弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクシュアルハラスメントに対し、使用者責任と安全配慮義務違反のそれぞれで慰謝料が認められた例

1.セクシュアルハラスメントの被害者が会社に責任を追及するための法律構成

 上司や同僚からセクシュアルハラスメント(セクハラ)を受けた被害者は、加害者に対して損害賠償を請求することができます。

 しかし、個人である加害者には、十分な賠償資力がないことがあります。

 加害者個人への損害賠償請求の実効性が不分明な場合には、勤務先会社に対する損害賠償請求を視野に入れることになります。

 この場合の法律構成は、主に二つあります。

 一つは使用者責任です。

 これは、

「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。」

と規定する民法715条1項本文に基づく請求です。加害者を使用していた会社は、加害者が仕事をする中で他人に与えた損害を賠償する義務があります。これに基づいて、加害者の責任を肩代わりしろというのが、使用者責任という法律構成です。

 もう一つは、安全配慮義務違反です。

 民法415条1項本文は、

「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。」

と規定しています。

 また、労働契約法5条は、

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」

と規定しています。

 安全配慮義務違反は、

使用者には労働者の安全に配慮する義務(債務)がある、

この債務をきちんと履行していないから、セクハラ被害に遭った、

よって、勤務先は、セクハラ被害で生じた損害を賠償せよ、

とする法律構成です。

 多少の相違はあるのですが、いずれの法律構成をとろうが大筋において結論に差はないとするのが一般的な考え方で、多くの弁護士は、都合の良い法律構成を適宜選択して訴訟提起しているのではないかと思います。

 しかし、近時公刊された判例集に、使用者責任と安全配慮義務違反とのそれぞれで慰謝料を認定した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令6.10.22労働判例ジャーナル158-34 ジャパンチキンフードサービス事件です。

2.ジャパンチキンフードサービス事件

 本件で被告になったのは、ダイニングバーや居酒屋等の飲食店を営んでいる株式会社です。

 原告になったのは、被告の従業員として飲食店(本件店舗)で勤務していた方です。本件店舗において外国人スタッフdから付き纏われ、体を触られるなどの被害を受けたとして、安全配慮義務違反や使用者責任を理由に慰謝料を請求する訴えを提起しました。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて、使用者責任、安全配慮義務違反の双方を認め、それぞれについて各30万円、合計60万円の慰謝料の支払を命じました。

(裁判所の判断)

・dの原告に対する性的嫌がらせの有無について

「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、令和4年11月27日午前4時頃、本件店舗の営業が終わり、私服に着替え、帰宅しようと本件店舗の出入口に向かっていたところ、dが原告を追いかけ、背後から原告に話しかけたこと、原告は、出入口付近で立ち止まったが、dは、出入口を背にして原告と向かい合う位置に立ち、右手で原告の上着の袖を引っ張って原告の体を自分の方に引き寄せようとしたり、原告の右肩に左手を伸ばして原告の上着の襟首をめくったりし、また、原告の背中付近に左手を伸ばし、原告の服の上から背中付近をつまんで揺らすようにしてブラジャーのホックを外そうとしたことが認められる。」

「被告は、dが原告と談笑していた際、原告の体に触れたことがあったかもしれないが、原告の意思に反して原告の体に触れたことはない旨主張し、dもこれに沿う供述をする。しかし、dの供述は、録画データ・・・から認められる当時の客観的状況に明らかに反するものであって、およそ信用することができず、これに依拠する被告の上記主張も採用することはできない。」

「そして、dの原告に対する前記・・・の身体的接触の状況に加え、本件は原告が本件店舗で勤務するようになってから3日程度しか経っていない日の出来事であり・・・、原告がdによる身体的接触を許容するとはおよそ考え難いことからすれば、dの前記行為は、原告の意思に反してされた性的嫌がらせに当たると認められる。」

「したがって、dの前記行為は、原告に対する不法行為を構成するというべきであり、また、被告が経営する本件店舗で行われたものであるから、被告は、dの使用者として、dの前記行為により原告が被った損害につき、使用者責任(民法715条)を負う。

・被告の安全配慮義務違反の有無について

被告には、原告との雇用契約上、従業員である原告の生命、身体が害されないようにすべき安全配慮義務があるところ、前記1で説示したとおり、本件店舗において、原告がdから性的嫌がらせを受けるという事態が生じており、また、被告において、このような事態が生じないための対策等が講じられていた形跡もないから、被告は、原告に対する安全配慮義務に違反したものとして、原告が被った損害を賠償する責任を負う。

「被告は、職場でのセクシャル・ハラスメントを容認しない方針を広く従業員に認識させ、相談や苦情に対応するための窓口を明確にしており、安全配慮義務違反はない旨主張するが、被告がこのような対策等を講じていたことを認めるに足りる証拠はない。また、被告は、被告の副社長が原告の相談に応じ、録画データを原告に渡したり、原告の希望に沿って原告を別の店舗に異動させたりするなどの対応をとっていたとも主張するが、被告において、原告やdから詳細な状況の聞き取り調査を行ったり、dに対する指導や原告に対する謝罪の措置等を講じたりするなどした事実は認められない(甲5、原告本人5、20頁)のであり、被告が主張する上記対応だけでは、従業員から性的嫌がらせを受けた旨の訴えがされた会社の対応として不十分というべきである。被告の上記主張はいずれも理由がない。」

・原告の慰謝料の額について

以上によれば、被告は、原告に対し、原告が受けた精神的苦痛を慰謝する金員を支払う義務を負うところ、原告がdから受けた性的嫌がらせの状況及び内容のほか、原告は、もともとADHDに罹患して精神科に通院していたところ、dによる性的嫌がらせの後、不眠等の症状が悪化したこと・・・など、本件に現れた一切の事情を考慮すると、使用者責任に基づき、被告が原告に対して支払うべき慰謝料の額は30万円と認めるのが相当である。

「また、上記の事情に加え、被告において、従業員が性的嫌がらせを受けないようにするための対策等が講じられていなかったこと・・・、被告は、原告がdから性的嫌がらせを受けた後、被告の副社長が原告の相談に応じ、dによる性的嫌がらせの状況が撮影された録画データ・・・を確認し、原告の希望に沿って原告の勤務先を変更するなどした・・・ものの、原告やdから詳細な状況の聞き取り調査を行ったり、dに対する指導や原告に対する謝罪の措置等を講じたりするなどした事実はなく・・・、原告から慰謝料の請求・・・を受けても、その話合いに応じることもなく、むしろ、原告が本件訴えを提起すると、原告のシフトを減らすなどの対応に及んでいること・・・など、本件に現れた一切の事情を考慮すると、安全配慮義務違反の債務不履行に基づき、被告が原告に支払うべき慰謝料の額は30万円と認めるのが相当である。

3.選択的併合ではなく単純併合とするべきか?

 使用者責任によって被った損害と安全配慮義務違反によって被った損害とは重複することが少なくありません。

 例えば、セクハラによって働けなくなって収入を逸失した場合、

①セクハラ被害⇒収入の逸失(使用者責任)

②セクハラ防止措置違反⇒セクハラ被害⇒収入の逸失(安全配慮義務違反)

という因果の流れを示すことができます。

 逸失利益を請求するにあたっては、①、②いずれの法律構成をとろうが、責任原因が認められる限り大差ありません。こうしたこともあり、使用者責任と安全配慮義務違反は選択的併合(どちらかの請求さえ認められればそれで良いという請求形態)がとられることが少なくありません。損害の二重取りは法律上許容されていないからです。

 しかし、本件の裁判所は慰謝料額との関係では、

使用者責任で幾ら、

安全配慮義務違反で幾ら、

という勘定の立て方をしました。これは逸失利益などの物的損害とは異なり、精神的損害については、使用者責任と安全配慮義務違反とで重複せず、別途請求可能であることを示すものです。

 ハラスメント慰謝料の相場水準は、かなり低く抑えられているのが実情です。こうした相場水準のもと、少しでも高い慰謝料の獲得を目指して行くにあたり、本裁判例が示した考え方は実務上参考になります。慰謝料請求を見据えると、損害の二重計上はできないにせよ、使用者責任と安全配慮義務違反は単純併合(いずれも請求するという形態)としておくべきなのかも知れません。