弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇回避努力の判断にあたり、労働者の対応の不誠実さが考慮要素にされた例

1.労働者の帰責事由と経営上の理由が複合する解雇

 「企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇」を整理解雇といいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕397頁参照)。

 整理解雇の有効性は、①人員削減の必要性があること、②使用者が解雇怪異努力をしたこと、③被解雇者の選定に妥当性があること、④手続の妥当性の四つの要素に基づいて厳格に検討されます。

 それでは、労働者の帰責事由と経営上の理由が複合する場合、解雇権行使の可否はどのように判断されるのでしょうか?

 前掲『類型別 労関係訴訟の実務』399頁は、

「このような場合には、労働者の帰責事由による勤務成績不良と経営上の理由を区別したうえ、前者については解雇を是とするほど成績不良なのかを検討し、後者については整理解雇の4要素について充足しているかどうかを検討し、どちらか1つを肯定できる場合でなければ、解雇を有効とすべきではないとえる。」

と指摘しています。

 しかし、近時公刊された判例集に、整理解雇の考慮要素を検討するにあたり、労働者側の対応の不誠実さが考慮された裁判例が掲載されていました。東京高判令5.8.3.労働経済判例速報令5.8.3 労働経済判例速報2025-42 クレディ・スイス証券事件です。

2.クレディ・スイス証券事件事件

 本件で被告になったのは、総合的に証券・投資銀行業務を展開する株株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、プライベート・バンキング本部内に設置されたマルチ・アセット運用部の部長として勤務していた方です。

 平成30年2月にマルチ・アセット運用部が廃止されたことを受け、同年2月18日、原告は解雇されました。これに対し、解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴訟を提起しました。一審で地位確認請求が認めらなかったため、原告側が控訴し、これに対して被告も控訴(附帯控訴)したのが本件です。

 二審も原告の地位確認請求は棄却しましたが、解雇回避努力義務との関係で、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、前記・・・のとおり、E部長が退職した際などに、控訴人を当該職務に復職させれば、控訴人の解雇は容易に回避することができたこと、控訴人においては、D本部長の権限が及ぶ範囲での解雇回避努力義務を果たせば足りるものではなく、その法人としての解雇回避努力を尽くす必要があったところ、解雇回避義務を尽くすためには、社内公募案件を紹介しただけでは足りず、被控訴人において積極的に具体的な異動先を差配することにより、主体的に解雇回避に努める必要があったなどとして、被控訴人においては解雇回避義務を尽くしていない旨を主張する。」

「しかしながら、被控訴人において、控訴人の適性や意向にも配慮しながら、被控訴人の人事制度上取り得る異動に向けた提案をした(なお、本件証拠上、被控訴人においては、部門ごとにそれぞれ人事権を有しており、部門長であっても他の部門の人事権を有しておらず、部門をまたいで異動する場合には、社内公募に応募して審査を受け、これに合格しなければならないという人事制度を採用しているものと認められるところ・・・、この点について、控訴人は、被控訴人における人事制度が上記のようなものであることにつき契約上・社内規定上の根拠をもった具体的な立証がされていない旨主張するが、同主張は、何ら上記認定を左右するものではなく、採用するおとができない。)のに対し、控訴人は、①応募しない正当な理由がないにもかかわらず、提示されたポジションに対して一切応募をせず、②被控訴人から複数回に渡り面談を求められても、都合がつかないとか差し支えというだけで、具体的な理由を示さないまま面談に応じないのみならず、候補日の対案を示すなどの対応も取らず、③その後も被控訴人から度々面談の申し入れを受けるなどしたにもかかわらず、これに取り合わず、④鎖骨骨折による疼痛が増強し、面談に行くことができないとして被控訴人との面談を拒否し続ける一方で、テニストーナメントに参加し、試合にも出場するなど、極めて不誠実な態度による対応に終始し、真摯な対応を長期間にわたって怠っていたものといわざるを得ないこと、被控訴人において、平成30年4月12日に別表2(略)の番号5のポジションを提案した後に、控訴人に対して新たな異動先候補となるポジションの提案等(控訴人が主張する、控訴人をE部長の後任に充てるなどの措置を含む。)を行った事実を認めるに足る証拠はないものの、控訴人の上記のような極めて不誠実な対応も考慮すると、被控訴人においては、信義則上要求される解雇回避のための努力を尽くしたものと認めるのが相当であることは、前記引用に係る原判決『第3 当裁判所の判断』・・・において認定説示したとおりであって、控訴人の上記主張は、上記認定説示に照らし、採用することができない。

3.整理解雇が予見されるときであっても対応には注意した方がいい

 整理解雇の可否の問題と勤務態度不良の問題とは、基本的には区別されるべき問題だと思います。打診された社内公募に応じなかったり、面談を拒否したりしたからといって、それが直ちに解雇を正当化するような勤務態度不良に該当するのかには疑義があります。

 しかし、本件のように使用者側からの働きかけへの対応が解雇回避努力の考慮要素とされてしまっている例を見ると、部署が廃止され、整理解雇が予見される場合の身の振り方には、やはり注意が必要だなと思います。