弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

在職中の引き抜き行為を理由に懲戒解雇された例

1.在職中の引き抜き行為の問題

 従業員が在職中に職場で引き抜き行為を行い、大挙して独立・同業他社への転籍を図ることがあります。こうした事件は、しばしば会社側からの従業員に対する損害賠償請求の可否という形で問題になります。

 例えば、大阪地判平14.9.11労働判例840-62 フレックスジャパン・アドバンテック事件は、人材派遣会社の元幹部らが在職中に派遣スタッフに対して同業他社への移籍を勧誘していた事案について、

「従業員は、使用者に対し、雇用契約に付随する信義則上の義務として就業規則を遵守するなど雇用契約上の債務を誠実に履行し、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務を負い、従業員がこの義務に違反した結果、使用者に損害を与えた場合は、これを賠償すべき責任を負うというべきである。」

「そして、労働市場における転職の自由の点からすると、従業員が他の従業員に対して同業他社への転職のため引き抜き行為を行ったとしても、これが単なる転職の勧誘にど(ママ)どまる場合には、違法であるということはできない。仮にそのような転職の勧誘が、引き抜きの対象となっている従業員が在籍する企業の幹部職員によって行われたものであっても、企業の正当な利益を侵害しないようしかるべき配慮がされている限り、これをもって雇用契約の誠実義務に違反するものということはできない。しかし、企業の正当な利益を考慮することなく、企業に移籍計画を秘して、大量に従業員を引き抜くなど、引き抜き行為が単なる勧誘の範囲を超え、著しく背信的な方法で行われ、社会的相当性を逸脱した場合には、このような引き抜き行為を行った従業員は、雇用契約上の義務に違反したものとして、債務不履行責任ないし不法行為責任を免れないというべきである。そして、当該引き抜き行為が社会的相当性を逸脱しているかどうかの判断においては、引き抜かれた従業員の当該会社における地位や引き抜かれた人数、従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響、引き抜きの際の勧誘の方法・態様等の諸般の事情を考慮すべきである。

「また、従業員が勤務先の会社を退職した後に当該会社の従業員に対して引き抜き行為を行うことは原則として違法性を有しないが、その引き抜き行為が社会的相当性を著しく欠くような方法・態様で行われた場合には、違法な行為と評価されるのであって、引き抜き行為を行った元従業員は、当該会社に対して不法行為責任を負うと解すべきである。

との規範を定立したうえ、会社側からの元従業員に対する損害賠償請求を一部認容する判決を言い渡しています。

 しかし、稀に、引き抜き行為が在職中に発覚し、懲戒解雇の可否という形で問題になることがあります。例えば、名古屋地判昭63.3.4労働判例527-45 日本教育事業団事件は、引き抜き行為を理由とする懲戒解雇の効力が問題となった事案について、幹部従業員への懲戒解雇の可否を有効とする判断をしています。

 在職中に他の従業員に対して引き抜き行為をしていることが発覚すれば問題になることから、通常、この種の行為は隠密裏に行われます。そのため、引き抜き行為が懲戒解雇の可否という形で問題になることは比較的少ないのですが、近時公刊された判例集に、引き抜き行為を理由とする懲戒解雇を有効とした裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.8.6労働判例ジャーナル105-30 福屋不動産販売事件です。

2.福屋不動産販売事件

 本件で被告になったのは、不動産の売買・賃貸・仲介及び管理等を目的とする株式会社です。

 本件の原告は複数名いますが、原告P2、原告P3は被告の幹部従業員であった方です。

 解雇当時、原告P2は、被告「福屋不動産販売(奈良)」の本部長として、奈良県全体を統括する立場にありました。「福屋不動産(奈良)」では3番目の地位にあったと認定されています。また、原告P3は「福屋不動産販売(奈良)」のP4店の店長の地位にありました。

 引き抜きに関しては、先ず、原告P2が、原告P3に対し、同業他社に転職することを伝えるとともに、今よりも良い給料を支払うことを告げるなどして転職を勧誘しました。その後、原告P2と原告P3が、被告会社の有望な従業員に対し、移籍を働きかけて行ったという経過が辿られています。

 結局、本件では内部通報により転職勧誘行為が発覚することになり、被告会社は原告P2及び原告P3を懲戒解雇しました。

 これに対し、原告P2及び原告P3は、懲戒解雇の無効を主張し、労働契約上の権利を有する地位の確認などを求める訴えを提起しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、懲戒解雇の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「 原告P2及び原告P3が、福屋不動産販売(奈良)の本部長及び店長という重要な地位にありながら・・・、福屋不動産販売(奈良)のP4店の従業員3名、P7店の従業員3名、福屋不動産販売(東京)の従業員1名に対し、『引き抜き』のための労働条件上乗せや300万円もの支度金を提示するなどして同業他社である近畿不動産販売のために転職の勧誘を繰り返したこと・・・は、単なる転職の勧誘にとどまるものではなく、『組織の原則を守らない逸脱行為』(本件就業規則(奈良)82条2項4号)に当たり、また、『会社の命令又は許可を受けないで、他の会社・団体等の』『営利を目的とする業務を行う』(同条8項1号)行為に当たる。」

(中略)

原告P2及び原告P3が福屋不動産販売(奈良)の本部長及び店長という重要な地位にありながら、P4店の従業員3名、P7店の従業員3名、福屋不動産販売(東京)の従業員1名に対し、同業他社である近畿不動産販売のために転職の勧誘を繰り返した。」

「また、原告P2及び原告P3は、福屋不動産販売(奈良)の7店舗のうち、P4店の店長に加え、営業職6名のうち2名、P7店の営業職6名のうち3名に転職の勧誘を行い、P5 SAやP11 MGには『引き抜き』のための労働条件上乗せをしたり、P11 MGには300万円もの支度金を提示するなどしている。

「さらに、転職の勧誘を受けた原告P3が福屋不動産販売(奈良)のP4店から約450メートルしか離れていない近畿不動産販売のP20店の店長となっており・・・、他の営業職も同店で勤務することが想定された上、その店舗探しも福屋不動産販売(奈良)在職中に行っていた・・・。」 

「加えて、内部通報により上記各転職の勧誘行為が発覚し(証人P17本部長、弁論の全趣旨)、福屋不動産販売(奈良)がP5 SAやP11 MGに対して説得するなどしてP5 SAらが翻意した結果(認定事実1(2)ウ、オ)、原告P3以外が転職するに至らなかったものの、そうでなければ、原告P2及び原告P3の上記各転職の勧誘により、福屋不動産販売(奈良)を含む福屋グループの相当数の従業員が近畿不動産販売に転職し、上記7名が勧誘の対象となったのはその営業成績が優秀であったためと考えるのが自然であることも考慮すると、その場合に福屋不動産販売(奈良)の経営に与える影響は大きかったものと容易に推測される。

「そして、原告P2及び原告P3が福屋不動産販売(奈良)の他の営業職や事務職にも声をかけていたことも窺われる・・・。」

「これらの事情に照らせば、原告P2及び原告P3の行為は、単なる転職の勧誘にとどまるものではなく、社会的相当性を欠く態様で行われたものであり、他方、原告P2及び原告P3がまもなく退職を予定していたことも考慮すると、本件解雇1及び2には、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる。

(中略)

原告P2及び原告P3は、取締役であったP28が退任直後に多くの従業員を引き抜いて株式会社スマイシア不動産販売を設立した際には懲戒処分すら行われていないなど、本件解雇1及び2が平等原則に違反する旨主張する(同主張が時機に後れたものとまではいえない。)。しかしながら、いずれも退任又は退職後に引き抜き等が発覚した事案であって、退職前に発覚した本件とは事案を異にし、上記事案の故に平等原則に違反する(本件解雇1及び2が相当性を欠く)ということはできない。

「以上によれば、本件解雇1及び2は有効であるから、原告P2及び原告P3の本件各地位確認請求及び本件各賃金請求には理由がない。」

3.主要な考慮要素は損害賠償請求の違法性判断の場面と共通する

 裁判所の判示事項を見てみると、懲戒解雇の可否を判断する上での主要な考慮要素は、損害賠償請求の場面で違法性の存否を判断する上での考慮要素と共通しているように思われます。

 在職中の幹部従業員には、従業員の営業成績や、賃金水準など、様々な情報が集まってきます。そうした情報を利用すれば、成績優秀な従業員を、現在よりも良い待遇をピンポイントで示しながら、転職を勧誘することができます。

 しかし、そうした誘惑に駆られると、内部告発等で足元を掬われることにもなりかねません。別段、推奨するわけではありませんが、もし、どうしても積極的に引き抜きをしたいというのであれば、退職後にした方が無難であるように思われます。