1.パワーハラスメントの類型-過小な要求
このパワーハラスメントの類型の一つに、
「過小な要求」
があります。
過小な要求とは、
「業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと」
を意味します。例えば、
管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせることや、
気に入らない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと
が該当します(厚生労働省告示第5号 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針参照)。
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf
以前、行き過ぎた退職勧奨と相俟って、諸規程類を書き写させることが「過小な要求」であり違法だと判示された裁判例をご紹介しました。
規則類・諸規程類を書き写させることはパワハラになるか? - 弁護士 師子角允彬のブログ
この記事の中でも言及しましたが、やはり「過小な要求」類型のパワーハラスメントが違法だと言えるためのハードルは高かったようです。諸規定類の書き写しが違法だと判示された部分が、上級審で破棄されました。破棄した裁判例は、昨日もご紹介した、東京高判令2.10.21労働判例1260-5 東武バス日光ほか事件です。
2.東武バス日光ほか事件
本件で被告(控訴人)になったのは、一般乗合旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社とその役職員数名です。
原告に(被控訴人)なったのは、被告に対して正社員として入社し、路線バスの運転手として働いていた方です。男子高校生や女子高校生に対する不適切な言動を行ったことを理由に退職勧奨を受けたことなどを理由に、被告らに対して慰謝料等を請求したのが本件です。
一審裁判所は、退職勧奨の違法性を認め、原告の請求を一部認容する判決を言い渡しました。これに対し会社側が控訴したのが本件です。
慰謝料の発生原因として、原告は、退職勧奨に加え、運転士服務心得の筆写を命じられたことなどを主張しました。こうした指示は「過小な要求」であり、パワーハラスメントとして不法行為が成立するというのが原告の主張の骨子です。
これについて、一審裁判所は、退職勧奨と相俟って不法行為を構成すると判示しました。しかし、二審裁判所は、次のとおり述べて、筆写を命じた行為等の違法性を否定しました。
(裁判所の判断)
「被控訴人は、本件指示⑦(運転士服務心得の筆写と命じたこと等 括弧内筆者)が過小な要求であり、パワーハラスメントとして不法行為が成立すると主張する。」
「そこで検討するに、使用者が労働者に対してした業務上の指示・指導が、業務上の必要性・相当性を欠くなど、社会通念上許容される業務上の指示・指導の範囲を超えたものであり、これにより労働者に過重な心理的負担を与えたといえる場合には、当該指示・指導は違法なものとして不法行為に当たると解するのが相当である。」
「これを本件についてみると、前記・・・において認定・説示した事情に照らせば、控訴人会社において、被控訴人に対し、同人が惹起した苦情案件について反省を深めさせて再発防止を図るため、直ちに乗務に復帰させるのでなく、一定期間乗務をさせないで教育指導を実施することは、業務上の必要に基づく指示命令として、適法に行い得るものである。」
「そして、前記補正の上引用した認定事実によれば、控訴人会社は、被控訴人が傷病休暇明けであるという経緯を踏まえ、教育指導の開始当初は業務復帰訓練として特段の作業をさせず、その後は、運転士服務心得の部分的な閲読・筆写、過去の苦情案件に係るドライブレコーダー映像の視聴をさせながら、被控訴人に過去の苦情案件を惹起した原因について紙に記載させることを複数回繰り返したものであるが、このような行為が、前記のような教育指導の目的の範囲から逸脱するものであるとはいえない。また、前記のとおり同様の作業を複数回繰り返させたことについても、前記補正の上引用した認定事実によれば、被控訴人は、教育カリキュラム実施中の被控訴人の目付きその他の態度が良くないなどとして、改善意欲が十分でないと判断されていたこと(前記補正の上引用する認定事実・・・。被控訴人は、その後の統括会社での招致教育の際に「職場の方々をなるべく敵だと思わないよう努力します」などと感想を述べる・・・など、控訴人会社が行う指導について相当の不満や反発心を抱いていたものと推認されることも考慮すると、控訴人会社による上記判断が根拠を欠くものであったとは認められない。)や、被控訴人の記載した反省文の内容等が比較的簡単なものにとどまっており・・・、内省の深まりに疑念を生ぜしめるものであったことは否定できないことからすれば、必要性を欠くものであったとも認め難い。」
「そうすると、本件指示⑦については、業務上の必要に基づく指示、指導の範囲内の行為ということができ、これをもって、過小な要求として不法行為を構成するものとは認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。」
「これに対し、被控訴人は、本件指示⑦について、専ら被控訴人に苦痛を与えることを目的とした懲罰的な措置であるなどと主張するが、本件指示が被控訴人に対する乗務復帰に向けた教育指導として行われたものであり、業務上の必要に基づく指示、指導の範囲内のものであることは上記認定・説示のとおりであるから、上記主張は、採用できない。」
3.諸規定類の筆写に何か意味があるのか?
就業規則や諸規程類の筆写は、しばしばハラスメントへの該当性が問題になります。
個人的な経験の範囲で言うと、法律や規則を筆写したところで、その内容が頭に入ることはありません。私の感覚では、就業規則や諸規程類の筆写は、これと同様の行為であり、嫌がらせ以外に何の意味があるのか全く分かりません。
しかし、存外適法とされることが多く、本件でも適法と判示されました。
一審がこれを違法だと判示した時、活用できる裁判例が出たと思ったのですが、二審で破棄されてしまい、大変残念に思われます。