弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

直接の行為者ではない複数の者の懲戒-総合調整事務に基づく責任と監督責任

1.巻き添え型の懲戒処分

 官公庁や役所で不祥事が発生した場合、監督責任等の名目で、直接の行為者ではない方まで懲戒処分を受けることがあります。

 上長や同僚として気を配っていれば不祥事を回避できたのではないかと言われると、概念的には理解できるのですが、自分で非違行為をしたわけでもないのに不祥事を起こした他人の巻き添えで懲戒処分を受ける方を見るにつけ、大変気の毒に思います。

 近時公刊された判例集に、こうした巻き添え型の懲戒処分の取消請求が認容された裁判例が掲載されていました。長崎地判令3.10.26労働判例ジャーナル121-48 西海市事件です。この事件は、直接の行為者ではない複数の公務員の懲戒責任の軽重を考えるにあたり参考になります。

2.西海市事件

 本件で被告になったのは、長崎県の地方公共団体である西海市です。

 原告になったのは、西海市本庁市民課に勤務していた地方公務員の方です。西海市大島総合支所に勤務していた係長iがマイナンバーカード交付申請書等の速やかな事務処理を怠ったうえ、書類を紛失したことに連座し、6か月に渡る給料月額10分の1の減給処分を受けました。上司への速やかな報告・連絡・相談があれば、早期対応により、マイナンバーカード交付申請書等の紛失は回避できたというのが主な理由です。こうした懲戒処分に対し、その取消を求めて出訴したのが本件です。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を認め、懲戒処分を取り消しました。

(裁判所の判断)

懲戒権者は裁量権を有するものの、地方公務員の懲戒については公正でなければならず(地方公務員法27条1項)、同一の事由について、直接の行為者でない複数の者を懲戒するに当たっては、その関与の程度、職責等に応じて、懲戒処分の内容が公正なものでなければならないから、この点も留意しつつ、裁量権の逸脱、濫用の有無を検討すべきである。そして、減給処分を選択したことについては、i以外の者について共通であるから、特に処分理由〔2〕(本件紛失事故)の重大性に関わる事情を中心に、減給処分のうち6月間、給料月額の10分の1という内容の減給をしたことについては、関与の程度、職責等による差異が大きいものと考えられるから、特に処分理由〔2〕について、上記諸点に関する事情を中心に、公正性に留意しつつ、以下、裁量権の逸脱、濫用の有無について検討する。」

(中略)

「上記大島総合支所における事務遅滞及び本件紛失事故と原告の職責との関係について、前提事実・・・のとおり、原告は、番号制度に関する事務、各総合支所の個人番号カードについての総合調整に関する事務の担当者であり、各総合支所において、申請補助事務後、申請受付簿に入力し、交付申請書等の補助書類は本庁に送付することとされていたから、上記各事務について、各総合支所において事務の遅滞や不適正な事務処理がされていたことを認識した際には、適正な事務処理がされるよう働きかけることも上記総合調整に関する事務に含まれるといえる。」

「もっとも、上記各総合支所における、申請補助、申請受付簿の入力、本庁市民課へ送付するまでの補助書類の保管、本庁市民課への送付は、各総合支所が行う事務であり、これらについて責任を負うのは各総合支所の担当部署であり、原告が分掌するのは、その総合調整にとどまる。本庁市民課に所属する原告が、各市民課の担当者に対し、総合調整として働きかけることを超えて、指示命令する権限があるとは認められず、その指示命令権限を有するのは、各総合支所における各担当者の上司であり、大島総合支所においては、iの上司であるj支所長及びk課長補佐であったと認められる。」

「そうすると、その職責上、大島総合支所における事務遅滞及び不適正な事務処理について、原告の分掌する総合調整事務に基づく責任が、指示命令権限を有する大島総合支所長及び課長補佐の監督責任と、同程度に重いということは、当然にはいえない。なお、原告が本庁市民課における主担当者として番号制度に関する事務について最も通じていたことは、各総合支所における担当者の上司も、適切に監督ができる程度には所管する職務を把握した上で、監督すべきものであるから、上記責任の程度に影響するものとはいえない。」

(中略)

「大島総合支所における事務遅滞及び不適正な事務処理と原告の職責との関係に照らし、原告の総合調整事務に基づく責任は、大島総合支所における監督責任に比して、より間接的なものであり、原告が処分理由〔1〕に係るiの事務遅滞及び不適正な事務処理を具体的に認識していたことを考慮しても、その点については、一定の職責を果たし、その解消に一部寄与していること、処分理由において重視されたのは、処分理由〔2〕の本件紛失事故であることに照らして、重視することはできない。他方、本件紛失事故については、文書管理は通常、各部署の責任において管理されることからして、原告において、平成30年3月9日以降、同月末日までの時点において、本件紛失事故が発生することまで容易に認識し得たものとはいえず、大島総合支所においてiに対する監督が適正にされず、組織的な対応のための報告、連絡体制もほとんど機能していなかったことからすると、本件紛失事故の発生の回避との関係で、原告の責任が大島総合支所長や大島市民課長補佐の監督責任と同程度に重いということはできない。

「また、d課長(本庁課長 括弧内筆者)は、平成30年3月23日の問合せの件と併せて、主担当者である原告に対し、大島総合支所における事務の状況等について詳細かつ正確な報告等を求める端緒となる程度の認識を有していたといえ、組織的対応を要する他部署の事務遅滞及び不適正な事務処理については、他部署との対応に当たる上位の職責にあるものの責任が大きいということができるから、原告がより詳細な実情を認識していたことを考慮しても、原告の責任が、d課長の責任よりも有意に大きいとはいい難い。

「以上の諸事情に照らすと、処分行政庁が、原告について、直接行為者であるiに次いで、j大島総合支所長及びk大島市民課長補佐とともに、減給処分の中で最も重い処分をし、d課長との間で明確な差異を設けたことは、特に本件紛失事故の回避可能性に関して、職責を踏まえた関与の程度の評価を誤り、公正性に反したものであり、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権を逸脱又は濫用するものと言わざると得ない。

「以上のとおり、本件処分は、減給処分の内容として、減給6月間、給料月額の10分の1とした点で、裁量権を逸脱又は濫用するものであり、違法であるというべきである。」

3.総合調整事務に基づく責任<監督責任

 上述のとおり、裁判所は、上司の監督責任を中間管理職的な原告の責任よりも重いと位置付けました。これは直接の行為者ではない複数の者の懲戒処分の軽重を考えるうえで重要な視点です。

 こうした考え方と比例原則・平等原則が結びついたことが、原告への懲戒処分の取消に繋がっています。

 ある連座者の責任の軽重を考えるにあたっては、他の連座者がどのような処分を受けているのかの確認が重要です。処分内容によっては、適切な減給の期間など、かなり細かな争いにまで立ち入れる可能性があるからです。