1.セクシュアルハラスメントの事後措置
事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)は、事業主に対し、職場においてセクシュアルハラスメント(セクハラ)が発生した場合、事後に迅速かつ適切な対応をとることを定めています。
ここで言う事後の迅速かつ「適切な対応」とは、次のようなことを言います。
・被害者に対する配慮の措置の例
「事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪、被害者の労働条件上の不利益の回復、管理監督者又は事業場内産業保健スタッフ等による被害者のメンタルヘルス不調への相談対応等の措置を講ずること。」
・行為者に対する措置の例
「就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書における職場におけるセクシュアルハラスメントに関する規定等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講ずること。あわせて、事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪等の措置を講ずること。」
職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産等、育児・介護休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf
セクハラ事案が発生した場合、被害者か行為者か、いずれかの配置転換を対応の基本としている会社は少なくありません。それは、指針にも書かれているほか、接点をなくすという方法が対策として分かり易いからではないかと思います。
しかし、中には、
「配置転換して、被害者と行為者を引き離しさえすればよいのだろう」
とだけ考えて、被害者からじっくりと話を聞いたり、行為者に謝罪を促したりするなどのメンタルケアが等閑になってしまっているように見受けられる例も散見されます。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令6.10.22労働判例ジャーナル158-34 ジャパンチキンフードサービス事件です。
2.ジャパンチキンフードサービス事件
本件で被告になったのは、ダイニングバーや居酒屋等の飲食店を営んでいる株式会社です。
原告になったのは、被告の従業員として飲食店(本件店舗)で勤務していた方です。本件店舗において外国人スタッフdから付き纏われ、体を触られるなどの被害を受けたとして、安全配慮義務違反や使用者責任を理由に慰謝料を請求する訴えを提起しました。
この事案で裁判所は、
「原告は、令和4年11月27日午前4時頃、本件店舗の営業が終わり、私服に着替え、帰宅しようと本件店舗の出入口に向かっていたところ、dが原告を追いかけ、背後から原告に話しかけたこと、原告は、出入口付近で立ち止まったが、dは、出入口を背にして原告と向かい合う位置に立ち、右手で原告の上着の袖を引っ張って原告の体を自分の方に引き寄せようとしたり、原告の右肩に左手を伸ばして原告の上着の襟首をめくったりし、また、原告の背中付近に左手を伸ばし、原告の服の上から背中付近をつまんで揺らすようにしてブラジャーのホックを外そうとしたことが認められる。」
という事実を認定したうえ、次のとおり述べて被告の安全配慮義務違反を認めました。
(裁判所の判断)
「被告には、原告との雇用契約上、従業員である原告の生命、身体が害されないようにすべき安全配慮義務があるところ、前記・・・で説示したとおり、本件店舗において、原告がdから性的嫌がらせを受けるという事態が生じており、また、被告において、このような事態が生じないための対策等が講じられていた形跡もないから、被告は、原告に対する安全配慮義務に違反したものとして、原告が被った損害を賠償する責任を負う。」
「被告は、職場でのセクシャル・ハラスメントを容認しない方針を広く従業員に認識させ、相談や苦情に対応するための窓口を明確にしており、安全配慮義務違反はない旨主張するが、被告がこのような対策等を講じていたことを認めるに足りる証拠はない。また、被告は、被告の副社長が原告の相談に応じ、録画データを原告に渡したり、原告の希望に沿って原告を別の店舗に異動させたりするなどの対応をとっていたとも主張するが、被告において、原告やdから詳細な状況の聞き取り調査を行ったり、dに対する指導や原告に対する謝罪の措置等を講じたりするなどした事実は認められない・・・のであり、被告が主張する上記対応だけでは、従業員から性的嫌がらせを受けた旨の訴えがされた会社の対応として不十分というべきである。被告の上記主張はいずれも理由がない。」
3.話を聞いてくれないという問題
現在、ハラスメント被害に対して何の対応もとられないまま漫然と放置される例は、それほど多いようには思いません。しかし、ハラスメントの被害者から相談を受けていると、案外「話をきちんと聞いてくれない」という悩みを耳にします。
配置転換が対策として有効であることが広く企業に周知される一方、「セクハラ被害⇒配置転換」と思考が硬直化して、「被害者の話をきちんと聞く」という基本が等閑になっているのではないかが懸念されます。
本裁判例は、被害者からの詳細な状況の聞き取り調査や、行為者に謝罪させるなどの措置をしなかったことが問題視された事案であり、職場に対して「心の傷と向き合って欲しい」と思う被害者にとって意義のある判断が示されています。