１．職業差別的な言動
職業に貴賎なしという言葉があります。しかし、総合職と一般職、弁護士とパラリーガル、医師と看護師といった権威勾配のある組合せのあるチームの中では、権威の高い側から権威の低い側に対して職業差別的・侮蔑的な発言がなされることがあります。
こうした職業差別的な言動は、ハラスメントとして不法行為を構成するとはいえないのでしょうか？
近時公刊された判例集に、こうした職業差別的な言動に不法行為該当性が認められた裁判例が掲載されていました。札幌地判令５．３．２２労働判例ジャーナル１３８－２６ 医療法人社団慈昂会事件です。
２．医療法人社団慈昂会事件
本件で被告になったのは、在宅診療クリニック（本件クリニック）等を経営する医療法人社団です。
原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、本件クリニックで看護師として就労していた方です。本件クリニック院長からハラスメントを受けたことを理由に慰謝料等を請求する訴えを提起したのが本件です。
本件の原告が問題視した言動の一つに、訪問診療に赴く車両内において、マスクの着用を促したところ、Ｄ院長か述べられた言葉がありました。
判決によると、令和３年３月１６日、Ｄ院長は、車両内で、次のような言動に及びました。
（裁判所で認定されたＤ院長の言動－録音反訳）
Ｄ院長
「Ｂ理事長に言うから
だって、おもしろくない思いして気分悪くして仕事したって意味ねぇだろ
このクソ生意気な女
バカ面白くない
医者に言うんだ、ありえない
ばーさん、ばーさんとかじゃないんだから考えろ
施設や病院いくなら、いくらでもいいよ、言ったっていい
こんな車のなかでオレと３人しかいないだろ
オレは絶対うつすことも、うつされることもないって、いつも言ってる
このバカ女は信用してないからだ
決められたことを守るだけだ
手一杯だ
自分の頭で処理する能力ないからだ、バカ女はだだ決められたマニュアル通りしかできない
それとオレに命令口調だ」
原告
『先生に命令わしていないです
マスクをして下さいとお願いしただけです』
Ｄ院長
「口答えするのか、このバカ
これ以上口答えするのか
黙ってればいいんだ
口答えするな
こんな面白くない思いして仕事
しないとダメなのか
だから交代してくれって言ってる
ここで確約してくれないなら
Ｂ理事長に電話するぞ
これでいいんだな
返事しろよ」
元常務兼ドライバー
「いいですよ」
Ｄ院長
「どっちがいいの
オレがＢ理事長に電話していいのか、その方がいいのか」
元常務兼ドライバー
「オレもするし」
Ｄ院長
「あなたがするなら、しないよ
じゃあ、あなたがしなさい
オレはしない、あなたがすれば充分じゃん
先生がメチャクチャ怒ってた
こんな女と仕事出来ないって
もう１人の看護師さんは、すばらしくいい看護師さん
オレ気に入ってる、メチャクチャ
医者と看護師は対等じゃないんだぞ
医者は難しい大学を難しい試験を受けて入学して、厳しい進級試験を６年間やって、そして更に更に厳しい国家試験、看護師より数段難しい国家試験を合格してきたオレ達とおまえら看護婦のあまちゃんの実習なんかとは、訳が違うんだバカ
全然違うんだ
同じ医療従事者だって、医者と看護婦じゃ
わきまえろ少し
市立医大なんてでたら一億数千万かかるんだ
おまえらなんて、せいぜいどこの
知らんけど、看護学校で奨学金でも貰って親から一切、仕送りなんて大してうけないで、ほとんどタダみたいなもので看護婦になってんだろ
全然違うよ おまえ
国立医科大学は、メチャクチャ難しい入試を受けて、メチャクチャ難しい進級試験を受けて、無茶苦茶難しい国家試験を受けて、やっとこさ１番になってるんだ
おまえら看護婦とは全然違うよ バカ
対等に口きくのは間違ってるんだ
バカ
こんなこと若い２０代３０代の医者は言わない
オレは６０歳すぎの男だぞ バカ
いい加減さらせ バカ
オレは経営者でも何でもないから言えるんだ
好きなこといいだけ言えるんだ
おまえら看護婦に
Ｂ理事長は辞められたらこまるから言わない
オレは許さないからな このバカ
一応私の願いは、あなたのほうからＢ理事長に言って下さい
私が言うとかどがたつから
いいね」
元常務兼ドライバー
「はいわかりました」
Ｄ院長
「後は何も言いません」
Ｄ院長
「あんたまさか、准看じゃないよな
看護師だよな
どっちなの言えよ あんたまさか、准看じゃないよな看護師だよな
おまえ准看か、それともちゃんとした看護師か、どっちよ
どっちよ言え
もし准看だったら許さないからな バカ
どっちなんだ、准看かどっちなんだ」
元常務兼ドライバー
「看護師ですよ」
Ｄ院長
「だったら看護師って言えばいいんだ
准看だったら許さないからな
あんなの助手さんに毛の生えたようなものだ、准看なんて
中卒で高校科の高校行って看護婦になって
准看クソ生意気のいるからな
ただ経験年数だけあるっていうだけで、医者に指図するバカバカしい
おまえら看護師っていうのはな、
医者の指示がないと何もできない人間だからな、言っとくけど
自分の判断で一切出来ないんだからな
まあ、看護業務はできるかもしれないけどな
医学的なことは一切できない
おまえ、すっかり忘れてるだろ
今こんな厳しいこと言う医者は全然いなくなったからな
看護婦を甘えさせたもんだ
まあ、せめて医者と対等に話できるのは
大学の看護学科を卒業した看護師だけだな
後のやつは話にならない
看護学校大したことない
全然違う
大学の看護学校でた人間は必ずいずれはどっかの病院の婦長になる
約束されてる
無理だろ、もうはっきり言って
高等看護学校でたくらいじゃ病院の婦長になれない
全部大卒だろ
今はそう言う時代だ」
こうした院長の言動について、裁判所は、次のとおり述べて、不法行為該当性を認めました（認容慰謝料額１０万円）。
（裁判所の判断）
「上記・・・のＤ院長の発言は、そもそも原告がマスクの着用を促したことに対するものであると認められる上に、『クソ生意気な女』、『バカ面白くない』、『バカ女』などというその侮辱的な内容のほか、繰り返し「『バカ』という侮辱的な言辞が用いられていること、医師と比べて看護師を著しく低く評価する趣旨の表現が含まれていることからすれば、原告に対する指導・教育の範疇にとどまるなどとは到底評価することができず、原告に対する不法行為を構成することが明らかである。」
３．ここまで露骨な事案は珍しい
冒頭で述べたとおり、権威勾配のある集団の中では、大なり小なり差別的な言動が生じがちです。
しかし、職業差別的な言動に対する世の中の見方が厳しくなる中、露骨な事案は減少傾向にあるように思います。そうした世相の中、ここまで露骨に差別的な言葉が用いられている事案は希少であるように思います。
チーム内での資格は、単なる役割分担の問題にすぎません。当たり前ですが、侮蔑的な言動はハラスメントとして不法行為を構成します。
例によって慰謝料は低額ですが、こうした言動で苦しんでいる方は、法的措置を講じることを検討してみても良いかも知れません。
