弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤務先からの従業員の引き抜き、顧客への働きかけ-どこまでやったら違法になるのか?

1.引き抜き行為/旧勤務先の顧客からの受注

 当事務所では、労働事件やフリーランスの働き方をめぐる事件を重点的に取り扱っています。こうした事件類型を取り扱う中で、独立・起業をめぐる相談を受けることがあります。競業をしてもいいのか/独立・起業をした後、旧勤務先から嫌がらせを受けないかといった相談が典型です。

 前者との関係で多いのは、

旧勤務先の従業員を引き連れて独立・起業できるのか?

旧勤務先の顧客からの注文を受注できるのか?

といった相談です。

 これに関しては、

「ある会社の労働者を勧誘し自らの会社等で雇用しようとすることは、職業選択の自由および営業の自由(憲法22条)に属する行為であり、基本的に自由になしうるものである。したがって、労働者の転職を勧誘する行為(いわゆる『引き抜き』も、通常の勧誘行為にとどまる限り違法(不法行為)となるものではなく、労働者を引き抜かれた会社はそれに伴う不利益を甘受しなければならない。これに対し、会社で在職中に得た情報等を持ち出して顧客を奪い取り会社に多大な損害を与えたり、在職中に内密に共謀して計画を進め同僚や部下を大量に引き抜き企業経営に重大な影響を与えるなど、転職や引き抜き等の手段、態様が悪質で社会的相当性を逸脱するほど著しく不当といえる場合には、不法行為として損害賠償責任が発生する」

と理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕917頁参照)。

 要するに、基本的には自由であるものの、やりすぎれば違法になるということですが、何がやりすぎに該当するのかは、それほど明確に分かっているわけではありません。昨日ご紹介した宮崎地都城支判令3.4.16労働経済判例速報2468-29スタッフメイト南九州・アンドワーク事件は、独立・起業にあたっての旧勤務先からの引き抜き行為や顧客への働きかけが違法とされるラインを知るうえでも参考になります。

2.スタッフメイト南九州・アンドワーク事件

 本件で原告(反訴被告)になったのは、労働者派遣事業及び有料職業紹介事業等を業とする会社です。

 被告(反訴原告)になったのは、原告の元従業員であった方(被告Y1)と、被告Y1が代表を務める会社(被告会社)です。

 原告は、被告Y1が被告会社と共謀のうえ、原告の従業員を被告会社に引き抜いたことなどを理由に、被告らに損害賠償を求める訴えを提起しました。

 裁判所は、次のとおり判示し、引き抜き行為等の違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「雇用契約が締結されると、会社の従業員は、使用者に対し、雇用契約に付随する信義則上の義務として、原告が主張するとおりの誠実義務を負い、従業員が誠実義務に違反した場合は、それによって生じた損害を賠償すべき責任を負う。そして、従業員が行った引き抜きが単なる転職の勧誘を超え、社会的相当性を逸脱して極めて背信的な方法で行われた場合には、誠実義務違反となり、債務不履行又は不法行為責任を負う。社会的相当性を逸脱した引き抜き行為であるか否かは、引き抜かれた従業員の当該会社における地位や引き抜かれた人数、従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響、転職の勧誘に用いた方法、態様等の諸般の事情を総合して判断することとなる。」

「また、企業が同業他社の従業員に対して自社へ転職するよう勧誘するに当たって、単なる転職の勧誘の範囲を超えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合、当該企業は、同業他社の雇用契約上の債権を侵害したものとして、不法行為責任を負うことになる。」

(中略)

「本件で問題となっている引き抜き行為は、いずれも派遣先企業を変えずに、派遣元企業だけを変えたというものである(登録状態スタッフはそもそも引き抜きの対象とならない。)。」

「このような場合、原告は、まずは、当該派遣スタッフの派遣料相当額の売上げを失うことになる。これに加え、当該派遣先企業のスタッフ受け入れ可能人数には上限があると考えられることから、原告が、当該派遣先企業へ代わりの派遣スタッフを派遣することが不可能になる可能性が高くなる。」

「そのため、原告から移籍してきた派遣スタッフを原告在籍時と同じ派遣先企業へ派遣する行為は、原告に対する影響が大きい。」

「被告会社は、被告Y1が原告に在職中の平成30年8月1日から4名の雇用スタッフをA株式会社に派遣し、収益を上げている・・・。被用者は、会社に在職中は雇用契約上、職務専念義務を当該会社に対して負っているので、当該会社が副業を認める等の特段の事情がない限り、実際に収益を上げることは許されない。」

「そうすると、被告Y1が、原告在職中に、被告会社を設立し、実際に収益を上げていた事情は、行為の悪質性を基礎づける。

被告Y1は、勧誘の際、派遣スタッフに対し、原告とは話がついているかのような話をし、他方で、原告には内密にするよう依頼し、派遣先企業に対しても、派遣スタッフの移籍は、原告も了承済みであるかのような言動を行っている。

「勧誘を受けた派遣スタッフにとっては、自身に対する待遇が最も大きな関心事であることは否定できないが、派遣先企業を変えることなく派遣元企業が変わることについては、従前雇用契約を締結していた原告との関係を気にして、原告による了承があるかは相当程度関心を持つのが通常であると考えられる。現に、Lも、原告と被告らとの間で、派遣スタッフの移籍について話がついていたと聞いたことが、移籍の決断をする理由となった旨供述している・・・。」

「また、派遣先企業にとっても、派遣スタッフを従前派遣してくれていた原告との信頼関係の問題から、原告による了承があるかは大きな関心事であると考えられる。」

「そうすると、派遣スタッフ及び派遣先企業に対する被告Y1の言動には、問題があるといわざるをえない。

(中略)

「よって、被告Y1は、引き抜き行為について債務不履行又は不法行為責任を負う。」

「また、被告会社は、被告Y1により設立され、被告Y1が代表取締役を務めることから、被告会社の行為と被告Y1の行為は一体といえ、被告会社は、引き抜き行為によって、経済的利益を得ている立場にある。」

「よって、被告会社は、被告Y1と共謀の上、社会的相当性を逸脱した引き抜き行為を行っていたものと認められ、不法行為責任を負う。」

3.在職中からの競業、旧勤務先との間で話がついているとの偽装は要注意

 本件の裁判所は、在職時から競業していたことや、旧勤務先との間で話がついていると偽装したこと(真実話がついていれば本件紛争は発生しない)を重視し、被告労働者の行為に違法性を認めました。

 事業を軌道に乗せてから独立したいという気持ちは分からないでもありませんが、在職中からの競合は裁判所に良い印象を与えないので注意が必要です。また、真実は話がついていないのに、話がついているかのように装って従業員や顧客に声を掛けることも、控えておいた方が良さそうです。