弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

規則類・諸規程類を書き写させることはパワハラになるか?

1.パワーハラスメントの類型-過小な要求

 パワーハラスメント(パワハラ)とは、一般に、

「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」

を意味するとされています(労働施策総合推進法30条の2)。

 このパワーハラスメントの類型の一つに、

「過小な要求」

があります。

 過小な要求とは、

「業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと」

を意味します。例えば、

管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせることや、

気に入らない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと

が該当します(厚生労働省告示第5号 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針参照)。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 パワーハラスメントに「過小な要求」という類型があることは、古くから知られていました。例えば、平成24年1月30日に公表された「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」でも、「過小な要求」は、パワーハラスメントの一類型として掲げられています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000021hkd.html

 しかし、古くから概念として確立している割に、「過小な要求」類型のパワーハラスメントの違法性を認めた裁判例は、それほど多くは公表されていません。

 その背景には、

過重負荷で労働者が精神的苦痛を受けるという構図に比して、業務負荷の軽さが労働者に精神的苦痛をもたらすという構図が分かりににくいこと、

上記に関連して、訴訟して割に合うほどの慰謝料請求の認容が見込めないこと、

業務上の適正な指導との線引きが必ずしも容易でないこと、

などがあるのだと思われます。

 こうした状況を踏まえて裁判例の動向を注視していたところ、近時公刊された判例集に、「過小な要求」に違法性を認めた事例が掲載されていました。宇都宮地判令2.10.21労働判例ジャーナル107-22 東武バス日光事件です。

2.東武バス日光事件

 本件は、被告会社の正社員である原告が、上司P3等から退職強要や人格否定、過小な要求というパワーハラスメントを受けたとして、被告会社やP3等に損害賠償を請求する訴訟を提起した事件です。

 原告の方は路線バスの運転士として勤務していました。バスの運転中、

危険な姿勢をとっていた男子高校生に対し「殺すぞ」などと言ったこと、

回数券を折りたたんでいれた女子高生に対し、不正乗車であるという認識のもと「担任の先生の名前と学年主任の名前とクラスと番号、教えて」などと言ったこと

などを理由に、上司P3らから、激しい叱責と退職勧奨を受けました。

 その後、原告は、反応性うつ病状態であるとの診断を受け、傷病休暇を取得して休職しました。

 「過小な要求」類型のパワーハラスメントが発生したのは、その後です。休職期間が明けて職場に復帰した時、原告の方は、次のような扱いを受けました。

(職場復帰後の件として認められた事実)

「原告は、令和元年9月17日、職場に復帰したものの、バスに乗車しない、いわゆる下車勤務となり、事務机に着席するように指示され、その他には指示を受けなかった。」

「原告は、翌18日午後、運転士服務心得・・・を読むよう指示され、翌19日、被告P4から、なぜ下車勤務となっているか、理由を文書に書くよう指示された。」

「原告は、同月23日、被告P4から、運転士服務心得を紙に書き写すように指示され、また、女子高生の件について、接客態度、言葉遣い及び服装等につき文書を作成するように指示した。」

「原告は、翌24日、被告P4から、運転士服務心得を書き写すように指示され、また、女子高生の件について、接客態度、言葉遣い及び服装等につき文書を作成するように指示した。」

「原告は、翌25日、朝から運転士服務心得を読み、午後からは、被告P7から、『黄色いバスの奇跡』という小説を読んで感想文を書くよう指示された。」

「その後、少なくとも同年10月14日に至るまで、原告は、文書を作成して提出すること、運転士服務心得を読み、紙に書き写すこと、上記小説を読んで感想文を書くことという指示を受けるにとどまり、これらの作業をしていない時間は、特に何もせずに着座するという状態であった。」

「被告P5は、原告に対する上記の指導教育において、原告が反省しますと述べると、これでは足りないとだけ言い続けたほか、原告に対し、このままでは乗務できないと言いつつ、どうすれば乗務できるようになるかは伝えなかった」

 本件では、こうした取り扱いが「過小な要求」として違法なパワーハラスメントに該当するのではないかが問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、被告会社の対応を違法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告に対する指導の必要性が高かったことに照らすと、原告を一定期間下車勤務とした上で、被告P4や被告P7が、原告に対し、運転士服務心得を読むことや女子高生の件について文書の作成を指示したこと自体は、上司として許容される相当な指示指導の範囲を逸脱するものとはいい難い。」

「しかしながら、前記前提事実、前記認定事実及び前記・・・のとおり、本件退職強要発言がされ、休職からの復帰後、被告P4や被告P7は、同種の読書と文書の作成を約1か月以上にわたり繰り返し指示し、原告は、作業のない時間は何もせずに着座する状態であった上、被告P5は、原告が反省の弁を述べてもこれでは足りないと言い、現状では乗車は不可能であると言い続けたのであって、いわゆる過少な要求を繰り返したと評価することができること・・・、これにより、原告が自主退職を迫られたと感じたと認められること・・・から、これらの事情及び前記・・・の事情を総合すれば、被告P4、被告P7及び被告P5の指示指導は、社会通念上許容される業務上の指導を越えた、過重な心理的負担を与える違法なものとして、不法行為に当たるといえる。

3.規則類、諸規程類の書き取りとパワーハラスメント

 漢字の書き取りというわけでもありませんし、規則類、諸規程類を書き写させても、それに教育的効果があるのかは疑問です。

 こうした無意味な作業は、一度でも違法だという判断があって良いように思われますが、裁判所は、読書指示や仕事を与えずに放置することを繰り返したり、行き過ぎた退職勧奨などを行ったりしたことと相俟って違法になると判示しました。

 結論として違法性が認められたとはいえ、やはり「過小な要求」類型のパワーハラスメントが違法だと言えるために乗り越えなければならないハードルは高そうです。