弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就業規則・懲戒処分の指針で使われている用語は、法令用語と同じ意味か?

1.法令用語には厳密な定義がある

 一般の方が法律や裁判例を読みこむことが難しい理由の一つに、法令用語の難解さがあります。

 法律や裁判例は日本語で書かれているため、一見すると誰でも読めそうに見えます。

 しかし、各々の法令用語には、厳密な定義があります。法律家の仕事の一つは、厳密に定義されている法律要件への該当性を判断して行くことです。この構造が分からないまま、法令用語を日常用語の語感で読み解こうとしても、法律や裁判例の趣旨を理解することはできません。法令や裁判例を読み込むことは、感覚的に言うと、外国語の解読作業に似ています。

 厳密な定義が存在する関係で、日常用語と法令用語とでは、同じ言葉が使われていても、意味が異なっていることが少なくありません。

 例えば、「つきまとい等」という言葉は、法令上次のように定義されています。

(ストーカー行為等の規制等に関する法律2条)

「この法律において『つきまとい等』とは、特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し、次の各号のいずれかに掲げる行為をすることをいう。」

(中略)

「五 電話をかけて何も告げず、又は拒まれたにもかかわらず、連続して、電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、若しくは電子メールの送信等をすること。」

(後略)

 つまり、恋愛感情やそれが満たされなかったことによる怨恨の感情が存在せず、純粋な悪意に基づいてメールの送信等を続けることは、法令用語で言うところの「つきまとい等」には該当しません。また、拒む行為がなければ、幾らメールの受け手が嫌だと感じていたとしても、「拒まれたにもかかわらず」という要件が欠けるため、連続してメールを送ることは「つきまとい等」には該当しません。

 こうした定義を無視して「悪意に基づいて何度もメールを送っているのだから、常識的に『つきまとい』だろう。それがなぜ法律で規制されないのか。」など法律実務を批判したところで、専門家には全く響きません。一部マスコミや素人のコメンテーターの裁判例批判が専門家から無視黙殺される理由は、このように日常用語と法令用語とを混同している点に原因があることも多いように思われます。

 それでは、就業規則や懲戒処分の指針といった法的な意味合いの濃厚な文書で法令用語と同じ言葉が使われていた場合、その定義はどのように理解されるのでしょうか?

 「つきまとい等」が懲戒事由として規定されていた場合、その用語法は、ストーカー行為等の規制に関する法律と同様の意味で理解されるのでしょうか? それとも、より日常用語に近い語感で理解することが許されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。福井地判令2.10.7労働判例ジャーナル107-26 公立小浜病院組合事件です。

2.公立小浜病院組合事件

 本件で被告になったのは、病院を経営する組合(地方公共団体の一種)です。

 原告になったのは、本件病院で内科診療部長として勤務していた地方公務員の方です。同じ病院に勤務する女性看護師に対し繰り返しメールを送付する等の「つきまとい行為」があったとして、停職3か月の懲戒処分を受けました。これに対し、処分の取消等を求めて出訴したのが本件です。

 原告は、

「本件懲戒処分は、『つきまとい』行為を行ったことを理由としているが、ここでいう『つきまとい』とは、ストーカー等の規制等に関する法律(以下『ストーカー規制法』という。)所定の『つきまとい等』と同義と解するべきであり、そうとすれば、懲戒処分対象行為となる『つきまとい』が成立するためには、懲戒処分対象者が、被害者からメール送付などを『拒まれた』事実と、相手方から拒否されていることを認識している事実が必要であるところ、原告と本件看護師とのメールの内容からすれば、これらの事実が存在しないことは明らかである。」

「なお、被告は、平成29年9月及び同年10月19日に本件看護師から原告に対し付き合いをやめるよう申出を受けたにもかかわらずメール送付を継続した旨主張しているが、同各日の後の原告と本件看護師とのメール内容からすれば、いずれの申出も撤回されたとみるべきであるから、この点からも『つきまとい』の事実はない。」

と述べ、ストーカー規制法で言われているところの「つきまとい」行為は存在しないと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べ、「つきまとい」行為の存在を認めました。

(裁判所の判断)

「上記認定事実によれば、平成29年9月及び同年10月19日に、本件看護師から原告に対し、個人的な付き合いをやめるよう申出があり、原告はこれを了承していたこと、それにもかかわらず、原告は、同月26日まで業務外の内容についてのメールを複数回送付し、また、同月25日午後9時頃に本件看護師の自宅を訪問し、郵便ポストへ本件シナリオ(※ 蘇生訓練のシナリオ。シナリオ上、被蘇生者の氏は本件看護師と同一であり、蘇生に当たるスタッフの一人の氏は原告と同一であった。括弧内筆者)を投函したこと、原告のこれらの行動に不快感や恐怖感を覚えた本件看護師が小浜警察署に相談に行った後、休職に至ったことが認められる。」

「これらの事実によれば、原告は、本件看護師の意に反することを認識の上で、繰り返しメールを送付する等のつきまとい行為を行い、本件看護師に精神的苦痛を与えたものと認めるのが相当であるから、本件懲戒処分に係る処分理由事実があったことが認められる。」

「これに対し、原告は、処分理由中の『相手方の意思に反することを認識の上で』とは、ストーカー規制法と同様に故意が要件となるところ、本件懲戒処分においてはこれが欠けている、また、本件における頻度のメール送付では『繰り返し』に該当しないなどと主張している。
しかし、ストーカー規制法と地方公務員法中の懲戒に関する規定とではその趣旨、目的が異なることからすれば、必ずしも懲戒処分においてストーカー規制法と同様の解釈を取らなければならないものではない。また、前記・・・認定のとおり、原告は複数回にわたり本件看護師から仕事外の付き合いを拒否されており、とりわけ、平成29年10月19日には、好意を持っている人物がいることから原告と会うことができないとまで告知されているにもかかわらず、原告は、その後も複数回にわたって業務以外の事項についてのメールを送付している。かかる事情からすれば、『相手方の意に反することを認識の上で』、メールを『繰り返し』送付したものと認めるのが相当であって、これらの点に係る原告の主張は採用できない。なお、原告は送付したメールの内容に問題がない旨も主張するが、そもそも個人的な付き合いを拒否している女性である本件看護師に対し、男性であり本件看護師の上司でもある原告が、本件看護師に対する個人的なメールの送付を継続すること自体問題のある行動であることは明らかであるから、原告の同主張も採用できない。」

「ほかに、原告は、本件看護師から個人的な付き合いを拒否された後も、本件看護師からメールの返信があったことなどから、同拒否は撤回されたものというべきである旨主張するが、拒否が撤回されたことを認めるに足りる積極的な事情はない。むしろ、上司と部下という原告と被告の立場に鑑みれば、原告からのメールに返信があったからといって、それだけで拒否が撤回されたと認めることはできないというべきである。よって、この点に係る原告の主張も採用できない。」

3.懲戒処分の指針上の用語はストーカー行為規制法上の用語とは一致しない

 被告組合の懲戒処分の指針では、

「相手の意に反することを認識の上で(中略)つきまとい等の性的な言動(中略)を繰り返した職員」

は停職又は減給にすると規定されていました。

 本裁判例は、この「つきまとい等」の意義を、傍論ながらストーカー規制法上の「つきまとい等」と一致させる必要はないと判示したものです。

 就業規則や懲戒処分の指針では、しばしば他の法令で定義されている用語が使われています。そうした場合に「他の法令ではこのように定義されている。」という主張が必ずしも有効打にならないことは、留意しておく必要があります。