弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントがなくても職場環境廃配慮義務違反(職場環境調整義務違反)が認められるとされた例

1.職場環境配慮義務・職場環境調整義務

 使用者は、労働者に対して「働きやすい良好な職場環境を維持する義務」を負います。これを職場環境配慮義務(職場環境調整義務)といいます(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕282頁参照)。

 従来、一般的ないじめ・嫌がらせとの関係での職場環境配慮義務違反は、

「上司がいじめ・嫌がらせにあたる言動を繰り返した場合、許容範囲を超える執拗な退職勧奨や嫌がらせにより退職を強要した場合、上司や同僚による執拗・悪質ないじめ・嫌がらせにより被害者が自殺するに至った場合など、被害の発生に対し十分な予防措置をとるなど適切な対応をしていなかった場合」

などで認定されてきました(前掲『詳解 労働法』283頁)。

 しかし、近時公刊された判例集に、ハラスメントの成立を否定しながらも、職場環境配慮義務(職場環境調整義務)違反を認めた裁判例が掲載されていました。千葉地判令4.3.29労働経済判例速報2502-3 甲社事件です。

2.甲社事件

 本件で原告になったのは、被告(甲社)との間で期限の定めのない労働契約を締結していた方です。被告の運営するショーの出演者を務めていました。上司や同僚からパワーハラスメントやいじめを継続的に受け、これによって精神的苦痛を生じたと主張し、労働契約上の債務不履行や、不法行為・使用者責任に基づき、損害賠償を求める訴えを提起しました。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、被告の職場環境調整義務違反を認め、88万円の限度で原告の請求を認容しました。

(裁判所の判断)

原告は、本件出来事に関連して【A】SV(スーパーバイザー 括弧内筆者)、【B】SV、【C】SVにより、一連のパワハラを受け、うつ症状を発症し、増悪した上、【F】、【D】UM(ユニットマネージャー 括弧内筆者)、【E】SV、【G】、【H】、【I】を始めとする他の出演者により、出演者間の『カースト』に基づいた職場における常習的ないじめの一環としてのいじめを受けて、著しい精神的苦痛を受けたと主張するところ、【A】SVの側から、労災申請への協力を求める原告の心の弱さを指摘するものともとれる発言があったという限度において認めることができることは、上記・・・のとおりであるが、【B】SVの発言、【C】SVの発言については、これを認めるに足りる的確な証拠がなく、認めることができない。【A】SVの発言についても、社会通念上相当性を欠き違法となるとまでいうことはできない。【F】の発言、【D】UMの発言、【E】SVの発言、【G】の発言、【H】の発言、【I】の発言についても、それらの発言がなされたことを認めるに足りる的確な証拠がなく、一部認めることができる発言等・・の【D】UMの発言、【H】の平成29年11月222日の発言)についても、それが社会通念上相当性を欠き違法となるとまでいうことはできない。

「もっとも、原告は、これらのパワハラ及び職場における常習的ないじめがあったことを前提として、被告が、原告の仕事内容を調整する義務に違反し、職場環境を調整する義務に違反したと主張するものである。そして、原告の仕事内容を調整する義務の違反については、(1)原告は、本件出来事の後、うつ症状が発症し、過呼吸の症状が出るようになったが、来期の契約締結の可否に影響を与えることを慮り、できる限り人に知られないようにしていたこと、(2)【M】医師ら及び【q】の医師は、休職の上、療養に専念することを勧めたが、原告は、出演者雇用契約書の継続にこだわり、出演者としてのの就労を継続しながら遅漏を受けることを望んでいたこと、(3)被告は、原告が出演者としての就労を継続することを前提として、なるべくゲストに接することがないように配慮したアポジションである本件配役を配役したものであることからすると、被告が原告の仕事内容を調整する義務に違反したとまでいうことはできないが、職場環境を調整する義務の違反については、(4)原告は、過呼吸の症状が出るようになったことから、配役について希望を述べることが多くなったところ、過呼吸の症状が出るようになったことを原告ができる限り人に知られないようにしていたこともあり、他の出演者の中には、原告に対する不満を有するものが増えたのであって、原告は職場において孤立していたと認めることができるところ、(5)出演者間の人間関係は、来期の契約や員数に限りがある配役をめぐる軋轢を生じやすい性質があると考えられること、(6)原告は、本件出来事の後、うつ症状が発症し、過呼吸の症状が出るようになった後も、来期の契約締結の可否に影響を与えることを慮り、できる限り人に知られないようにしてきたが、原告の状況は、遅くとも平成25年11月28日及び12月18日の面談には、【K】部長、【L】MGRの知るところとなったことによれば、被告は、他の出演者に情報を説明するなどして職場の人間関係を調整し、原告が配役について希望を述べることで職場において孤立することがないようにすべき義務を負っていたということができる。ところが、被告は、この義務に違反し、職場環境を調整することがないまま放置し、それによて、原告は周囲の厳しい目にさらされ、著しい精神的苦痛を被ったと認めることがでいるから、被告はこれによって原告に生じた損害を賠償する義務を負う。」

3.ハラスメントがなくても従業員には孤立化しないよう配慮することが必要

 上記のとおり、裁判所は違法なハラスメントの存在を否定しながらも、職場環境配慮義務(職場環境調整義務)違反を認めました。

 このことは、ハラスメントの立証が成功しないケースでも、孤立して心身を病んだ労働者を保護・救済できる可能性があることを示しています。本裁判例は、労働者が保護・救済される範囲を拡張するものであり、実務上参考になります。