弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「もう来なくてもいい」系の言動への対応-働く気はないけれどもクビになるのは納得できない方へ

1.「もう来なくていい」系の言動への対応

 「『もう来なくてもいい』と言われた。こんな会社で働く気はないけれども、クビになるのは納得できない。」という相談を受けることがあります。

 こうした場合でも、解雇を争うことには一定の実益があります。

 解雇の無効が認められれば、解雇の意思表示を受けてから、解雇の無効が認められるまでの間の賃金を得ることができるからです。訴訟に絶対はないのでリスクはありますが、1年、1年半と裁判をやって解雇の無効が認められた場合、実際に労務を提供していなくても、かなりの金額を手にすることができます。解雇の無効が認められた後、退職の意思表示をするのは自由であり、解雇無効の判決が確定したところで、その会社で働かなければならないわけではありません。

 「もう来なくてもいい」系統の解雇なのか退職勧奨なのかが微妙な言動に関しては、先ずは解雇の意思表示として構成できないかを検討することになります。

 解雇は客観的に合理的な理由・社会通念上の相当性が認められない限り効力を有しないのに対し(労働契約法16条)、退職合意は錯誤・詐欺・強迫といった意思表示上の問題がない限り、その効力を否定することができないからです。実務的な感覚で言うと、解雇の効力を争う方が、退職合意の効力を争うよりも、ずっと簡単です。

 しかし、ここで一つの問題が生じます。

 解雇を主張するとして、いつ主張するのかです。

 すぐに解雇無効を主張すると、「もとより解雇したつもりはない。速やかに出勤されたい。」との回答が来る場合があります。本気で復職を狙っている事案であれば願ったり叶ったりで問題ないのですが、働くつもりがなく専ら金銭的な解決を企図して解雇無効を主張する場合には困ったことになります。

 しかし、だからといって時間を置きすぎると、「合意退職が成立している。長期間何も言ってこなかったのは、そういう趣旨ではないか。合意退職でないとしても、無断欠勤がここまで続いているのだから解雇する。欠勤期間中は労務の提供の意思表示を受けていたわけではないし、当然賃金は発生しない。」という趣旨の回答を寄せられることになります。

 それでは、いつ解雇無効を主張するのが最善手なのかと言うと、一律に言うことはできません。時間を置きすぎることが悪手であることは間違いないのですが、早期に介入するパターンと、ある程度時間を置いてから介入するパターンの二通りの選択が有り得ます。ある程度時間を置くというのは「出勤するようにとの働きかけが全然ないのだから、これは解雇というほかない。」という論法を展開するためです。

 早期介入パターンを選択するか、ある程度時間を置くパターンを採用するかは、事案毎の判断になります。

 一例を挙げると、他社就労など退職合意の根拠とされそうなことを早期に行う予定があるような場合には、早期介入を図ります。以降の行動が、解雇の効力を争う権利を留保したうえでのものであることを明確にするためです。他方、そうした特段の事情がない場合には、出勤要請がない時間を一定程度作り出してから介入することも選択肢として生じてきます。

 この介入時期の選択の問題は、あまり実務書で触れられているといった感がないのですが、個人的には重要で専門的な判断だと思っています。

 なぜ、このようなことを書こうと思ったのかと言うと、近時公刊された判例集に、退職合意をとられないために早期に解雇無効を主張したことが有効に機能した裁判例が掲載されていたからです。東京地判平31.4.25労働判例ジャーナル92-52 新日本建設運輸事件です。

2.新日本建設運輸事件

(1)事案の概要

 この事件で被告になったのは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、被告でトラック運転手として働いていた人達です。

 賃上げ等の労働条件の改善をめぐって会社と話し合いをしていたところ、会社側から解雇通知を受け取るのか、これまでの問題行動を謝罪して交渉を白紙化するのかの選択を迫られ、原告らは「もういいですよ。」などと言いながら解雇通知書等を手に取って退席しました。

 これが平成28年5月26日のやりとりです。原告らの最終出勤日は6月20日であり、その間、原告らは被告の求めに応じて私物を持ち帰ったり、車両を返還したりしました。最終出勤日の後、原告らの一部は他社就労をしています(他社就労しても、損益相殺される限度は決まっているので解雇無効を主張することは無駄にはなりません)。

 本件では、こうした一連の経過が、解雇なのか退職合意なのかが争点の一つとなりました。

 原告らが解雇通知書等を受け取って退席した時のやりとりの詳細は次のとおりです(h 氏とあるのは土建労組の担当者です)。

「原告ら6名及び被告代表者は、平成28年5月26日、土建労組江戸川支部に集まり、別々の部屋で待機しながら、h氏が双方の部屋を行き来して交渉を行った。被告代表者は、h氏を通じて、原告ら6名に対し、原告a、g氏及びf氏を解雇し、場合によっては、原告b、原告c及びe氏も解雇することを考えている旨を伝え、解雇だけは避けてほしい旨のh氏からの要望に対しても、特に原告a、g氏及びf氏の解雇は譲れない旨を強く述べていたが、仲介役のh氏からの再三にわたる要望を受け、h氏に対し、原告ら6名がこれまでの行動を謝罪するとともに、これまでの交渉を全て白紙に戻すのであれば解雇しない旨を伝えた。」
「h氏から被告代表者の話を聞いた原告ら6名は、被告代表者が待機していた部屋に向かい、被告代表者と直接交渉を行った。被告代表者は、原告ら6名に対し、過去の問題行動等を謝罪するとともに、これまでの交渉を全て白紙に戻すことを求めたが、原告ら6名がこれに応じることはなく、また、賃上げについても、双方とも従前どおりの提案と回答をするのみで交渉は進展しなかった。そのような中で、被告代表者は、原告ら6名に対し、目の前の長机の上に置いていた原告ら6名全員分の本件解雇通知書等を示しながら、本件解雇通知書等を取るのか、それとも過去の問題行動等を謝罪するとともに、これまでの交渉を全て白紙に戻すのかのいずれかを選択するように求めた。これに対し、原告bは、原告aに対し、『もういいよ。話にならないよ。』等と述べ、原告aも、被告代表者に対し、『もういいですよ。』等と述べるとともに、被告代表者においていずれかを選ぶように求めた。しかし、被告代表者から原告ら6名が選ぶように求められたため、原告aは、原告ら6名全員分の本件解雇通知書等を手に取り、その他の者とともに部屋を出た。」

(2)裁判所の判断

 裁判所は次のように述べて、これは解雇だと判示しました。

「被告は、平成28年5月26日の原告らと被告との間のやり取り等を基に、原告らと被告との間には退職合意が存在すると主張する。」
「しかし、同日の原告らと被告との間のやり取りは、上記1(2)の認定事実のとおりであるところ、原告らが本件解雇通知書等を手に取り、部屋を出たのは、被告代表者から、本件解雇通知書等を取るのか、それともこれまでの行動を謝罪するとともに、これまでの交渉を全て白紙に戻すのかのいずれかを選択するように求められたためであり、その後、原告らが被告代表者に対し不当解雇である旨を述べていたことからも明らかなように、原告らが被告に対し被告を任意に退職する意思を示していたということはできない(原告らの「もういいですよ。」等の発言についても、上記の選択を求めた被告代表者の意思が固いことを認識し、それ以上の交渉を断念したことによりされた発言であり、当該発言をもって被告を任意に退職することを了承した趣旨であると解することはできない。)。」
「そして、上記1(1)ウ及び(2)のとおり、被告代表者は、原告らを(原告b及び原告cについては条件付きで)解雇する意思を固め、予め原告ら全員分の本件解雇通知書等を作成した上で平成28年5月26日の直接交渉に臨み、その旨を原告らに伝え、その後、原告らに対し、解雇の意向を完全に撤回することなく、原告ら全員分の本件解雇通知書等を示した上で、本件解雇通知書等を取るのか、それともこれまでの行動を謝罪するとともに、これまでの交渉を全て白紙に戻すのかのいずれかを選択するように委ねたのであるから、原告らが本件解雇通知書等を手に取り、部屋を出た時点で、原告らに対し、確定的な解雇の意思表示をしたと認めるのが相当である。」
「これに対し、被告は、同日以降、最終勤務日までの原告らの言動から退職合意が存在したことが裏付けられる旨を主張するが、上記のとおり、原告らが、被告から確定的な解雇の意思表示をされた上、最終勤務日の2日後である同年6月22日、本件各解雇が無効である旨主張する通知書を被告宛に送付していることに照らせば、その後、被告に対して労働契約の継続を求めなかったり、被告の求めに応じて私物を持ち帰ったり、被告に車両を返還したりしたとしても、被告を任意に退職することについて合意していたと認めることができないことは明らかである。

3.本件で解雇とされたのは当然であろうが・・・

 本件は解雇通知書の用意までなされていた事案であり、一連のやりとりが解雇だと評価されたのは、当然といえば当然のことだと思います。

 しかし、私物の持ち帰り・被告への車両の返還といった労働契約の存続を望むことと矛盾していると捉えられかねない挙動が、最終勤務日の2日後という比較的早い段階で解雇無効を主張する通知書が送付されている事実から問題視されなくなっていることは、注目に値する事実認定ではないかと思います。

 これは早期の解雇無効の主張が、事件処理の中で有効に機能した一例として位置づけられます。

 事件処理を行うにあたっては、一つ一つの行動が、後の手続との関係でどのように評価されるのかを考えながら行動を組み立てて行かなければなりません。

 多数の裁判例を読み込んでいる専門家でなければ、これを行うのは難しいと思います。そのため、揉め事になりそうだと思ったら、できるだけ早い段階から弁護士に相談しておくことが大事です。ご自身の手に負えなくなってから相談に来る方もおられますが、弁護士的な感覚で言うと、行動選択の幅が広がるので、できるだけ早い段階から相談しておくことが望ましいのではないかと思います。