弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

飲み会(接待・懇親会)に労働時間性が認められた事案

1.飲み会(接待・懇親会)の労働時間性

 労働基準法上の労働時間は、

「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」

と定義されています(最一小判平12.3.9労働判例778-8 三菱造船所(一次訴訟・組合側上告)事件参照)。

 この定義との関係で考えると、飲み会が労働時間として認められるのは、それが事実上強制されているなど、ごく例外的な場面に限られると思われます。裁判例の傾向としても、飲み会に労働時間性が認められた事案は決して多くはありません。

 昨日、認定基準に満たない労働時間で労災が認められた裁判例(高松高判令2.4.9労働判例ジャーナル100-1国・高松労基署長(富士通)事件)を紹介しました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/07/31/192143

 この裁判例は、労災認定との関係だけではなく、労働時間の認定においても特徴的な判断を示しています。何が特徴的なのかというと、飲み会(接待・懇親会)に労働時間性を認めているところです。

2.国・高松労基署長(富士通)事件

 本件は、くも膜下出血で死亡した労働者の遺族が提起した、労災の不支給決定に対する取消訴訟です。

 くも膜下出血による死亡は業務上の理由に起因するとして遺族補償給付や葬祭料の支給を請求したところ、高松労働基準監督署長が不支給決定をしたことから、その取消を求めて出訴した事件です。

 くも膜下出血の業務起因性を判断するにあたり、死亡労働者の時間外労働時間数が議論の対象になりました。その中で、死亡労働者の参加していた飲み会(接待・懇親会)が労働時間としてカウントされるのかが争点となりました。裁判所は、次のとおり判示して、一部飲み会に労働時間性を認める判断をしました。なお、q7とあるのが死亡労働者です。

(裁判所の判断)

業務に伴う懇親会等は、通常は、業務終了後の会食ないし慰労の場であることからすれば、懇親会等への出席は、基本的には使用者の指揮命令下に置かれたものとはいい難く、社会通念上、当該懇親会等が業務の遂行上必要なものと客観的に認められ、かつ、それへの出席や参加が事実上強制されているような場合にのみ使用者の指揮監督下に置かれたものと評価でき、その参加に要した時間は労働時間に当たると解するべきである。

「以下、個別の労働時間として争いのある懇親会等について、労働時間に当たるか否かについて検討する。」

「5月27日」

「前記認定のとおり、東京の本社から四国電力などの顧客挨拶のために統括部長代理ら3名が高松に来ていたことから、q9部長が主催者となり、同3名との懇親会を企画し、q7はこれに出席した。」

上記懇親会への直接的な参加強制はなかったものの、q7の直属の上司が主催者であり、四国エネルギー営業部の所属員のほとんどが参加するものではあったから、情報部門のリーダーの立場にあったq7としては、欠席することは事実上困難であったと考えられること(そのため、同日はフラダンスの練習の予定があったが、それを取りやめて、上記懇親会に参加している。)、慰労、懇親の趣旨も含まれるものであったとしても、本社の幹部社員との業務に関する意見交換の意味合いも否定できず、業務の円滑な遂行上も必要であったと認められるから、午後6時から午後9時までの上記懇親会参加時間3時間は労働時間と認めるのが相当である。

(中略)

「7月4日」

「前記認定のとおり、前任のq15支店長が東京から高松に出張に来る予定であったことから、総務部長及び社会ネットワーク部長によって懇親会が企画されたものであり、上記懇親会の参加者は明らかではないが、q7が友人に宛てたメールに、『呼ばれてて』、『他に呼ぶ人探しといて』と記載していることや部長職の主催であったことからして、情報部門のリーダーの立場にあったq7としては欠席することは事実上困難であったと考えられること、慰労、懇親の趣旨も含まれるものであったとしても、幹部社員との業務に関する意見交換の意味合いも否定できず、業務の円滑な遂行上も必要であったと認められるから、一般的な懇親会参加時間3時間(18時~21時)の限度で、労働時間と認めるのが相当である。上記懇親会が上記時間以上要したことを認めるに足りる的確な証拠はない(q7の22時28分の『おつきあい終了!つかれたぁ』とのメールのみで、同時刻まで懇親会がされたとは認められない。)。」

(中略)

「10月24日」

「前記認定のとおり、q7は、午後6時30分からの四国電力配電部との懇親会に参加しており、当時、q7の主な営業先は四国電力情報通信システム部門であり、配電部との関わりは間接的なものにとどまっていたものの、q7は、平成26年度において、情報部門のリーダーとして、配電部に対する営業も担当の範囲内であり、同部とも依然として仕事上の付合いがあったことからすると、上記懇親会は、今後の円滑な取引継続を期待した取引先に対する接待であると認められ、上記懇親会の参加時間のうち一般的な懇親会の時間である3時間の限度で労働時間と認めるのが相当である。それ以上の時間を要したことを認めるに足りる的確な証拠はない。」

3.労災の労働時間の概念と労働基準法上の労働時間の概念はおそらく異なるが・・・

 国・高松労基署長(富士通)事件は、労働者災害補償保険法の適用の場面において、飲み会(接待・懇親会)の労働時間性を認めた事例です。

 残業代請求と労災事件とでは、労働時間を問題にする理由や位置付けが異なっています。残業代請求の場面での労働時間は、割増賃金を請求するための要件事実そのものであるのに対し、労災事件の場面での労働時間は、労働者にどれくらいの大きさの負荷がかかったということを判断するための要素として位置づけられています。そのため、労災事件において労働時間に該当するかを判断するにあたっては、労働密度や業務の困難性といったものも指標の一つになります。しかし、残業代請求事件においては、こうした事情は考慮の枠外に置かれます(以上、『東京地裁労働部と東京三会弁護士会の協議会<第17回>』佐藤裁判官発言部分 労働判例1217-5参照)。

 以上より、本件(労災事件)で労働時間性が認められたからといって、直ちに類似した接待・懇親会に参加した人の残業代請求が認められるようになるわけではありません。

 ただ、そうであるとしてもなお、裁判所が飲み会(接待・懇親会)に労働時間性を認定した点は画期的です。本件は、参加したくもない飲み会に事実上の強制のもと行かざるを得なかった方が、残業代を請求する訴訟を提起する契機となる裁判例としても位置付けられます。