4年12月時点で、定年の数か月後に被告を退職する確定的な意思を有していたとは認められない。定年が翌月に迫った原告が、就職活動のためには期間が必要である旨述べたことがあったとしても(なお、本件取扱基準3条1項によれば、本来であれば少なくとも継続雇用の可否は確定している時期であり、雇用契約書を締結していてもおかしくない時期である。)、それは再雇用契約の締結の申出を撤回する(再雇用契約が成立することについての合理的な期待を放棄する)ものであるとはいえないし、そのように述べたことがあるからといって更新の合理的期待を否定する事情となるとはいえない。hは、原告との面談の際、友人としてのアドバイスであるとしつつも、退職日を数か月間後にしてその間に有給休暇を取得し就職活動をするのがよい旨述べており・・・、そのことからしても、本件契約が原告の要望を受け入れて締結されたものであるとは言い切れず、被告の意向に沿って締結されたものであるとみる余地も多分にあるのであって(被告にとって、約2か月分の給与の支払と引換えに65歳まで雇用が継続するリスクを回避することができるのであれば、本件契約を締結することには合理性がある。)、原告が本件契約の雇用期間の満了をもって被告を退職するとの意思で本件契約を締結したとは認められない。また、原告は、令和5年1月5日に、同年3月15日まで雇用を継続する旨伝えられ、退職金の増額を求めたが・・・、要望どおり増額されたのであればともかく、実際に増額はされていないのであるから、これも更新の合理的期待を否定する事情となるとはいえない。本件契約の締結経緯を考慮しても、原告が再雇用契約の締結の申出を撤回したとはいえないし、更新の合理的期待を否定するに足りる事情は認められない。」
3.一方的な意向の押しつけでは、確定的な意思が認められない
以上のとおり、裁判所は、本件契約について、被告の意向に沿って締結されたものであるとみる余地も多分にあり、退職の確定的な意思を有していないことを理由として、不更新条項(文言)による合理的期待の喪失を否定しました。
確定的意思論は辞職や合意退職の効力を議論する場面でも用いられているロジックですが、裁判所の判断は、不更新条項(文言)にって課される合理的期待のハードルを乗り越えるにあたり、実務上参考になります。