弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

残業の許可制-「忙しいだろうと思うけど早く帰るように」等の言動があっても黙示の残業命令が認定された例

1.残業の許可制・事前承認制

 時間外勤務手当等の発生を抑止するため、事前に上長の許可や承認を得ることを残業の要件としている会社があります。

 これが実効性をもって運用されていて、許可や承認のない残業が明確に禁止されているような場合には、使用者に隠れて残業をしたとしても、時間外勤務手当等を請求することは困難です。

 他方、これが単なる名目上のもので、事実上残業することが黙認されていたような場合には、形式上、許可や承認が得られていなかったとしても、時間外勤務手当等を請求することができます。

 しかし、労務管理の現場では、両者の中間的な運用がされていることが珍しくありません。労働者が無許可・無承認で働いているのを目にすると、「早く帰るように」と帰宅を指示するものの、実際に帰宅まではさせないといったようにです。

 こうした場合、しばしば、禁止を無視して労働者が勝手に働いていただけなのか/使用者の側でも残業を黙認していたのかが問題になります。昨日ご紹介した、大阪地判令3.11.19労働判例ジャーナル121-40 アネビー事件も、無許可・無承認残業の労働時間性が問題になった事件の一つです。

2.アネビー事件

 本件で被告になったのは、遊戯器具、家具の製造及び販売等を目的とし、保育園や幼稚園に対して遊具等を製造・設置販売していた株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の定めのない労働契約を締結し、保育園や幼稚園に対して遊具の設置販売に関する提案営業を行う業務に従事していた方です。退職後、未払時間外勤務手当等(残業代)の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 しかし、被告の就業規則には、

「従業員が時間外労働、休日労働及び深夜労働をする場合には、あらかじめ所属長の許可を受けなければならない」

と明記されていたため、本件では、原告がしていた無許可・無承認残業の労働時間性が争点の一つになりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、原告の時間外勤務等の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「証拠・・・によれば、被告は、タイムカードや日報メールの送信時刻により、原告が所定の終業時刻後も業務に従事していることを認識していたものと認められるものの、原告は、F支社長やD副部長から残業が許可制である旨や残業が禁止されている旨を告げられたことはなく、残業許可申請書を見たこともなかったと認められ、その他本件全証拠によっても、被告が、原告に対し、時間外労働に従事することを禁じたり、これを行わないよう注意指導したりしたことを裏付ける客観的な証拠はない。これらの事情等によれば、被告は、少なくとも、原告が時間外労働に従事していることを認識しつつ、これを許容していたといえるから、原告の時間外労働は、少なくとも被告による黙示の残業命令に基づくものであるというべきである。」

「なお、F支社長の陳述書・・・には、原告に対し、一切の残業を強制したことはなく、定時を過ぎれば早く業務を終え帰宅するよう指導していた、原告からの残業申請は一切なく、事前に内容の報告を受けたこともなく、残業を許可したこともなく、『忙しいだろうけど早く帰るように』と指導したことがあった、原告に対し、採用面接の際、残業は自身の裁量で勝手に行い事後報告するような性質のものではなく、やむを得ない場合に限り、事前に理由を添えて申請し、当時の所属長であった自分が認めたもののみを被告が指示して時間外労働に従事してもらうものであり、それが残業だと厳密に訴えた、毎日ではないが、『体調は大丈夫か。仕事を早く終えて家に帰りや』などと声掛けをしていたとの記載があるほか、D副部長の陳述書・・・には、帰社後のメールについて即答を依頼したことはないとの記載があるが、これらを裏付けるに足りる証拠はない。仮にこれらの記載を前提とするとしても、F支社長及びD副部長の陳述書には、原告の入社後に原告に対して時間外労働を禁じていたことを示す記載はなく、F支社長が原告に対して伝えたとする、定時を過ぎれば早く業務を終え帰宅するようにとの発言や『忙しいだろうけど早く帰るように』『体調は大丈夫か。仕事を早く終えて家に帰りや』との発言についても、健康維持等の観点からできるだけ早く帰宅すべき旨を伝える趣旨にとどまり、時間外労働をしないようにとの趣旨の注意指導とは解されない。そして、F支社長の陳述書・・・には、同支社長は、タイムカードや日報メールによって、原告が残業していることを事後的には認識していた旨の記載もあることからすると、F支社長及びD副部長の陳述書の記載は、被告が、原告が時間外労働に従事していることを認識しつつ、これを許容しており、被告による黙示の残業命令があったとの前記認定を左右しない。

3.口で言われていただけであれば残業代請求を諦める必要はない

 社屋の中で残業をしていたことに証拠上の裏付けがある場合、形式的に早く帰宅するように上長から促されていたとしても、黙示の残業命令があったとして時間外勤務手当を請求できる事案は少なくありません。

 無許可・無承認残業であったとしても、釈然としなに思いを抱えている方は、一度、残業代請求の可否を弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。