弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

独立・起業した元従業員に対する嫌がらせ(懲戒解雇をしたという文書の配布等)が違法とされた例

1.独立・起業をめぐる紛争

 当事務所では、労働事件やフリーランスの働き方をめぐる事件を重点的に取り扱っています。こうした事件類型を取り扱う中で、独立・起業をめぐる相談を受けることがあります。競業をしてもいいのか/独立・起業をした後、旧勤務先から嫌がらせを受けないかといった相談が典型です。

 近時公刊された判例集に、後者・嫌がらせとの関係で参考になる裁判例が掲載されていました。宮崎地都城支判令3.4.16労働経済判例速報2468-29スタッフメイト南九州・アンドワーク事件です。

2.スタッフメイト南九州・アンドワーク事件

 本件で原告(反訴被告)になったのは、労働者派遣事業及び有料職業紹介事業等を業とする会社です。

 被告(反訴原告)になったのは、原告の元従業員であった方(被告Y1)と、被告Y1が代表を務める会社(被告会社)です。

 原告は、被告Y1が被告会社と共謀のうえ、原告の従業員を被告会社に引き抜いたとして、被告らに損害賠償を求める訴えを提起しました。

 これに対し、被告らは、原告の請求を争うと共に、名誉・信用を毀損する文書を配布したなどとして、逆に原告に対して損害賠償を請求する訴えを提起しました(反訴)。

 原告が配布した文書の一例は次のとおりです。

(裁判所の認定した事実の一部)

「原告は、平成30年9月21日付け文書を作成し、派遣先企業に配布した。『この度、弊社の元従業員であるY1氏(以下「Y1氏」といいます。)が、在職中に株式会社Y2(以下「Y2」といいます。)という弊社と競合する労働者派遣事業を事業目的とする会社を設立し、かつ、在職中にも拘らず、弊社の取引先及び宮崎営業所のスタッフをY2に引き抜くという重大な非違行為を行っていたことが発覚いたしました。また、同引き抜き行為の方法も事実と異なる内容を告げるものであったと聞き及んでおります。貴社におかれましては、以上のような非違行為を行っていたY1氏からY2へ労働者派遣契約を切り替えるよう勧誘されたとしても、一切取り合わないようお願い申し上げます。』」

(中略)

「原告は、平成31年3月18日付け文書(乙6)を作成し、原告の従業員に配布した。同文書は、以下の内容となっている。」

「『当社宮崎営業所の従業員であったY1氏(以下「Y1氏」といいます。)は、昨年8月31日当社を退職しておりますが、退職前から、株式会社Y2(以下「Y2」といいます。)という会社名により、当社と同種の事業を開始しております。その事実によりY1氏に対し懲戒解雇を申し渡しております。

 当社の調査により、Y1氏は、当社在籍中から、Y2を設立し、当社の従業員及び当社の取引先に対して、真実と異なる内容の説明を行う等をしていたことが判明しております。Y1氏は、退職後も同様の行為を継続しており、当社の事業に対して、重大な悪影響を及ぼしております。Y1氏及びY2は、当社の従業員に対して、Y1氏の独立を当社が全面的に承認している旨の説明をしているようですが、これは事実とは異なります。

 (中略)Y1氏及びY2は、当社が長年月をかけて構築した、このような有形・無形の資源を理由なくして侵奪しております。

 このような状況は、当社の取引先との関係でも、悪影響を及ぼしかねない行為であり、当社として、重大な問題であると受け止めております。』」

 このような類の文書が上記以外にも複数回配布されているという事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、原告の行為の違法性を認めました。

(裁判所の判断)

・社会的評価の低下について

「原告は、配布された文書に記載された情報は、派遣スタッフや派遣先企業にとって既知の事実であるから、配布された文書により、被告らの社会的評価が低下することはない旨主張する。」

「確かに、①被告Y1が、原告と競合する労働者派遣事業を目的とする被告会社を設立したこと、②被告らが原告の取引先及び原告の宮崎営業所のスタッフを被告会社に移籍させたということは、既知の事実であるということができる。」

「しかし、これらの文書中の『重大な非違行為』、『当社の事業に対して、重大な悪影響を及ぼしております』、『当社の従業員及び当社の取引先に対して、真実と異なる内容の説明を行う等をしていた』、『Y1氏に対し懲戒解雇を申し渡しております』、『Y1氏及びY2は、当社が長年月をかけて構築した、このような有形・無形の資源を理由なくして侵奪しております』、『Y1氏は、・・・当社の基幹システムである『スタッフナビゲーター』に保管されている顧客情報および個人情報を無断で持ち出し勝手に利用していた』等の記載は、既知の事実ということはできず、その事実の有無に関係なく、経済活動を営んでいく被告らの社会的評価を低下させるものであることは否定することができない。

・違法性阻却事由の有無について

「原告は、配布された文書に記載された情報は、公共の利害に関することである旨主張する。」

「しかし、上記文書に記載された内容は、原告と対立関係にある小規模な一企業にすぎない被告会社及びその代表者である被告Y1に関する事実及びその評価にすぎず、公共の利害に関する事実ということはできない。また、その記載内容も前記・・・のとおり、被告らを誹謗中傷するものであり、およそ公共の利害に関するものということはできない。

「また、原告は、原告が行った文書配布は、公益を図る目的に出たものである旨主張する。」

「しかし、そもそも上述のとおり、配布された文書に記載された情報が公共の利害に関するものということはできない。その上、『Y1氏からY2へ派遣契約を切り替えるよう勧誘されたとしても、一切取り合わないようお願い申し上げます』などといった記載からは、公益を図るためというよりは、原告の経済的利益を守るために、原告は文書の配布を行ったと認められる。

「さらに、配布した文書の真実性については、被告Y1を懲戒解雇した事実や、被告Y1がスタッフナビゲーターに保管されている顧客情報及び個人情報を無断で持ち出して勝手に利用していた事実は、真実ではなく、これを真実と信じたことに関する正当な根拠もない。

「よって、公共の利害に関する事実、公益を図る目的、内容の真実性に関しては、原告の主張を認めることはできず、これらを理由とする違法性阻却事由は認められない。

「また、原告は、被告らの引き抜きを受けて、自身の経済的損失を最小限に食い止めるために、派遣スタッフや派遣先企業に文書を配布せざるを得なかった旨主張する。」

「しかし、原告が派遣スタッフや派遣先企業に配布した文書は、前記・・・のとおり、被告らを誹謗中傷する内容を含んでいるものであり、それが複数回にわたり配布されていることなどに照らすと、相当性があるとは認められない。

「よって、原告の主張は採用することができない。」

「以上より、原告の主張する違法性阻却事由は認められず、原告は、被告らの被った損害につき、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

3.被告側の引き抜き行為にも違法性の認められた事案での判断

 本件の特徴の一つに、被告側の引き抜き行為にも違法性が認められていることがあります。

 被告Y1は在職中から被告会社を設立し、雇用スタッフを派遣して収益を上げていました。また、派遣スタッフを勧誘する際、原告と話がついているかのような話をしたり、派遣先企業に対して派遣スタッフの移籍を原告が了承済みであるかのような言動をとったりしていました。そのうえで実際に取引先を奪取し、原告に利益の逸失を生じさせているため、本件は労働者側にも問題のある事案であったといえます。

 それでも、裁判所が原告の行為に違法性を認めたのは、非があるからといって、何をされても甘受しなければならないわけではないことを示しています。

 残念ながら、起業・独立した従業員に対し、旧勤務先が種々の嫌がらせをしてくることは少なくありません。本件のような裁判例もあるため、非のないケースでは猶更、損害賠償請求等の法的措置をとることが検討されてもよいように思われます。