1.パワーハラスメント
パワーハラスメントの類型の一つに
「精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)」
があります。
この類型に関しては、
「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと」
が該当例として挙げられている反面、
「その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意をすること。」
は非該当とされています(令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」参照)。
要するに、問題行動に対する叱責自体が禁止されているわけではありません。また、他の労働者の面前で叱責すれば、即、ハラスメントに該当するとされているわけでもありません。
このように、叱責の違法/適法の境目はそれほど明確ではないのですが、近時公刊された判例集に、叱責との関係で目を引く裁判例が掲載されていました。東京地判令5.3.2労働判例ジャーナル146-52 アリスペッドジャパン事件です。何に目を引かれたのかというと、1年以上前の出来事を蒸し返して叱責したことに違法性が認められたことです。
2.アリスペットジャパン事件
本件で被告になったのは、海外及び国内における航空、船舶及び車両による貨物運素取扱事業等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告を退職した労働者です。退職後、未払残業代や、ハラスメントを理由とする損害賠償(慰謝料)を請求したのが本件です。
原告がハラスメントとして掲げた行為は複数に及びますが、興味を覚えたのは、次の判示です。
(裁判所の判断)
「第1の1の行為については、証拠・・・によっても、C代表の具体的な発言を認めることはできず、また30分間も継続したとまでは認めることはできないものの、C代表が、食事会の場で、1年以上前の出来事について,営業部の他の従業員の面前で一定程度の時間をかけて原告を叱責したとの限度では認めることができる。」
(中略)
「第1の1について、C代表は、1年以上過去の出来事について、食事会の場で、他の従業員の前で叱責をすること自体、指導方法として極めて不相当であるといえるから、原告の就業環境を害するものであったといえ、被告は、原告に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償義務を負うものというべきである。」
3.古い出来事をいつまでも蒸し返すのは不適切
過去の古い出来事について、いつまでも蒸し返し、叱責されることに苦痛を感じたことのある労働者は少なくないように思います。
こうした行為をハラスメントとして捕捉するにあたり、本裁判例は先例として活用できる可能性があります。特に、期間的な問題について、
「1年以上過去の出来事について、食事会の場で、他の従業員の前で叱責をすること自体、指導方法として極めて不相当」
とした部分が重要で、蒸し返しを不当とする目安として参考になります。