弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不本意な退職勧奨を受けた時に行うべきこと-先ずは明確な拒否

1.退職勧奨の適否をめぐる紛争

 退職勧奨を受けて傷つく人は少なくありません。しかし、退職勧奨を行うことは、それ自体が禁止されているわけではありません。行き過ぎれば違法性を帯びるというルールがとられているだけです。

 それでは、退職勧奨が違法かどうかを判断するにあたっては、どのような要素に注目すればよいのでしょうか。

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。横浜地判令2.3.24労働判例ジャーナル99-1 日立製作所事件です。

2.日立製作所事件

 本件で原告になったのは、総合電機メーカーに勤務している方です。q3部長から違法な退職勧奨やパワーハラスメントを受けたと主張し、勤務先会社を相手に慰謝料などを請求する訴えを提起しました

 この訴訟の中で、裁判所は、次のとおり述べて、退職勧奨の違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「退職勧奨は、その事柄の性質上、多かれ少なかれ、従業員が退職の意思表示をすることに向けられた説得の要素を伴うものであって、一旦退職に応じない旨を示した従業員に対しても説得を続けること自体は直ちに禁止されるものではなく、その際、使用者から見た当該従業員の能力に対する評価や、引き続き在職した場合の処遇の見通し等について言及することは、それが当該従業員にとって好ましくないものであったとしても、直ちには退職勧奨の違法性を基礎付けるものではない。しかし、q3部長による退職の勧奨は、上記のとおり、原告が明確に退職を拒否した後も、複数回の面談の場で行われており、各面談における勧奨の態様自体も相当程度執拗である上、本件全証拠上、確たる裏付けがあるとはうかがわれないのに、他の部署による受入れの可能性が低いことをほのめかしたり、原告の希望する業務に従事して被告の社内に残るためには他の従業員のポジションを奪う必要があるなどと、殊更に原告を困惑させる発言をしたりすることで、原告に対し、退職以外の選択肢についていわば八方塞がりの状況にあるかのような印象を、現実以上に抱かせるものであったというべきである。また、q3部長は、原告に対し、単に業務の水準が劣る旨を指摘したにとどまらず、執拗にその旨の発言を繰り返した上、能力がないのに高額の賃金の支払を受けているなどと、原告の自尊心を殊更傷付け困惑させる言動に及んでいる。以上の事情を総合考慮すれば、上記面談におけるq3部長による退職勧奨は、労働者である原告の意思を不当に抑圧して精神的苦痛を与えるものといわざるを得ず、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した違法な退職勧奨であると認めるのが相当であり、不法行為が成立する。そして、q3部長の同不法行為は、被告の業務執行に関してなされたものといえるから、被告は、この点について使用者責任を負う。」

3.違法性判断のポイント

 この裁判例は、これまでの退職勧奨の違法性判断における基本的な考え方を、総浚いしたような判示をしています。

 具体的に言うと、裁判所は、冒頭で、退職に応じないとの意向を示した従業員に説得を継続すること自体は、直ちに違法ではないとの判断を示しています。

 しかし、

① 明確な退職拒否の意思表示の有無、

② 面談の回数、

③ 面談の態様、

④ 退職以外の選択肢がないかのような印象を、現実以上に抱かせるものか、

⑤ 自尊心を殊更傷つけ困惑させるような言動の有無、

といった要素を順次検討し、退職勧奨は行き過ぎ・違法だと判示しました。

 退職勧奨が違法かどうかを判断するにあたっては、どうしても実務的な相場感覚に依拠せざるを得ない部分が残ります。

 しかし、①~⑤のような判断要素のもとで退職勧奨の違法性が判断されていることは、一般の方も知っておいて良いことだと思います。

 特に①は重要です。明確な拒否の意思を表示することは、労働者側でコントロール可能な事情だからです。

 退職したくない労働者が退職勧奨の当否を問題にしていくにあたっては、先ずは退職勧奨に応じないことを明確に表示することが重要になります。

 解雇が難しそうな場合に、かなり強引な退職勧奨が行われる例は、個人的な経験の範囲でも、相当数観測されています。

 不本意な退職勧奨を受けた方が先ず行うのは、先ずは明確に拒否の意思を示すことです。それでも退職勧奨が止まらなければ、そうした経過を含め、事件化することができないのかを弁護士に相談してみることをお勧めします。