弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

シンポジウムに引き続いて行われた大学教授の退官(退職)記念祝賀会を大学経費として支出できるか?

1.退官(退職)記念祝賀会

 大学教授が退官(退職)する時、記念祝賀会が開催されることがあります。

 地位の特殊性が反映されるためか、大学教授の退官(退職)記念祝賀会は、学術的な性質を帯びていることが少なくありません。

 それでは、シンポジウムに引き続いて行われる退官(退職)記念祝賀会の費用を研究費等の大学経費から支弁することは許されるのでしょうか?

 大学教授の労働契約上の地位の特殊性には常々関心を持っていたところ、近時公刊された判例集に、この問題について判示した裁判例が掲載されていました。福岡地判令3.11.19労働判例ジャーナル121-56 国立大学法人九州大学事件です。

2.国立大学法人九州大学事件

 本件で原告になったのは、国立大学法人九州大学です。

 被告になったのは、平成22年3月31日に定年退職するまで原告大学院薬学研究院の教授の地位にあった方です。この方は、退職後、別の大学の客員教授に就任し、研究活動を行っています。

 平成22年3月6日、被告の定年退職を記念して「大学と科学を通じた社会貢献」と題するシンポジウム(本件シンポジウム)と「B教授退任記念感謝の夕べ」(感謝の夕べ)と題する会合が行われました(本件シンポジウム等)。

 被告は本件シンポジウム等に要した費用を大学経費から支出しました。

 しかし、原告は、本件シンポジウム等のうち感謝の夕べは単なる私的な退任祝賀会にすぎないとして、被告に対し、本件シンポジウム等のために支弁された費用のうち617万0646円の返還を求める訴えを提起しました。

 これに対し、被告は、 

「感謝の夕べは、本件シンポジウムの懇親会を兼ねており、参加者が幅広い分野の研究者と意見交換し、情報を得る重要な場であった。その参加者も、ほとんどが本件シンポジウムの参加者であり、本件シンポジウムで扱った事業の関係者であった。」

「会場の一隅に被告の親族等のテーブルがあったことは事実であるが、その場所は、パーティ会場が直接見えない、舞台袖の控室であったし、感謝の夕べ終了後に参加者に手渡された記念品の中身も、大型プロジェクトの成果報告の文書及び『薬学懇話会』をまとめた書籍であった。」

「また、被告及びC秘書は、本件シンポジウム等開催前に、原告の担当者から、寄附金による支出ができないと伝えられたことはなく、会議費に係る上申書や本件会社からの請求明細書の書換えなどに関する原告担当者による教示については不知である。むしろ、原告担当者が被告側に何らかの教示をしたのであれば、それは、本件シンポジウム等に関する支出が適切であると同担当者が判断したことの証左である。」

「なお、感謝の夕べの後に行われた二次会は、本件シンポジウムの懇親会の第2部に相当するものであって、崇城大学教授が司会を務め、マセドン大学総長らが挨拶を行った、公的な会である。」

などと主張し、感謝の夕べは単なる私的な退任祝賀会ではないと反論しました。

 しかし、裁判所は、感謝の夕べの性質について、次のとおり判示し、」

「雇用契約上の義務の一内容として、予算の管理及び執行に関する事務を行うに当たっては、その内容及び過程において原告の諸規程を遵守し、不適切な予算の執行等が行われないように注意すべき義務」

への違反を認め、原告の損害賠償請求を認容しました。

(裁判所の判断)

「感謝の夕べの趣旨を検討するに、『B教授退任記念感謝の夕べ』という会合の名称や、本件シンポジウム等の案内文において、同会合が被告から参加者に対する感謝の会と位置付けられていたこと・・・、また、感謝の夕べの準備段階においては同門者から被告に対する祝賀会を別途行う案も提案されていたが・・・、結局、80名程度の被告の同門者も感謝の夕べに出席することとなり・・・、これらの同門者に対しては、被告への感謝の意を表する会である旨の呼び掛けがなされていること・・・、また、感謝の夕べは本件シンポジウムに続いて行われているものの、看板を改めるなどして本件シンポジウムとは区別して開催されているところ・・・、酒類を含む飲食の提供を伴い・・・、被告に対する記念品の贈呈や、被告による参加者に対する見送りや記念品の贈与が行われたほか・・・、参加者から被告に対する祝い金も渡されていたこと・・・からすると、感謝の夕べは、被告と参加者が学術的な交流を行ったり、参加者に学術的な交流の場を提供したりするというより、むしろ、被告を主役として、その退任を祝い、これを記念することを主眼としていたものと認められる。」

「以上によれば、感謝の夕べは、『機能分子解析学専攻分野における研究を助成するため』という本件寄附金の目的に沿うものとは認め難く、同様に、会議費基準・・・において懇談会等で飲食を提供できる場合として定められた『外部資金の目的に沿った研究連絡の会合及び国際学術交流等に伴う懇談会』に当たるとは認められないし、『永年勤続に伴う祝賀会』(証拠〈甲35・補足説明書2頁によれば、就業通則43条1項3号が定める「永年勤続し、勤務成績が良好」な者〈教員を除く。〉として表彰を受ける者や、定年退職する教職員が一堂に会する祝賀会を想定している。)に当たるとも認められない。」

「したがって、感謝の夕べに続いて行われた二次会に係るものや、原告が印刷業者に対して直接支払った感謝の夕べのパンフレットの印刷費・・・も含めて、感謝の夕べに係る経費の支出が、本件寄附金の目的や、原告の諸規程に沿うものであったとは認められない。」

「また、被告や本件シンポジウム等の参加者の宿泊代金等・・・についても、経費支出が認められている旅費や本件シンポジウムに係る費用と別途に支給すべき理由は認められず、原告の諸規程に沿うものであったとは認められない。」

3.規程の内容も会の性質も事案次第ではあるが・・・

 この裁判例は個別案件についての事例判断であり、退官(退職)記念祝賀会一般について判示したものではありません。規程の文言等が異なっている法人や、会合の式次第によっては、別異の判断がされることも十分に有り得るだろうと思われます。

 それでも、退官(退職)記念祝賀会の費用が経費性を否定されたのは少し意外でした。コロナ禍以前、弁護士会でもシンポジウム後に懇親会をすることが珍しくありませんが、個人的な経験の範囲では、私的に懇親しているというよりも、会食しながら質疑応答の続きをしているという感覚でいることの方が多かったように思われます。

 裁判所の判断はやや厳格に過ぎるのではないかというきらいもありますが、本件ような裁判例が出たことは意識しておく必要があります。